第5話  カグヤ、地上で船に酔う

 東の空に光が差し、朝日が眩しい時間。

 わたしは地面に座り込み、目を瞑って他の感覚器官に意識の大半を委ねている。


「どうかね、カルラ殿」

「暫し待たれよ。ロッテン岩なる符牒を中心に『視鬼』を放っている故」 


 偵察の進捗を問う声に素っ気なく応じておいた。

 第3者が居れば冷たい態度に見えただろう素振りをしたのには理由がある。


 謎めいた鬼道師という立場を維持するためもある。

 下手な言動でわたしがカグヤである事に気付かれたくないのも大いにある。

 けれど一番の理由は、


(目、目が回る……!)


 仮面の中で目を閉じていながら、わたしは目がぐるぐるくわんくわんする感覚と戦っていた。

 原因は偵察、『視鬼』の多重運用である。


 『視鬼』はわたしが鬼道で作り出した使い魔、偵察用の使鬼神なのは言うまでもないが、基本的には半自律型。

 簡単な命令を与えれば直接操作しなくとも動く代物なのだ。例えばクリストさんの監視に『適度な距離を置いて尾行しろ』と命じておけばその通り実行していたように。

 その上でわたしが必要に応じて五感を同調、視覚や聴覚などで得たい情報を拾ったり状況に即した細かい操作したりするわけだけど。


 この身はひとつしかない。


 今、ロッテン岩を目印にした盗賊の隠れ家を探すのに『視鬼』を3体同時に動かしている。勿論必要あっての事、盗賊を遠慮なく討つには彼らに囚われた女性達を救わなければならないからだ。

 隠れ家攻略の前提条件、人質救出の段取りとして『視鬼』を使い偵察は最重要任務といっても過言ではないため、わたしも細心の注意を払って制御している。


 そう、細心の注意を払って3体の『視鬼』と


 頻繁に。

 のべつ幕無く。

 目が回るほどに。


 『視鬼』壱を動かし視界を全天周囲を確認、『視鬼』弐を動かし視界を全天周囲を確認、『視鬼』参を動かし視界を全天周囲を確認──この作業を小刻みに小刻みに、繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し。


(脳が、脳がぐるぐるるん眩暈がするぅ……)


 目まぐるしく切り替わる風景に酔ってきたのだ。

 見張る対象が決まっていればこんな苦労は必要ない。クリストさんにしたように、定期的に五感を繋げて対象を観察すればいい。

 でも今は違う。どこに何が潜み、何が仕掛けられているか分からない敵地の偵察。気を付けるべきもの、気を払うべきもの、避けて通るべきもの──半自律状態の『視鬼』では見落とす可能性が高く、自分で〝視”て判断するしかない。


(それに、クリストさん、相手に鬼道師がいるかもって言うから)


 鬼道の産物である『視鬼』には隠形、姿隠しの術をかける事が出来る。そのため普通の人間には発見され難いものなのだけど。

 姿隠しの術があるなら逆もしかり、鬼道には姿隠しを無効化する術も存在する。


(鬼道で探知網でも敷かれてたら引っ掛かって終わりだもの)


 『視鬼』の自律行動中に探知でもされればおじゃん、敵対者が探りを入れている事がばれてしまう。そうなれば守りを固められ、人質の確保は難しくなる。

 だからこそわたしは将棋の『歩』の如く『視鬼』を1駒ずつ操作し、1升ずつ動かしては周囲を警戒しているのだ。素早く大胆に、そして丁寧に。


(目の回る忙しさとはまさにこの事、意味合いはちょっと違うけど)


 慎重に歩を進め、頭痛を伴う気持ち悪さとの戦いに一定の成果が上がるのはそれから程なく。


「目標地点間近に、鳴子が張り巡らされているのを確認」

「人がいるのはほぼ確定か」


 彼の言う通り、いや、聞いた通りに人の潜む形跡。

 鳴子は仕組みが単純な分、風で揺れたり人以外が引っ掛かっても作動するし、野外に設置した場合は雨風に打たれて縄が腐り壊れ易い。短い周期で面倒を見る必要のある罠なのだ。

 それがこうして機能する状態で置かれているという事は、クリストさんが襲撃者を返り討ちにして得た情報に嘘偽りは無かった証。


(控え目にいって人がいる……これまで以上に気を付けないと)


 ゆらゆら揺れそうな頭を右手で支え、くわんくわんしながら偵察を続行する。これ以上視覚的刺激で三半規管を損なうと謎めいた雰囲気作りがどうこうよりも人前で年頃の娘がしてはいけない逆流的惨状を晒しそうだから必死に。


 目を皿に、口に栓をしての孤独な戦い。しかし幸いな事に鳴子の存在がわたしを導いてくれた。

 物理的警戒網、その向こうには近寄られたくない誰かの思惑が待っているはず。


 「……発見」


 割と大き目なほら穴の入口にうろうろする人影を確認できたのだ。腰に短めの山刀を装備した、あまり小奇麗とは言えない粗野な男達。

 堅気の衆ではい事は一目瞭然だけど、どこの盗賊団に所属しているかなどは見分けようがない。


「かの者がオオヅナ団の一員かを区別するすべは我に無いが」


 仮に彼らがオオヅナ団以外の盗賊だった場合、社会正義の執行としてはともかくわたしの目論見的には無駄足の極みになる。

 クリストさんを『魔王』退治の旅から解放させるため、オオヅナ団であって欲しい、是非とも。是が非でも。


「それよりも叶うなら内部構造も把握できればいいのだが」

「他の出入り口の有無も含め、物見してみるとしよう」


 洞穴、洞窟の類は割と快適に動物が住まう空間になり易いが、人が住まう場合に手を加えてしかるべき物がある。

 『火』の存在。

 人の暮らしに火が欠かせないのは指摘するまでもないが、大勢が暮らすとなると洞窟内部には広さが求められ、広くなるほど深奥部には太陽の光が入り込まない。


(洞窟で日が差し込む箇所は天井に穴が開いてるのと同じ、そこから風雨が浸食して内部に崩れ落ちる可能性があるわけで)


 強固な作りの洞窟ほど内部は真っ暗闇になる。

 他にも洞窟内部は地中である事から湿気が高く、人が洞窟で暮らすには光源・熱源の両面から火の運用が必須なのだが、窓もない環境は換気が悪い。

 空気の濁りを抑えるため、後付けで換気孔を掘るのは合理的なのだけど。


 逆にいえば、洞窟近くで火の気・煙のススがついているような穴は着実に内部と繋がっていると断定できるのだ。


「換気孔を看取、魔術的防御に感無し、2体目侵入」


 1体目の侵入箇所は人の気配がないハズレだったけどこちらは期待が持てる。念入りに確認した鬼道の気配もない、偵察の任務は順調に終わりを迎えつつある。


(いい調子、このまま慌てず素早く慎重に──)


 カラン。

 わたしの耳が音を拾った。


(うん?)


 カラン。

 カランカラン!

 カランカランカラン!!


(うん……??)


 洞穴の入り口を見張らせていた3体目の『使鬼』に意識を切り替えるとより明瞭に届く乾いた音。

 そう、あれはまるで木の板を竹の棒で叩いたような注意を惹きつける音。

 まるで、まるで。

 この抽象的表現から逸脱したくない。具体的に何の音かを理解したくなかった。


「……クリスト殿」


 洞穴内部の人の気配がざわめき、武器を手にした賊の何人が出口に向かって歩いていく。彼らの様子は敵襲を受けた感じではない、おそらく鳴子が風で揺れたりする事は珍しくないのだろう。

 でも今回は、思いっきりわたし達が襲撃の機会を狙っているのだ。



 理由は分からない、けれど何故今この時に鳴るのかな!

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