第6話  カグヤ、苦みに吼える

「鳴子が鳴りました」


 空は青かった。

 わたしの心も青かった、血の気が引いたから。

 不意を突く出来事に演技を忘れかけ、尚の事心の中で慌てふためく。


「カルラ殿、それはどういう──」

「わ、我ではない」


 危うく噛みそうになった。

 わたしだって思わぬ事態にびっくりしてるのだ。これがまだわたしの失策、例えば『視鬼』を引っ掛けたなんて事の方が驚きは少なかったと思う。

 しかし現実にわたしの操る『視鬼』は3体、うち2体は洞穴に突入させて残りは出入り口の見張りに固定していたのだから外の鳴子に引っ掛かるわけもない。


(だから本当に訳分かんないんだって!)


 風、動物、人……可能性は色々思いつくが、正解を見出す手段足りえない。そしてそれはわたし達以外、洞穴の住人達も同じらしい。


「洞穴より幾人かが出てきよった」


 彼らも鳴子の作動原因を探るべく確認に向かうようなのだ。

 しかしその様子は相変わらず剣呑さを欠いている。命令だから確認に行くけれど、どうせまた誤作動なんだろ──そんな会話が耳に届いた。


(まったく、焦らせないでよ。こちとら一発勝負で失敗は許されないんだから)


 日が経つほどに囚われた女性達の命は危うくなり、襲撃に失敗すれば警戒されて不意を突くのが困難になる。

 なんとしても一度の挑戦で成功させる、そんな意気込みで目を回しながら慎重に調査しているというのに、鳴子の誤作動でご破算になるのは勘弁していただきたい。


(念のため『視鬼』参を尾行させておくけど。誤作動も上手くすれば牽制に使えるかもしれないし)


 賊の背中を追いつつも鳴子の利用手段を考える。

 鳴子が鳴れば賊の何人かは洞穴を離れる。警戒を促す一方で洞穴を手薄にする事が出来るとすれば何らかの


 ズバッ

 ぐがぁっ!


(……うん?)


 不穏な音がした。

 風を斬る音と、苦しそうな悲鳴と、


『な、何者だ!? ギャア!』

『て、敵襲だとぉ!?』


 怒声怒鳴り声悲鳴に甲高い笛の音が被さった。

 それらの音が意味するところを理解すれば、『視鬼』越しの光景も解説出来るというものだ。


「……クリスト殿。鳴子の具合を確認に向かった賊に、何者かが襲い掛かった」


 突然視界に割り込んだ黒い影が賊2人に斬りかかった。1人目はずばりと、2人目は何度かキンキンキンと刀を合わせたが、あっという間に決着ついた。

 これだけでもよろしくない、偵察に出た人が戻らないなんてどう転んでも異常事態と思われること請け合いだけど、さらに悪かった点は鳴子の確認に出向いた賊は2人だけではなかった事だ。

 離れた場所の鳴子を点検していたのか、運よく生き残った賊は呼子笛を吹き鳴らし、遠くの見張りに異常を伝えた。そりゃもう迅速に。


「それで、その黒装束とは?」

「彼奴らに察知されぬよう距離を置いておった故、詳細は知れぬ」


 それに今気にするべきは黒装束の素性や目的ではない。

 余計な横槍で盗賊達を刺激した事だ。呼子笛に反応した盗賊達が武器を片手にぞろぞろ出て来る。盗賊団全員というわけでもないだろうが結構な数。


(ああもう、これで黒装束があっさり狩られたりしたら、ただ警戒させるだけで終わっちゃうじゃないよ!)


「だが同時に好機でもある」


 好機というか、ただ成り行きを見ていれば控え目にいって状況の悪化を待つだけになるのだ。それはよくないよろしくない。

 ならば現場を混乱させる、いや、混乱に拍車をかけて長引かせるしかない。状況が掴めなければ向こうも対処の方針が定まらないだろう。

 その隙に人質の安全を確保する、もうそれしかない──半ば投げ槍になってる気もするが。


「カルラ殿」

「承知している、囮の千鳥ちどりは一羽で足りぬのであろう?」


 千鳥とは卵や雛を守るため、巣に近付く外敵の前に飛び出して囮を買って出る事で知られる鳥。ちなみに囮という言葉は鳥が語源だという説もあるが、それはさておき。


(囮がひとりだと混乱させるなんて無理な話って寸法よ)


 捜索に出た敵の手勢が次々あちこちで被害を出す、それでいて軍勢の攻め立てる気配はない。

 手勢は討たれたのか、それとも罠に嵌って動けないのか、或いは危険を察知して勝手に逃げ出したのか──多少の時間、洞穴を手薄にする刻は稼げるはずだ。


 その間になんとしても人質に成り得る女衆に安全対策を施さねばならない。


「クリスト殿、これに乗る方がはやい」


 空飛ぶ使鬼神『鬼鶴』を創り出し、クリストさんを現場へと送り出す。また魔力の消費が激しくなったがやむを得ない。

 手荷物から黒い丸薬を取り出し、水もないままに飲み下す。ごっくん。


にがぁぁぁぁ!」


 チュウユ国に伝わる魔力の回復を促す漢方薬、各種薬草とイモリの黒焼きを煎じて丸薬にしたものだ。田舎の特権ともいうべきか原材料は現地で調達できるのでお手製のこの品、効力はあるけど美味しくない、むしろ苦い。恐ろしい事に丸薬の状態で喉を通してもひたすら苦い。


「もう、眩暈がするの頭が痛いの喉が苦いので訳が分かんないわよ!」


 色々苛まれる我が身。

 その中で時間に余裕がなくなり、苦薬投入の憂き目はどう控え目にいっても黒装束のせいだ。事が終わって生きてたら思いっきり罵ってやろうと心に決める。


「バーカ!! バーカ!!!」


 クリストさんが往き、取り繕う必要のない独りの環境でわたしは鬱憤を晴らすように青い空へと罵声を投げかけた。

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