第28話 甘えるのは苦手なんです
「お前さ、そういう、体を隠す服ばっかり着てっからダメなんだよ」
彼の家に泊まった翌日、着替えた私の姿を一条さんは一瞥してそう言った。
その時着ていたのはAラインのワンピースに、レギンス。
確かに、私はこういう体のラインが出ない、フワッとしたものを好んで着る。
「でも、こういう服の方が楽だし」
おしゃれに興味がないことを全面にアピールして返すと、一条さんがピクリと眉を上げた。
一条さんと付き合い出して、リベンジ精神を失ったからなのか、はたまた、停滞期だからなのか、ここのところ私の体重は一向に落ちる様子を見せない。そんな私に、一条さんは若干、機嫌が悪い。
「行くぞ」
突然、つぶやいた彼は、私の腕を掴んで歩き出した。
「どこに行くんですか?」
「買いに行くんだよ。お前の服を」
「えー、いらないですってば」
「つべこべ言わず、俺が選んでやるから一緒に来い」
結局、一条さんの車に乗せられて、私はとあるデパートに連れて行かれた。
私が普段行くカジュアルなフロアと違って、各種ブランドが揃ったラグジュアリフロアに進んでいく一条さんに私は焦りだす。
「い、一条さん。こんなブランドの服は買えませんよ。ただでさえ、フィットネスクラブに大金つぎ込んじゃったんだから」
「買ってやるよ」
「えっ」
「お前のやる気が戻るように、少しはオシャレでもしてみろ」
予想外の言葉に私は焦って、パニクる。
「いっいいですよ!」
ぶんぶんと頭を振って後ずさったら、彼は苦笑いした。
「たまには甘えてみたら?」
おっと。私の苦手分野。
私は甘えるのが究極に下手だ。
子供の頃、夜中トイレに行ったら、リビングで義理の父と母が話していたのを聞いてしまったことがある。
『花は、俺のことが嫌いなのかなぁ? ちっとも懐いてくれない』
『違うのよ。あの子は甘えるのが苦手だから。可愛げがないのよね』
可愛げがないのよね。
その言葉は、私の心に大きな傷を作った。
だって、お母さんが、花はお姉ちゃんだから我慢してって、そう言っていたのに!
甘えたくたって甘えられず、我慢して我慢して、いつの間にか、甘えるという行為そのものに、罪悪感を覚えるようになってしまった私は、どうやって甘えればいいのかが分からない。
「下のフロア行きましょ。私、自分で買うので」
そう言ったのに、「いいから来い」と一条さんは、私の腕を引き、綺麗なお姉さんが店頭に立つお店へと入って行った。
うわぁ。一桁違うし。
お店に並ぶ洋服の値札に私は冷や汗たらり。
大体、デパート自体、バーゲンの時くらいしか来ないのに、こんな身の丈に合わない服なんて……。
途方に暮れる私の前で、一条さんは、いくつかの服を選ぶと、
「ほら、これ試着して来い」
と私に持たせた。
グレーのニットのワンピだったり、襟元にファーをあしらったツインニットだったり、私ひとりじゃ絶対に手を出さないような、オシャレで上品な服たち。
一条さん、センスいいなぁ。
こんな私でも、彼が選んだ服を着てみると、見違えるほどお洒落さんに見えるから驚きだ。
そして、何より驚いたのが、服のサイズ。いつの間にか、1サイズ小さくなっていた。
「あぁ、それもいいな」
試着室から出た私を腕を組んで顎に手を添えた一条さんはスタイリストのごとく、取捨選択をして、数着の服が最終的に残った。
「お前はどれが気に入った?」
「いや、どれがなんて選ぶのすらおこがましいです。どれもこれも素敵すぎて」
「ふぅん」
一条さんはつぶやくと、店員さんを見て、「じゃぁ、これ全部」と残った服を全て彼女に渡した。
えっ!?
焦る私の前で、勝手に店員さんが会計を進める。
「い、一条さん! こんなに高い服いりませんよ! せめて、どれかひとつにしましょうって!」
そう言ったら、一条さんは肩をすくめて、ため息をついた。
「お前ってさ、すこしは男に甘えること覚えたら? そういう時は、嬉しいって素直に受け取っておけよ。可愛くねーな」
うぐっ。言われてしまった。
「だから……甘えるのは苦手なんですって……」
「ほら」
会計を済ませて、差し出された紙袋に恐縮する。
「なんだよ。受け取れよ」
「……なんか、すみません」
「そう言う時は、すみませんじゃなくて、ありがとうだろ」
「だって、申し訳なくて……」
恐る恐る受け取った紙袋に、私の年間にかける服代よりきっと高いだろうと、嬉しさよりも後ろめたさを感じてしまう。
「なんでそんな顔してんだよ」
店を出た後、一条さんは幾分不服そうに私を見た。
あぁ、ほら。彼の気分を害してしまった。せっかく素敵な服を買ってもらったのに……。
――――可愛げがないのよね。
お母さんの言葉が頭に響く。
「あの……私、いつも自分が与える側だったんです。今時珍しく六人姉弟の大家族で、おかずやおやつも取り合いで」
あ。何バカなこと話しているんだろうって、一瞬、思ったけれど、一条さんが黙ったまま聞いてくれていたから、そのまま話を続けた。
「だから、長女の私は自分の分をあげるしかなくて。必然的に与える側になったって言うか、与えられる側は慣れていないって言うか……。どういう顔をしたらいいのか分かりません」
そう言ってうつむくと、彼は立ち止まり私に向き直った。
「お前の弟は、お前の分をあげると、どう反応するんだよ」
「え? あぁ、あいつらは単純ですからね。もう、コロッケひとつ5等分してやるだけで、宝物をもらったみたいに喜びますよ。ありがとう。姉ちゃん! って満面の笑みで」
「その笑顔に報われるんだろ? 俺も同じ。ほら」
そう言って、私の顔を上げさせた彼に、なんか、胸がジンとした。
「ありがとう……ございます」
照れてうまく笑顔を作れなかったけれど、「どういたしまして」と一条さんの瞳が優しく和らいだから、きっと私の気持ちは伝わったのだと思う。
その後、カフェでお茶しながら、私は何か彼にお返ししないとなぁなんて考えていた。
「一条さん、好きな物ってなんですか?」
「好きな物って?」
「うーん、何でもいいですけど。じゃぁ、好きなお菓子って」
「甘いものは全般的に好きじゃない」
「じゃぁ、好きな音楽とか、最近興味があるものとかは?」
続けて聞いたら、彼はチラッと私の顔を見た。
「個人情報はこれ以上教えられない」
「な、なんですか。それ」
「どうせ、お返しとか考えてんだろ? いらねーよ」
勘の良い彼に、顔が赤くなる。
「だって、あんなに高いものをもらっておいて、何もお礼しないのは居心地が悪いって言うか、なんというか……」
「ほんと損な性格だな、お前は」
肩をすくめた一条さんは何かを思いついたように私を見て、「あぁ、そこまで言うなら、たっぷりお礼してもらおうか」と不敵な笑みを見せた。
◇◆◇
「せっかくだから、まずはその服着てよ」
一条さんのマンションに連れて行かれて、最初に出した彼の指示は、買ったばかりの服を着ることだった。
どうせ脱がすのに……。
はぁとため息をついて、彼を見たら、
「何、着替えるの面倒? じゃぁ、着てくるのセーターだけでいいよ。裸の上にね」
と付け加えた。
「一条さん……」
「ちゃんとお礼をしてくれるんだろ?」
非難の目にも動じず、彼は意地悪な笑みを返す。
結局、『彼へのお礼はわ・た・し』みたいな寒い結果となって、私はもう一度ため息をつきながら、着替えるために、隣の部屋へと移った。
彼が選んだ服は、胸元が大きく開いたVネックのセーターで、白い毛糸でざっくりとしたケーブル編みになっている。
確かに可愛い。凄く可愛い……けど。
それ一枚しか身につけないと、なぜにこんなにもエロく仕上がるのだろうか。
襟元から覗く胸の谷間と、裾からムチッとはみ出る太腿に顔が赤くなった。
「おせーよ、早くしろ」
隣の部屋から苛立った声が聞こえてきて、私はおずおずと彼の前に姿を現した。
「へぇ、いいね」
眺めるように見つめた一条さんは、「ちゃんと、中は全部脱いできた?」と聞いた。
うなずいた私に対し、満足そうにうなずく。
あぁ、ホント、一条さんってドSだよな。
「サービス精神満載だね、花ちゃん。後ろの鏡に、かわいいお尻が、バッチリ、映っているよ」
はっと振り返ると、彼に見えないよう前かがみになっていたために、お尻を丸出しにした自分の姿が映っているじゃないか。
私は慌てて、裾を伸ばして、お尻を隠す。恥ずかしすぎて顔が熱い。
「いいね、その反応」
「……一条さん」
ニヤッと笑みを浮かべる一条さんの楽しそうなことったら。
「次はエプロン買ってやるね」
お礼なんてする必要なかったなと私は心底、思ったのだった。
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