第7話  カグヤ、洞穴に壁を立てる

 クリストさんが出撃し、わたしは小高い丘にひとりきりとなった。

 謎めいた鬼道師としての振る舞いが不要になって多少楽になったけど、それ以上に状況が悪化しているのだから差し引き無し、むしろ逼迫している。


「とはいえ、いつまでも愚痴ってらんないわ」


 囮による攪乱戦術が有効なのは一時的なもの。

 本拠地を持つ盗賊団には戦況が不利なら洞穴に籠って様子を見る選択肢がある。まだこちらが見つけていない脱出経路なんかも用意しているかもしれず、籠るにせよ逃げるにせよ徹底抗戦の必要性は薄い。

 領主や国主と異なり、勝手気ままな盗賊にはこの地を是が非とも守らなければならない義務があるわけじゃないのだ。お宝を運び出す目算がつけばスタコラサッサと逃げ出す可能性が無茶高い。

 その際に囚われた人達をどうするか、はっきりしない賭けに運命を託すのはお勧めできないのである。


 なので賊の頭が籠城か撤退かを判断、行動に移す前にわたしはわたしの役割を果たさなければならない。

 自分の頬を2、3度叩き、気合を入れて追い込み作業に移る。


「『視鬼』同調」


 五感を繋げるのは洞穴に侵入させた2体。

 洞穴内を探索し、哀れ虜囚の彼女達を見つけ出す。


「定石としては深奥部に頭領の部屋、捕まった人は地下室に……ってところだけど、ほら穴だとそうはいかないのよね」


 幸い『視鬼』は全く違う侵入路から突入させているので全体の広さ、構造をある程度推測しながらの捜索が叶った。2体の行動予定範囲が重ならないようする事で無駄は省ける。


 だから後は、に尽きる。

 『視鬼』操作の手順は今までと変わりない。少し動かし歩を進めて周囲を警戒、同調する『視鬼』を切り替えて以下略だ。

 洞穴内部の捜索に使う『視鬼』は3体から2体に減り、目まぐるしい視覚変化の頻度には若干の余裕が出来る。


 出来ているはず。


「探索同期、開始」


 わたしは都に留学していた頃に見かけた、餅つき芸を思い出す。

 餅つきの手順をざっくり説明すれば『杵で餅をつく』のと『餅をこねてひっくり返す』動作の繰り返し。

 餅米を杵で叩き、まだ柔らかくなっていない部分を真ん中に移動させる反復作業なのだけど、餅が冷めてしまえば硬くなってしまう。

 そのため、とある餅つき職人さんは餅つきの動作を高速化した。


 杵を叩きつける人と餅をこねる人、それぞれが目視に頼らず掛け声と勘でやってのける。杵に殴られないよう、餅こねる手を殴りつけないよう図った完璧な超高速作業。

 一歩間違えれば餅が血に染まる技、その速度は1拍子に3度、1秒間に3回の打撃を可能にしていたのだ。


 あまりの凄い技にコツを聞いた事がある。

 曰く『度胸と平常心、そして拍子を守る事』。


「『視鬼』、


 接続、挙動、周回。

 接続、挙動、周回、接続、挙動周回、接続挙動周回。

 接続挙動周回接続挙動周回接続挙動周回接続挙動周回接続挙動周回接続挙動周回接続挙動周回接続挙動周回──


 視界が震えた。

 酷い悪路を走る馬車に乗り、縦揺れに脳と胃をかき回されるような感覚。耳の奥がチリチリし、眩暈を通り越して貧血っぽくなる。

 わたしは今、かつてない程の回転速度で『視鬼』に感覚を繋ぎ、動かし、見回り、剥がし、取り付け、繋ぎを再演している。


(気持ち悪ぅぅぅぅぅぅぅ!?!?)


 筆舌にし難い感触だ。

 変転流転する光景に焦点がおぼつかない。感覚と体が追いついていない、けれど揺れる感覚だけは脳や胃腸を振動させて余りある。頭が理解するよりも早く異景に切り替わる。

 とてもではないけど詳細を掴むなんて不可能だけど。


(詳細を見る必要は、うっぷ、無いからね!)


 事細かに洞穴内を探る時間は最早足りてない。わたしが『視鬼』を通じて気にするのは虜囚の居場所のみ。

 クリストさんが語った可能性、賊の頭領が鬼道師かもしれない可能性は排除した。洞穴周辺に鬼道を使った警戒網はなかった、だから違う、もしくは物臭な性格でそこまで警戒してない事に賭けたのだ。


「黒装束のせいで悪い目が出たんだから、次はこっちに有利な目が出てもいいじゃない!!」


 走らせる、見る走らせ見る見る走らせる。

 時折慌てた様子の賊が出口に向かったりしている。どうやら囮は頑張ってくれているようだ。


(応援に駆け付ける流れならまだ大丈夫。まだ──)


 『視鬼』の耳に違和感。

 男どもの怒声が鳴り響く中での不協和音。

 泣き声。

 

「女の、泣き声だ!!!」


 丁半駒揃いました、勝負!

 声を拾った『視鬼』に全神経を集中し、完全制御で音を辿る。辿っていく。明らかに人が掘った跡のある枝路を進ませて。

 鉄格子が見えた。


おり……)


 土肌の大きく窪んだ一角に突き立てられた鉄の棒。補強も施され、粗末な作りだったが見紛う事なき地下牢だ。

 ここを拠点にしていた盗賊は洞穴の環境改善に力を入れていたらしい。

 反響して聞こえてくる泣き声の出元は間違いなくここだろう、そして


(いい目が出たのか、見張りらしき奴は居ないわね)


 外での騒動が良い方向に作用したのか、元々が杜撰なのか、この際どちらもでいい。『視鬼』を滑り込ませ、牢内に侵入させた。

 牢内には泣いている者、慰めている者、ただ膝を抱えて消沈している者と様々。全員が汚れた着物を着ており──いや、今はそれを考えるべき時じゃない。


「もしもし」


 『視鬼』を通じて牢内に語り掛ける。五感を共有しているのだから声を伝える機能も有しているのだ。もっとも喉の形は違うのでわたし本来の声と音は違っているのだけど。


「もしもし」

『えっ……誰!?』

「お静かに。声を落として返事して」

『は、はい』

 

 比較的憔悴していない様子の女性が応えてくれた。

 とりあえず嘘も方便、救出が目的なのは本当だから分かり易い説明で納得してもらう事にする。


「わたしは討伐隊の者です。皆さんを助けに来ました」

『ほ、本当ですか!』

「本当です、だからひとつ教えてください。捕らえられている人は、それで全員ですか?」

『はい、全員です。何か騒ぎがあったみたいでここに押し込まれました』


 ──よし。

 実はこれが最大の難所だったのだ。

 彼女達がバラバラに監禁されたり男達が好き勝手連れまわしたりだと助けるのが難しかったのだけど、その心配がないのなら。


『あの、本当にここから連れ出してくれるんですか?』

「ごめん、今すぐ連れ出すのは無理」


 掌返したような答えに向こう側で小さな悲鳴と嘆きが上がった。

 でも事実なのだ。控え目にいって、たった2人のわたし達が敵の本拠地を占拠するのは不可能。

 敵地に乗り込み、洞穴を制圧しての解放劇なんて王道展開も出来るはずがない。

 だから、


「なので、します。だからしばらく待っててちょうだい」


 操っている『視鬼』を鉄格子の前に立たせる。

 位置を確認し、幅を確認し、使鬼神に流し込む魔力の量を増大させる。


「書き足せし垣根建つ、言霊を以て『道塞鬼みちふさぎ』と変じよ」


 使鬼神から見ている視界が広くなる、高くなる。

 理由は術式が上手く発動したから。使鬼神の中では小型の『視鬼』を別の使鬼神に置き換えたからだ。


『ひい……!』


 囚われの女性陣からも怖がる様子が伝わる。これは申し訳ない事をしたが、振り返って謝る事は出来ない。

 そんな細やかな取り回しを出来る使鬼神じゃないのだ、変化させた代物は。


『うっせえぞ、女ども! そんなに死にてえの──なんじゃこりゃあ!?』


 騒がしい牢屋の様子に気付いたのか、賊が2人ほどやってきた。いつもそうしているのだろう、弱者を怒鳴り脅しつけようとして慌てふためいた。

 口を大きく開けてを見上げている。


 『道塞鬼』。

 これがどんな使鬼神かを一言で説明すれば、巨大な壁。

 妖怪変化、年を経て怪異に変じた化け物に『ぬりかべ』という妖怪がいるのだが、それを模した使鬼神。


『な、なんだこりゃ!? ふざけやがって!』


 正気を取り戻した賊の片割れが斬りつけてくるが、びくともしない。むしろ刀が刃こぼれし、何度目かに折れてしまった。

 『道塞鬼』能力は通せんぼ、壁のあちらとこちらを遮り隔てる絶対障壁だ。なまくら刀では傷ひとつ付けられまい──わたしの魔力が続く限り。


「ぬぐぐ、苦ぁ……でも、これで一応人質の心配はなくなったわね」


 魔力補給の丸薬を飲み下しつつ、花火の準備を整える。

 いわゆる笛つき煙花火、武士団などが遠方に合図を送る時に使う信号弾だ。

 これの打ち上げをもって、わたしの役割は完了する。


「3、2、1、着火!」


 ヒュルルルルルル──耳に優しくない音を立て、煙尾を引いて花火が空を飛ぶ。

 文字通りの『反撃の狼煙』が上がった。

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