第26話 それはもう、極上に甘く、天に昇るほど幸せで②

 ――――今日、お前を抱いてもいいか?


 その問いに答えられずにいる私の前で、一条さんは一呼吸置くと、

「黙っているなら、承諾したものとみなす」

 そう言って、私の手を取り歩き出した。


 その後、駐車場に戻って車に乗ったけれど、運転している間中、彼は一言も話さないから、二人の間に走る沈黙が気まず過ぎて、私の鼓動が勝手に速まっていく。


 どう、しよう……。

 私、何の準備もしていない。


 まさか、こんな展開になるなんて思いもよらず、緊張でじっとりと手に汗が滲んだ。

 あぁ、今日の下着、使い古したやつなんだよな。とか、すっかりぼっち生活に慣れてしまって、いろんな部分のお手入れを怠っていた私は、今更ながら、そんな自分に後悔してみたり。


「やっぱり……また今度にしませんか? 急すぎて……」


 チラッと一条さんを見たら、彼は横目で私を見返した後、「却下」と一言で片づけた。

 あぁ、覚悟を決めるしかなさそうだ。


 その後は再び気まずい沈黙の中で、あっという間に、彼のマンションに到着した。無論、私の緊張はピークに達する。


「おいで」


 助手席のドアを開けた彼が、カチコチに固まっている私の手を引いて、外に連れ出した。

 その瞳が甘くきらめいていて、体の中心がキュンと熱くなる。

 促されるまま、部屋の中へと入ってはみたものの、もう緊張し過ぎて半ば呼吸困難だ。


「お前、挙動不審過ぎんだろ」


 そんな私を見て、一条さんがぶっと吹き出した。


「わ、私は、一条さんと違って、こういうシチュエーションには慣れていないから、緊張するんです!」

「お前さ、なんか俺の事、勘違いしているみたいだけど、別に俺だって慣れているわけじゃないから」


 彼は肩をすくめると、私の手を取って、自分の左胸にあてた。


「ほらっ。好きな女を初めて抱くのに、緊張しないわけないだろ」


 手の平に感じる彼の鼓動が私と同じように速く打ち付けているのを知って、緊張が少しだけほぐれた。


「……あの、シャワーお借りしてもいいですか?」

「シャワー浴びないとダメ?」


 そう言いながら、彼は首を傾げて私を引き寄せた。そのまま私の髪に手を差し入れる。


「だ、だって……」

「じゃぁ、少しキスだけさせて」


 言い終わらない内に一条さんは唇を重ねた。

 息が続かないくらい熱いキスを繰り返した後、 

「ごめん。やっぱり無理。待てない」

 彼は私を抱き上げ、そのままベッドへと押し倒した。

 覆いかぶさった一条さんを呆然と眺めながら、私は蛇に睨まれたカエルどころか、魔王に睨まれた石ころくらいに固まっている。


 まずい、テンパりそうだ……。


「なんて顔してんだよ……」


 瞳を細めた一条さんは、私を安心させるようにそっと額に口付けして、再び蕩けるようなキスをしながら、私の服を一枚ずつ剥いでいった。


 うわぁ、どうしよう……。心の準備が追い付かない。


「い、一条さん……」

「侑、だ」


 低く言い聞かせるように言って、彼は私の唇を塞いだ。

 彼の体と触れ合って、直接熱が伝わってきて、全身が熱い。


 だめだ。……心臓がもた、ない……。


 ギュッと目を閉じると、「目、開けて」と彼は囁き、動揺する私を見つめながら、微笑んだ。


「花……好きだ」


 耳から直接脳に入った刺激が、体中に甘い信号を送る。


 一条さん……。


 胸に広がった切ない感情に、それが彼に対する恋心なのだと、全身が告げている。細胞の一つ一つまで彼を求めている自分に、もう否定することができなくなった。


 早く彼と一つになりたい……。


 そんな私の気持ちが伝わったのか、一条さんは甘く濡れた瞳で見つめながら、私の下着に手をかけた。


「お前のことが、好きなんだ……」


 甘い囁き声に、頭がクラクラして。


「……好き。私も一条さんのことが好き」


 思わず口から洩れた言葉に、一条さんは微笑んで、その瞳を優しいものに変えた。


「早く、名前で呼ぶのに慣れて」


 柔らかな笑みを浮かべたまま、私の言葉を待つように首を傾げる。


「……ゆ、侑」

「続きは? もう一回、さっきの言ってみろよ」

「あの……」

「何?」


 一瞬、我に返って恥ずかしくなった私を、一条さんは楽しむように待っている。


「ほら、早く言えって」

「……侑が、好き」


 はぁ、やばい。なんだこの甘々イチャイチャは。

 全身を羞恥で赤く染めながら私が答えると彼は嬉しそうに瞳を細めた。


「俺も好きだよ。花……」


 あぁぁぁぁ、どうしよう。これ、夢でしたなんてオチないよね?

 甘い囁きと共にくれた、優しい口づけ。

 それはもう、極上に甘く、天に昇るほど幸せで、私は彼の手によって極楽の果てへと連れて行かれた。

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