2章

 2014年10月10日午前7時ごろ、正平は新浦安駅のホームにいた。ホームに向かう人の方が圧倒的に多い駅の構内で、出口に向かう少数派の人達と無言の有機的連携を図りながらルートを確保しながら、なんとか改札にたどり着くという作業はかなりの体力を要することであり、前回の旅の終着点であり今日の出発点でもある公園で準備をしている時から、相当の疲労感を抱いていた。それほどに、ホームに向かう大群衆の迫力は凄まじいものがあった。以前に会社にいた人が、通勤ラッシュを避けたいという理由だけでやたらと早くに出勤していたけど、そんな彼の気持ちが少しは理解できたような気がする、そんな今日のスタートだった。


 今回のルートは国道357号線をひたすら追いかけて、南船橋の駅を超えたあたりにある若松の交差点で県道15号に入って、最短で稲毛海岸駅までの20キロぐらい最長で五井駅までの40キロぐらいの範囲で行けるところまでいくという単純なものであった。前回の反省から、入念な準備体操をしてから地図で見たとおりの単純な道のりを単調に走り始めた。このあたりの国道357号線は、雑草のジャングルをすり抜けていくという困難がない代わりにアスファルトとコンクリートしか見えないので風景的にはなんの変化もなく面白くはなかった。全体的な交通量の多さと大型車の割合が多いことから、時折ある横断歩道のない交差点では細心の注意を払いながら淡々と走って、7〜8キロの距離を稼いだあたりで前回と同様に足の痛みが出始めた。今回は前回よりも長く走りたいという一心で、なんとか気持ちを奮い立たせて走り続けていたけど10キロぐらいにある県道15号に入る若松の交差点が歩道橋のみの交差点であったことから完全に気持ちが途切れてしまったので、ここからは歩くことにした。


 食欲の秋で太り気味だったのが災いしたのか、基礎体力が絶対的に不足しているのか、走る前にストレッチをしたのがいけなかったのか、そんなマイナス的なことばかりを考えながら歩行者と自転車を分けるかのような植え込みまである県道15号線の広い歩道を、商業施設と会社とが定期的に繰り返される街並みをのんびりと歩いていた。しばらくして千葉工業大学の看板が見えてくると、敷地と歩道を分けるように街路樹が植えられているうえに歩道には歩行者と自転車を分けるように植え込みもあるし、さらには車道と歩道を分ける植え込みまであるから日常の管理も大変そうなうえに落ち葉の時期には掃除が大変そうだけど、大学生がやるのかなぁ? やらないだろうな……とか、そんなどうでもいいようなことを考えながら足の痛みを忘れるようにして過ぎた、そこを過ぎるとまた商業施設と会社が繰り返しながら並んでいて、飽き飽きしながらも時折見かけるランニングする人やウォーキングする人や犬の散歩をする人に引き連れられるようになりながら歩き続けていた。


 しばらくすると、左のほうに明治神宮外苑にある秩父宮ラグビー場と明治神宮球場と国立競技場がすっぽりと入るのではないかと思ってしまうような広大な駐車場が見えてきて、ここからだと奥にあるショッピングモールが小さく見えるけど実際には1日がかりでも回りきれないかもしれないと思えるぐらいに大きそうで、あまりのスケール感に圧倒されてしまった。都内のホームセンターの立体駐車場ですら自分の車を駐車した場所がわからなくなることが多い正平にとっては、こんな駐車場に停めた日にはなにがなんだかわからなくなりそうで遠慮したくなるような大きさの駐車場だけど、それだけの集客力があるということなのだろうか? それとも近くの施設の駐車場も兼ねているのだろうか? なんにしても、大き過ぎるの一言しか頭の中に浮かんでこなかった。


 そこを過ぎると、右に千葉マリーンスタジアム、左に幕張メッセの搬入口が見えて、さっきの駐車場の大きさの意味が漠然とは理解できたような気はした。それにしても、幕張新都心のバックヤードを歩いているかのような気がしてきて、それはそれで妙に面白いところではあった。やがて海沿いという雰囲気に満ち溢れた歩道になり、東京湾を一望できるような見晴らしのいい橋を渡ると右に海の近くを歩けそうな公園が見えてきたので、そちらの側に移動して歩いて行くと気持ちのいい海風に吹かれて足の痛みを忘れて歩けたけど、じきにヨットハーバーに行く手を阻まれてしまい、回避するためには戻ってから県道15号まで出て回り込まないと行けなくなったようなので、そこで一気にやる気がなくなってしまい、今回は一番近くの稲毛海岸駅で終わりにすることにした。


 そこから正平は、前回で味をしめてしまった温泉施設を迷いなくスマホで探し始めた。今回はしっかりと距離も調べてはいるのだけど、楽しみにしていることと最終目的がはっきりしていることのためなら片道2キロは近くに感じるらしく、普通に歩いていたら長いであろう道のりもウキウキとしながら歩いていた。ただ、ここでも食事については温泉施設には食べたいものがなくて、温泉だけを楽しんで稲毛海岸駅付近にあった前回とは違う系列の全国チェーンの中華料理屋さんで食事をしながら、次回は食事処も調査してからの旅にしようなどと考えていた。こうなると、東日本大震災を忘れないようにするためという当初の目的を忘れて、休日の小旅行を楽しんでいる感じになっていることに正平は気がついていないし、しばらくは気がつかない可能性が高いかもしれない、それぐらいに旅を楽しんでいた。

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