15話 不思議な気持ちは分からない─莉子

 ときおり吹く潮風が莉子の髪の毛を揺らしてく。同時に少しの砂も巻き上げる。そして、頭上には海鳥たちがぐるぐると飛んでいた。白い翼を広げて、それは自由そのものだった。

 ザザアァ──。

 目の前に見える海からは波の音が聞こえる。とても大きくて壮大な音だった。

 波はそんな音とともに砂浜にやって来る。そして白い泡を残して再び戻っていく。忘れ物には気がつかない。

 またすぐに波は来る。白い泡わすれものを取りに来るが、また新しい白い泡わすれものを置いていく。

 これを繰り返していた。人がしているなら無意味な光景。だがそれを人てはないのがしていると、どこか儚く感じる。

 莉子と透はただそれを見続けていた。会話は一つもせずにただ見続けていた。

 莉子の隣には彼が座っている。その距離は、もう少しで身体と身体がくっつきそうな、僅か数センチであった。それはもどかしくて、とても微妙であった。


(少し足しびれたなぁ。少し体勢変えようと……いてててて)


 すこし体勢を変えようと思って動く。すると肩が僅かに彼に当たった。

 トクン──。

 瞬間、朝に感じていた″あの″気持ちが現れた。


(あれ?まただこの気持ち。なんだろう、これ……)


 この気持ちはいったいなにか。それは、朝にも想っていたことだった。堂々巡り。その言葉が莉子にはピッタリだ。

 ずっと考えている。

 ずっと想っている。

 ずっと感じている。

 ずっとずっと。

 それなのに分からない。

 暖かくて、明るくて、穏やかな。そんな不思議な気持ち。それが胸の中に、いっぱいにあるような感じ。


(ほんと初めてだよ。こんなこと……)


 隣の彼を見る。その横顔は目の前にある海を見ていた。寂しげに、淋しげに。悲しそうに、哀しそうに。

 しばらくして彼は莉子の視線に気づいたようで、こちらを見た。そして口を開いた。


「ん、どうかした?」

「いや、なんでもないよ」

「そっか……」


 彼は再び海を見る。また会話が無くなった。けれどこの静かな空間も、莉子にとってはどこか心地よかった。

 トクン──。

 この間にも不思議な気持ちはもちろんあった。

 胸の鼓動は少しずつ速くなっていた。それは少し五月蝿く感じる音だった。


「君はさ…」


 彼は海を見ながらも声を出した。莉子は黙って聞いていた。少し胸の鼓動が五月蝿いが、そんなこと気にすることはなかった。


「この旅をしてて楽しい?」


 そして彼は一つの質問をした。

 ただ莉子には、この質問に答えれる気がしなかった。いまいち分からなかったからだ。

 この旅は死ぬためにしていることだ。それを楽しいと想うのは普通に考えておかしい。死ぬのが楽しいと言っているのと一緒だ。

 けれど、彼と出逢えて、彼と一緒に旅ができて、いつもなら想わないことも想うことができた。そう考えると、楽しいという言葉は当たっているかもしれない。

 いくら考えても、莉子には分からなかった。どれが正しくて、どれが間違えているのか。難しい質問だった。

 だから、答えるのは遅くなった。


「…………楽しいかなんて分からない。……けど楽しくないとは思えないよ。君と出逢えたこと、君と一緒にいられたこと。それに関しては………良かったと思ってるからね」

「そっか……僕も同じだよ」

「そうなんだ。以外に私達って気が合うかもね」

「うん、そうかもね」


 風が吹いた。それはとても強くて、砂浜の砂がたくさん巻き上がる。その砂には太陽が反射して、綺麗に輝いて見えた。宝石のようだった。


「ねぇ、せっかく海まで来たんだから遊ぼうよ」


 風が収まった。それと同時に莉子はそう言った。何故そう言ったのか、莉子にも理解できなかった。ただ、そうしたかった。

 聞いた瞬間、彼は驚いた表情をした。それも無理はない。服が今着ているのしかないからだ。濡れたら、そのままでいるしかなくなるのだ。


「服はどうするの?」

「昨日濡れたんだし別にいいでしょ。ほらせっかく海が目の前にあるんだから行こうよ」

「あ!ちょっと待ってよ」


 彼と一緒に海に向かった。砂浜には二人の足跡が増えていった。二人がいた証拠が残ったのであった。

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