第5章 アリハマに陽は昇り

第1話  クリストは進撃した


 空に走る一条の白い雲、雷雲とも思えぬそれから鳴り渡る高らかな音色。

 人質確保の報を告げる狼煙はまさに福音だった。

 

(やってくれたか、カルラ殿!)


 安堵と歓喜の思いは剣線にも表れる。

 獲物を見つけたと勘違いし、迫り来る盗賊の一団に猛然と突撃をかけた。多数多勢を恐れない踏み込みはあらゆる賊から先手を奪い取り


「フッ!」


 遠慮は無用と赤い暴風で戦場を撫で上げる。

 宝剣の炎が吹き抜けた後には斬死焼死の躯が転がった。


「くそがっ! やれ、やっちまえ!」

「囲め、囲め!」


 気勢と罵声を挙げ、恐怖にひきつった顔で波状に斬りかかる賊の群れ。だが林の中では乱立する木々が行く手を遮り、障害物を無視しての連携は困難だ。

 木を盾にする、ただそれだけで彼らのにわか連撃は立ち往生する。

 空転した勢いは、途切れさせられた連携の残滓は大いなる間隙に置き換わる。


「隙ありだ、賊の諸君!」


 身を低く、跳ね飛ぶように停滞した集団の間合いに滑り込む。彼らの視線が私の姿を捉えるを待つでもなく、


「斬!」


 炎の閃光が棒立ちする賊の中心に弧を描く。腰溜めの横薙ぎ、続いて振り向きざまの一閃が突き抜け、腰斬する。

 殲滅を旨とした必殺の太刀を立て続けに打ち込んでいく。


「ば、化け物め──!」


 最後の一人が恨み言を断末魔に残して追跡者の一団は全滅した。相手の技量は低く、不意を突く形で戦いを進める事が出来ていた。浮足立った賊に後れを取ったりなどしない。

 だから一方的勝利に終わった事に不思議はないが、違和感も残る。


 何故か

 

 あくまで私の抱えるイメージだが、盗賊とは強きに媚びへつらい弱きを嬲る者。

 暴力での搾取をよしとする者であり、戦いは略奪手段に過ぎない。

 思うが儘に略取できる相手でない限りは戦わず、攻められれば無様に逃走を図る──そんなイメージを持っていたし、左程間違いだとも思わない。


 にもかかわらず、彼らは逃げなかった。逃亡する素振りも見せず、私と交戦する意思を見せて全滅した。

 粗野な言動や過去の所業を顧みるに、彼らは紛れもない強殺者の集団だ。しかし他の盗賊団を力づくで屈服させて併呑した話といい、略奪行為以外に武力を用いる点も気にかかる。数に任せた戦いではなく、まがりなりにも数を活かす連携を取ろうとしているのも違和感に拍車をかけていた。


(彼らの出自は食い詰めた一般市民ではなく傭兵崩れの類か、或いは)


 ちらりと後ろを振り返る。私に遅れること数十歩の距離、木々の間に黒装束をまとった少女の姿が垣間見える。

 まるで私を尾行しているような構図だが、あの少女はオオヅナ団のリーダーを討つためにこの地を訪れたという。よって往く方向は同じ洞穴のアジトだから──


(いや、我々ほどにアジトの地理を把握しておらず、尾行している可能性もあるか)


 とはいえ姫から授かった試練、『魔王』の首を譲る気はない。彼女の存在を気にしたのは試練とは別の理由だ。

 黒装束の少女、今だ名も知らぬ少女の目的と剣の腕、これらを合わせ彼女の素性は武家の一門か剣術家の出だと推測した。

 そしてオオヅナ団の本隊は背中見せて逃げ出さず、ある程度の秩序を維持しつつ包囲戦術を実施し私を討ち取ろうとした。

 弱者を一方的に嬲る戦い方ではない、強敵相手を想定した動き。戦いを生業にしていた者の動きだ。


(或いは落ちぶれた武門出身の者か)


 アリハマの窮状を知りながら行政の対処が遅れていたのは、その辺りの政治的な事情が隠されているのかもしれない。だがそれで町民に多大な被害をもたらす状況を許していたのは。


「どのみち一介の武芸者が思案する事ではないが」


 所詮余所者の私は私の理由で剣を振る。

 その結果どこかの町の人々が救われたなら、彼らに運があっただけの事だろう。


 それに姫が命じられたのだ、『魔王』討つべしと。

 聡明にして未来を先読む鬼道に通じた姫の言葉、姫の意志。


(であればこそ、私の心に迷いが生じる余地は無い!)


 私は少女の追跡を振り切るようアジト目指して再び走り出した。


******


 林を抜け、洞穴前に辿り着く。

 侵入者騒動で手勢が出払った状況だろうに、それでも最低限の門番を置いているのは武門の者として心得があるからか。


(見張りは2人……片方を仕損じると逃げ込まれるか?)


 ここまで来るのに斬った賊の数は20を超えていたが、全ての人員を外の捜索に出したとは思えない。まだまだ巣穴に籠る賊は大勢ひしめいていると考えるべきだろう。


「中の様子を知りたい所だが」


 使い魔を用いて内部探索に力を注ぎ人質の安全確保に努めたカルラ殿。彼女であれば内部の情報もある程度は持っているだろう。

 鬼道師殿と連絡が取れればいいのだが、こちらから接触するすべはない。それに彼女の尽力あっての戦況、反撃が許される状態になったのだ。文句を言うのは筋違いというものだ。


「そこまでの贅沢は言えんな」


 まずは見張りを速やかに討つ手段を講じる。弓でもあればもう少しスマートな狙撃が叶うのだが、これも無いものねだりをしても仕方がない。

 手持ちの武器でどうにかする算段を──宝剣に風の魔力を宿らせる。

 狙いを定め、大きく振りかぶる。


「斬ッ──!!」


 標的と軸を合わせ、剣を振り抜くと同時に大地を蹴る。

 剣から放たれた衝撃波、風の刃が狙い違わず見張りの一人を両断するのが見えた。見えている、どんどん近付く。肉薄する。


「ばっ、敵──」


 生き残った見張りは仲間の無残な死に様と突撃する敵の姿に慌てふためき、貴重な時間を狼狽に使い果たして命を閉じた。


「ふぅ……上手く、いったか」


 呼気の乱れを整える。ここまで戦闘と疾走の連続で流石に疲れが溜まっているのは否定できない。

 見張りは呼子笛を吹かれる前に鎮圧できた。さてこれからどうする──と悩む時間も実は惜しい。笛の音がなくとも仲間が誰も戻らなければ、それは雄弁に異常事態の深刻さを伝えるものとなるだろう。


 時間を掛ければそれだけ状況は変化する。そして戦況に関する場合、援軍に当てのない状況は常に悪化すると想定して行動すべきなのだ。


「『魔王』討伐も大詰め……ここまで来たのだ、必ず使命を果たしてみせる」


 疲労を噛み殺し、気を引き締め気合を入れて、私は賊が湧き立つ巣穴の中に躊躇なく飛び込んだ。

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