最終話 君と共に……

 公園のクリスマスツリーの前で、亮ちゃんが来るのを待つ。

 昨日、これからジムの仕事があるからと、一旦、分かれた後、翌日の待ち合わせ場所に彼はここを指定した。


 一条さんに別れを告げたこの場所に再び来るのはつらかったけれど、この場所を選んだ亮ちゃんに対し、私は何も言わずうなずいた。

 それは、きっと、新しい一歩を一緒に踏み出すための儀式だと思ったから。


「遅いなぁ、亮ちゃん」


 微かに降り出した雪を眺めながら、白い息を吐く。

 いつも時間前には待っていてくれる律儀な涼ちゃんが珍しく遅れているので、私は連絡を取ろうとスマホを取り出した。


 その時、タイミングよく、かかってきた彼からの電話。


『花、ごめんね』


 彼との会話はそんな言葉から始まった。


『悪いけど、僕は君とランドにはいけない』

「何かあったの?」

『……ねぇ、花。君に好きだと言ってもらったとき、僕は本当に嬉しかった。だけど、だからこそ、君の気持ちは受け取れないんだ』


 予想もしない言葉に戸惑う私の前で、さらに彼の言葉は続く。


『君が僕のことを大切に思ってくれる気持ちは、きっと本心だろう。だけど、君は自分の気持ちを我慢して、周りのことばかり気遣ってしまうから。最後ぐらいは我儘になってごらん』

「……亮ちゃん?」

『花、僕を選んでくれてありがとう。もうそれで十分だ』

「待って、亮ちゃん、私……」


 言いかけた言葉を遮るように、彼は言った。


『メリークリスマス、花。これは僕からのクリスマスプレゼントだ』

「亮ちゃん……?」


 呼びかけに答えないまま切れてしまった電話。驚いてかけ直そうとした私の後ろから、「花っ!」と切迫した声が響いた。

 聞き覚えのある声に振り返ると、来るはずのない人がそこに立っている。


「お前、大丈夫なのか?!」

「一条……さん」


 息を切らして駆け寄ってきた一条さんは、傷が痛むのか「くっ」とわき腹を抑えながらも、私を確認するように見つめた。


「お前……倒れてきたツリーの下敷きになったって」


 彼は、私が無事なのを確認して、何かに気付いたように驚いた顔をした後、「立花の奴……」と舌打ちをついた。


 あぁ、亮ちゃん……。

 彼の優しさに気付き、ギュウッと胸が苦しくなる。

 いつだって、私の気持ちを汲み取って先回りしてしまう、癒しの王子。

 最後まで、それは変わらなかった。


「心配して……来てくれたの……?」


 涙が出そうになるのを堪えながら一条さんにそう聞くと、彼は不機嫌な顔をして、

「別に……」

 とつぶやいた。


「そんな体で、全速力で走ってきたのに?」


 彼の額から流れる汗が、物語っている。

 どんな時も、こうして自分のことなど顧みず、私を全力で守ろうとしてくれる優しい人。

 亮ちゃんから届いた最高のクリスマスプレゼント。


「一条さん……」


 ハラハラと舞い降りてくる雪の中で、美しい彼の姿はとても幻想的で……。このまま消えてしまいそうだったから、私はつなぎとめるように彼の名を呼んだ。


「一条さん、私……我儘言っていいですか?」


 突然、そんなことを聞いた私に、彼は黙ったまま漆黒の瞳を向ける。


「私と一緒にランドに行ってくれませんか? 私、クリスマスに恋人と行くのが夢だったんです」

「花……」


 息を呑んだ一条さんは、一瞬だけ切なげな顔をして、それからふいと目をそらした。


「俺は、ネズミが嫌いだ」

「今日だけでいい。もう二度と言わない。一日だけ、一時間だけでもいい。私の我儘を聞いてください」

「ふざけんな。ネズミの国だぞ、寒気がする」

「お願い……一条さんと、行きたいの」


 食い下がる私の前で、彼はちっと舌打ちをつく。


「……クソバカが。この俺が行ってやるんだ。この貸しは高くつくからな」

 

 ほら、口が悪くて、ぶっきらぼうで、俺様だけど、最後はこうして自分のことより私を優先してくれる。


 いろんなことがあった。お互いに傷ついて、たくさん回り道をした。

 大切な人を傷つけたりもした。

 だけど、だからこそ、今なら、ちゃんと本心を言える。


「一条さん、私は一条さんのことが、心から好きです」


 そう伝えると、驚いたように目を見開いた彼は、なんだか小さな吐息をついて、「ったく」とつぶやいた。


 そして……。


「今日の夜、貸しを返してもらうから、覚悟しておけ」


 甘い言葉と共に、そっと唇を重ねた。


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