3章

 2014年11月12日午前8時ごろ、正平は稲毛海岸駅を出て京葉線を追いかけながら国道357号線に出て、それからはひたすら歩くだけという今日のルートを歩き始めた。前回の旅で温泉施設まで行った道と同じだったので、かなりリラックスしてのスタートになった。今回からは、歩くとゆっくり走るのとを混ぜながら距離を稼いで行くという作戦に切り替えることにしたこともリラックスモードを助けていた感じだった。その理由としては、これまでの最短目標の20キロの半分近くの10キロを足に痛みを感じながら歩くことは肉体的にも精神的に辛いということが表向きで、今日の最短目標をよさそうな温泉施設がある五井駅にすると23〜24キロはありそうだから少しでも楽に行きたいというのが本当の理由だったりして、旅の目的が完全にすり替わってしまっているけど、そのことに本人も気がついていないから誰もどうすることも出来ない、そんな状況になってしまってはいた。


 先月利用した温泉施設を超えても、しばらくはまっすぐに道なりに歩いて行くと千葉みなと駅に出た。このあたりで国道357号線に戻る予定だった。駅を越えるとじきにわかりやすくて歩きやすくて安全と思われる道があったので、そこを左に曲がって国道357号線にでて右に曲がってからは、ひたすらに国道357号線を歩いた。途中でフクダ電子アリーナの看板が見えたので、単調な道のりに変化をつける意味でも寄ってみることにした。特にイベントも試合も行われていないスタジアムは寂しすぎるほどにコンクリートの冷たさだけを放っていたけど、そこにあるポスターには熱気があふれていて試合がある日の楽しさを感じさせるものがあり、いつか試合を見に来てみたいと思った正平ではあった。そこから、少しだけ南に進むとプロサッカーチームの立派なクラブハウスが見えてきた。その奥に青々とした芝生が敷き詰められた広いグランドが見え、そこで大声で指示を出し合いながら気合の入った練習をしている選手たちがいた。スタジアムでは選手の声なんて聞こえないけど、実際にはこんなに大きな声を出しているということにも驚いたけど、練習中でもこんなに高い集中力と限界に近いプレーをしていることには感動してしまった。もしかしたらJリーグの入替戦が近いのだろうか? そんなポジションにいるチームだった気もするけど、練習とはいえプロのスポーツ選手が近くで発している気迫に正平は圧倒されてしまった。


 寄り道を終えて、再び国道357号線を南下していくと立体交差になるようで、歩行者である正平は側道を進むしかなくなった。ふと行く手に踏切が見えた。鉄道事情に詳しくない正平は、内房線も蘇我駅を越えると単線になるのだろうか? と漠然と思いながら通過していき、さらに淡々と歩いて行くと歩道橋のみではなく地下歩道だけの交差点になり、そこを超えて行くと歩道の感じが変わっていた。どうやら知らないうちに国道16号に入っていたみたいだった。いつから、変わったのだろうか? そんなことを考えながら淡々と歩いていたら、不意に対岸に貨物列車が見えてきた。さっきの単線の踏切は、沿岸の工場に続いている貨物列車の線路だったことにようやく気がつくと同時に、このあたりが工業地帯であるという子供のころの教科書に書かれていたようなことを再確認した。思わぬところで列車と会えたことの嬉しさが込み上げてくるのと同時に、さっきの踏切が単線であったことに妙に納得してしまった。


 やがて道が大きく右にカーブしていき、そのあたりから急に歩道の幅が狭くなり、加えて雑草ジャングル地帯に突入してしまった。大型トラックが通っていくたびに威圧感と恐怖感を載せた風が吹きつけて来た。そんな中で、ふと道端の標識に目をやると、横浜から183キロと書かれていた。よく考えたら、国道16号線って横浜あたりから埼玉県を横切って千葉県にという感じで、東京をぐるりと回り込むような感じで走っていたような気がするから、回れ右をして歩くと横浜まで行くことになるかもしれないけど、国道16号線だけの距離なのか国道357号線も経由しての距離なのか正平にはわからなかった。海辺に出れば手の届きそうなところに横浜の起点が見えそうな感じなのに陸路だと187キロという莫大な距離で繋がっていることに、意外なまでに東京湾の奥深さを心の深くまで感じてしまった。そうこうしているうちに、左に公園があって16号線と並走できるような感じになっていたので、そちらの方に逃げることにした。整備の行き届いた陸上競技場や野球場が見えたし、テニスコートとか体育館もあるみたいで、休日やイベントの時は盛況だろうことは予想できたけど、今日は秋が深い平日なので閑散としていた。


 駅までの最短ルートから2区画ほど公園内を進んで左に曲がると調査済みの温泉施設があり、今日はそこで予定通りにゆっくりと湯に浸かった。正平は温泉施設の食事処ではどうしても食欲をそそられないらしく、食事は温泉施設を出て食べることにした。そして五井駅に向かいながら入ったところは、旅の目的を履き違えたままで中華の連荘だったという前回までの反省を踏まえて、全国チェーンの回転ずし店にした。でも時間が午後2時過ぎだったからなのだろうか、目の前ではただただベルトが通り過ぎるだけであって、商品はほとんど回転していなかった。どうやら、各席にあるタッチパネルで注文しないと食事にありつけないらしいので、海老と赤身と玉子とイカとカッパ巻という王道の5品の画面を押した。そのとたんにイカがベルトに乗って目の前に来たので反射的にとってしまったけど、とりあえずお腹になにかを入れることが最優先だし、イカは正平の好きな方なネタだったので、妙な失敗感には包まれなかったのは幸いだった。


 五井駅に着いて内房線を待つ間に、ふと目を移したホームに少し年代を感じさせるものの何とも可愛らしい列車が出発を待っていた。特に鉄道マニアでなはないけれど、その列車に正平は一目惚れをした。スマホで調べると小湊鉄道というらしく、途中でいすみ鉄道というのに繋がっていて外房の大原までいくらしい。この旅が外房まで続いていたらその時に、もし旅が終わっていたとしてもいつの日か、あの列車に乗ってみよう。そう思いながら、正平は家路についた。

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