第5話  クリストは死体を見つける

 私見であるが、私達がセンジョウザンで交えた初戦。

 あれが魍魎討伐として普段通りの光景、従来の戦闘模様だったのは間違いない。


 それを証明するもののひとつが監督役の立ち居振る舞いが挙げられる。

 監督役は魍魎との交戦に焦りも慌てる事もなく、自らの武器を構えることすらせずに私達の戦いを観察し、事態の推移を見守っていた。

 その上で戦闘後に至っては満足げな笑みを浮かべていたのだから、命の危機を感じていなかったのは間違いない。


 先導役・監督役の落ち着きぶりは一種のバロメータである。

 彼の平素変わらぬ態度が初戦をして魍魎討伐の順調ぶりを示唆していた。


 だから。


「ま、また北西の方角に陰気の反応が!」


 彼の悲鳴混じりの報告は、事態の異常性を印象付けるには十分すぎた。

 異変の予兆は最初の戦闘を終えた後から既に始まっていたのだが、それに気付くには些か遅きに失したのだ。


******


「はい皆さん、お疲れ様です」


 監視任務の防人がよく通る声で戦闘の終了をひとまず告げる。

 敵は弱く負傷者が出る程の戦いではなかったものの、剣の一振り二振りで終わったわけでもない。

 多少なりとも鉄刃を揮い、命を喰らおうとする化け物と交戦したのだ。武芸者の中には未だ肩を大きく揺らして息を整える者もいた。


「幾分接触が早かったと思いますが、結果は上出来でしょう」

「……そうなのかね?」

「ええ。今までにない、とまでは言いませんが通常に比べると麓に近付いていた方かと。魍魎は人ほどではありませんが動物も襲いますから」


 本能や殺戮衝動のままに活動する魍魎の群れが麓近くまで降りてきていたというのは由々しき事態のようにも聞こえるが、麓からタンバの町までは人の足で半日以上かかる距離。

 偶然が偶然を重ねる形で積み上げられ、それが全てタンバの町に不都合な事象でもない限り到達する事は考えられないだろう。


(だが、そこまで極端な可能性でなくとも、稀に起きた事を偶然の産物と切って捨てていいものか)


 役所の窓口などで噂を聞いていたからだ、討伐隊の活動と関係なく入山を繰り返しているらしい武芸者集団の話を。

 間引きを請け負っている役所と関わりない形で山に入る複数の人間。頻繁に出入りする彼らの気配を嗅ぎつけた魍魎が登山口に集まってきていたのでは──そんな推測が私の中で組みあがる。


 仮に私の推測が正しいとすれば、集まった魍魎がたいして散っていない点から彼らが入山したのはごく最近、そして魍魎が滅ぼされずに残っていたという事は。


「今の戦闘でこの辺り一帯の魍魎は一掃されたと思います、次の候補地に移動する前に、皆さんにはしばらく休息を」


 幸い、旅に慣れ頑健さに磨きをかけた私はほとんど疲労していない。

 他の者達が身を休めている間、少しばかり周囲の哨戒に出る事に決めた。


******


 初めて魍魎の討伐依頼を受けた時に教わった事だ、魍魎は視覚よりも嗅覚が勝る化け物だと。

 それも実際の匂いではなく、生命に対する嗅覚が。

 だから彼らから身を隠すには、物陰に身を潜めるよりも気配を絶つ方が有効らしいと聞き知った。


「先走るつもりはない。思うところあっての軽い偵察、貴女は身を休めていてくれてもよかったのですよ、イヌイ殿」

「なんの! 某も体力には自信が……それに貴殿には二度の恩を返さねばなりませぬ故、こういった機会を見過ごすわけにはいかぬ」


 監視役に許可を得た斥候の任務。彼は話の分かる人物で、他にも麓付近に降りてきた魍魎が居ないかを確認したいと告げると偵察の許可をくれたのだ。

 稀にある事とはいえ取りこぼしが無いとも限らない。人里に辿り着く可能性は限りなくゼロに近いが、責任ある立場として禍根は絶っておきたいのは当然である。


 かくして単身偵察に出ようとしたところ、イヌイ殿が付いてきたのだ。

 

「しかしクリス殿。流石に心配しすぎではあるまいか」


 私が気にした事柄は簡単に説明してある。その上での彼女の感想だ。


「仮にその不正な入山者がワシュウの息がかかった者なら、魍魎如きに遅れを取るとは思えぬのだが」


 ワシュウ家はユマト随一の武門。

 オオヅナの一件を秘密裡に収めるなら、それ相当の腕利きを当てているのは想像に難くない。

 ガセンが使っていた『鬼爪』の対となる魔剣を警戒すれば尚の事。彼女の言い分は正しく思える。


 だが私の勘が囁くのだ、良くない風を感じると。

 ユマトの言い回しを使うなら『陰の気』を感じるのだ。


 武芸者達が休息する場所を離れ、藪に足を踏み入れる。剣で適当に道を切り開き、緑の壁を抜けていく。

 当初は勘に任せた当てずっぽうの捜索だった。しかし、


「……む」

「こ、この気配は」


 私とイヌイ殿、ほぼ同時に呟いた。

 禍々しく立ち上る気配。首筋に針が刺すような鋭く不快な気配。

 邪気を孕んだマイナスの波長。


 魔力だ。

 負の魔力、命を徐々に削り取るようなマイナスの力。

 そして、 


「『鬼爪』に感じたのと同じ力……!」


 イヌイ殿が低く呟いた通り、ガセンの用いた『鬼の剣』の片割れと同じ気配だったのだ。

 慎重さを忘れ、駆け出す彼女を追うように続く。ただしその追走劇は長く続かなかった。藪を抜けた先、木々の間に出来た狭い平地にを見出す。


「こっ、これは……?」

 

 私達が見つけたのは人の遺体だ。

 木々が覆い隠すような場所に転がる首なしの遺体。腐敗の様子からたった命を落としたという事はないだろう。おそらく2、3日の間に殺された死体。

 寄り添うよう落ちていた刀の様子、一刀の元に斬り砕かれたそれを見るに、この人物は刀ごと水平に斬り捨てられたのだろう。

 武器ごと相手を斬殺する。それはちょうどガセンが魔剣の性能に驕り、私に対して採った戦法に近しい。


「これは、まさかオオヅナが!?」

「おそらくそうだろう。この遺体から感じる魔力の残滓は『鬼爪』の気配と同等のものだ」


 一度対峙したからこそ分かる。断言できる。

 この遺体は『鬼の剣』で斬られたのだと──使い手が誰であるかはともかく。

 先程から感知していた魔力が剣そのものではなく、斬られただろう遺体から発せられているとは予想しなかったが。それほどまでに強い魔力を残しているのだ。


「この斬られた男、おそらくは例の不正入山者だろう。オオヅナを追っていて発見するも返り討ちにされたと考えれば辻褄があう」


 イヌイ殿が遺体の服装や持ち物を調べている。ワシュウ家との繋がりを示す品でも探しているのかもしれないが望み薄だろう。

 工作員がおいそれと身元を示す品などを残すとも思えない。


 私が彼の所持品より気にしているのは、もっとこの場にあってしかるべき物。

 遺体の首。

 斬り落とされたはずの首が見当たらないのだ。


 野犬の類が咥えていったというのも不自然だろう。遺体を貪る動物がいたのなら胴体があれほど綺麗に残っているはずもない。

 かといってオオヅナがわざわざ持ち去る理由も思いつかない。戦場で手柄を誇るでもあるまいに──


 ぞくり。

 背筋を明確な悪寒が走った。それが何故かを考える前に体が動いた。


「イヌイ殿!」

「な、なっ──!?」


 首無しの遺体を調べていた彼女の首根っこを掴み、力任せに引っ張った。不意に横槍に彼女は対処できず、そのまま転がるように地面に倒れ伏す。


「何をする!」


 反射的に顔を上げ激怒した彼女だが、次の瞬間に言葉を失ったようだ。その視線は私の捉えている物を見据えたのだろう。


 ついぞ今まで彼女が調べていた遺体から生える、小さな腕。

 遺体を突き破り、這い出たような土気色の腕。

 文字通りに遺体を断ち割って現れたのは異形の小人。


 剣を構える。

 以前オオカミの骨を媒介に群れる魍魎を討伐した事がある。あれに似た化生だが、纏う空気が若干異なる──空気の濃淡が異なるというべきか。

 魍魎のそれは不確かでうつろう気配に対し、この化け物は明確な存在感を備えていた。


 そう、確かかここにいるというような──


「これも魍魎、か?」

「違う」


 イヌイ殿の否定はどこかひび割れていた。

 声の調子に恐れを滲ませ、彼女は叩きつけるように正体を看破した。


「おそらくあれは『死人憑き』……妖怪変化だ!」

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