第4話  クリストは初戦を終える

 タンバの町を出立して半日。

 特に何事もなく予定通りの工程を経て、私達は山麓の施設跡に辿り着いた。


 元は鉱山で作業する人足相手に商売を当て込んだ出張所だったのだが、魍魎騒ぎで鉱山の閉鎖が決まったのに合わせて放棄された建物群である。

 手入れする人間が退去した後だ、内装のあちこちに埃が積もっていたりもするが、夜営をするのに困るほどではないし、井戸まであるのだから色々文句をつけるのは贅沢というものだ。


「テントを広げる手間が無いのはありがたい」


 あらかじめ割り当てられた建物の一角に腰を下ろし、携帯食を口にする。今日はこのまま歩哨を立てつつ休息となる。

 基本的に魍魎狩りは朝早くから日が沈むまでの時間帯で為される。

 人間相手なら夜襲は実に効果的な戦術だが、化生相手だと陰の気が高まるとかで力が活性化するからだ。そのために事情でもない限り、魔物との戦いは夜を避ける傾向にあるのだ。


 しかし逆を言えば活性化した魍魎が行動範囲を広げて山を下り、ちょうど山麓に滞在する私達を狙ってくる可能性がある事も意味する。そのため歩哨を立てて警戒する手筈になっており、武芸者3人ずつが交代で不寝番をする事が事前に決められていた。


 私とイヌイ殿は2番手。

 今寝付いてもすぐに起こされる順だったため、横にならず時間の経過を待つ事にしたのだった。


******


 幸い昨夜は何事もなく朝を迎える事が出来た。

 その反動というわけでもないが、


「では皆さん、出発するとしましょう」


 日の出ている間が魍魎狩りの時間とばかり、朝の支度もそこそこに防人の先導で山を登る事となった。

 センジョウザンの勾配は裾野緩やか、ある段階を過ぎると急に角度が上がる。この独特の地形から地元の民より『鬼の角』とも呼ばれていたと道すがら先導役が語っていた。

 昔は『鬼の角』、今は『魍魎の山』。いずれも化け物と関係しているとはなんとも因果な話である。


 鉱山の人足達によって踏み固められた山の坂道を進んで少し。


「おっと、そろそろ出るかもしれません」


 先導役の防人が手にした丸い板を覗き込みながら注意を発した。

 彼が持っているのは亀甲盤、鬼道を用いて亀の甲羅から作る呪具で占術に使用する他、気の流れを読むのに使われる。

 先の警告は亀甲盤の機能で天地の澱みを読み解いた、という事だろう。


 武芸者達は登頂の行進を止め、それぞれの武器を携え待ち構える。先走りどこかに突進するような輩はいない。

 それも当然で、監視役のいない場所で魍魎を倒しても意味がない事は全員が知っているから。


 より正確を期すれば、討伐隊において個々人が魍魎を何体倒したかは意味を持たない。討伐隊で重視されるのは『如何にサボっていないか』に尽きるのだ。


 隊を先導する防人は監視役を兼任するが、流石に湧いて出る魍魎を誰が何体倒したかのカウントまでは不可能。そのため防人は個々人をランダムに観察し、働きぶりをチェックしている。

 そうして見張られた対象が戦わずにいたり魍魎をやり過ごしたりすると、後々の依頼料に響いたり次の依頼を受けられなかったりするそうだ。


 それでいつ自身が監視対象になるか分からないため、武芸者達は常に熱を入れて戦わざるを得ない──という方針らしい。


(つまり真面目に戦っているアピールをしたい者ほど監視役の近くで戦いたがるので、突出する者はなお居なくなる──と)


 個人主義者が多いだろう武芸者の手綱を握るには悪くないアイデアである。


「来た、か」


 草をかき分け、或いは飛び越えて。

 異形の波が耳障りな叫びと共に押し寄せて来る。


「ギギギギギ!」

「グワッワッワッ!」


 確認できる異形は小人めいたもの、鶏に似たもの、影のように揺らめくもの──多種多様である。


 待ち受ける一行に緊張と、それ以上の戦意が走る。自ら志願しての討伐隊参加、殺到する魍魎に臆する者はいなかったようだ。

 戦いの鐘を鳴らしたのは魍魎達だが、先に攻撃の手を伸ばしたのは


「斬!」

「ギャギャギャァアア!!!」


 群れに真ん中に抜き放った風の刃が何体かの魍魎をまとめて塵へと還した。

 しかしそれで止まるのであれば魍魎の脅威度はもっと小さな物だっただろう。天地の澱みから生まれた化け物たちは本能のまま、衝動のままにより強い生命体に喰らいつこうとする。

 爪を、牙を、舌を、触手を突き出して叫ぶ。意味なき雄叫びを繰り返す、さながら生者に「命を寄越せ」と言わんばかりに。


 怒号と気合が重なり合い、我々は魍魎の討伐を開始した。そして一度戦端を開けばどちらかが全滅するまで終わらない。

 それが魍魎、自然の理と外れて生まれ、仮初の命しか持たない者との戦いである。


******


 ただし幸いな事に、魍魎は数こそ多いが1体1体の強さはそれほどでもない。

 天地を埋め尽くすほどの数でなければ、同時に攻撃を受けないよう立ち回り、落ち着いて対処すれば少数でも勝てる相手だ。


 迫る魍魎を適度に切り払いながら、一時の戦友となった彼らを見て回る。敵を知り、己を知り、仲間の腕を知っておけば採れる選択の幅が広がるというものだ。特に集団戦に慣れているか否かは対魍魎戦では重要である。


(……ほう)


 混戦の中、数に勝る敵を近付けない、張り付かせない、不意を打たれない──これらを徹底できている一対の武芸者を見かける。

 槍は突くよりも薙ぎ払い、打ち払いで敵の突撃を足止めする、そこに斬り込み横払い、決して頑健とはいえない魍魎どもに致命打を与える。それでまだ手が足りない場合は槍の刺突が刀持ちに群がる残敵を突き倒していく。

 槍や刀を器用に、それぞれの役割を十全にこなして魍魎を片付けていく様はお手本のようだ。


(手慣れた動作、彼らは普段から手を組んで活動しているのかもしれないな)


 魍魎退治の素人がいなかった事も大きいのだろう、数十を数えた魍魎の群れはものの数分で片付いた。


「まずは第一陣を退ける事が出来たな、クリス殿」


 イヌイ殿が周囲を見回りながら話しかけてきた。納刀しながらも柄に手をかけているのは警戒を怠っていないのだろう。


「やはり見事な腕前だ、イヌイ殿」

「い、いや! 某などまだまだ……」


 謙遜するイヌイ殿。

 贔屓目無しで見ても、この討伐隊に参加している剣士の中で彼女の腕前は群を抜いていた──単独での話であれば。

 戦闘中に注視した槍と刀使い、あの二人組ならいい勝負になるかもしれない。


「それに、某の腕はクリス殿の域には全く届いておらぬ」

「あれは出来る事の差が大きいと何度も言ってるだろうに」

「クリス殿が10人の陣形を一蹴し、ガセンを討ち倒した時にも某はまだ」

「あれこそ私の魔剣に遠距離攻撃の手段があったが故」


 深い意味などなく正当に評価しただけのつもりが、生真面目すぎるイヌイ殿には色々思うところがあったらしい。色々反省の弁を述べ、過去に遡り自らの至らなさを反省しだした。

 彼女を宥めるのと魍魎戦、どちらがより疲労したかは判断に悩むところである。

 ともあれセンジョウザンでの初戦は危機的状況に陥る事なく、誰一人怪我を負う事もなく完勝したのだった。

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