第4話  クリストは喝采を上げた

 赴いた場所は意外と拓けた空間だった。

 私の潜む木陰から10メートル先で彼らは戦っていた。2人の賊を相手に立ち回りを演じる黒装束──いや、血を流し倒れている賊がいるから3人か。

 黒装束は一見して小柄だった。少なくとも剣を交えている賊の方が体格はいいだろう。しかしユマト特有の曲剣・大太刀を手足お如く操り、左右からの挟撃をよく凌いでいる。むしろ賊が2人がかりでも攻め切れていない程だ。


(なかなかの剣腕。しかしあの者──)


 右側の賊が突き出した剣を受け流し、大きく体勢を崩した瞬間にすれ違いざまの一撃を見舞った。致命打には遠い、しかし怯んだ賊は攻撃の手を止めてしまう。

 黒装束はその間隙を見逃さなかった。連携無しに切り込んだ左側の賊を軽くいなすと迷いなく太刀を振り下ろす。

 大地を叩き割るような重い斬撃、賊の身体は肩から腰にかけてまで文字通り断ち割れた。即死は免れまい。


「ひ……!」


 仲間の無残な死に様にひとり残された賊が悲鳴を上げて後ずさる、構わず追撃をかけたはずの黒装束は体勢を崩してたたらを踏んだ。


「!?」

「い、今だ、やれ……!」


 動揺の気配が伝わる。血を流し倒れていた賊が突然黒装束の足に組み付いたのだ。死んだふりで奇襲の機会を窺っていたのだろう。

 思わぬ好機に逃げ腰だった賊も起死回生の夢を見たのか、攻勢に出る色を見せた。目をぎらつかせ、己の優位を確信して。


(だが、ここで黒装束に死なれると困るのだよ)


 宝剣シュルトナーグの宝玉が緑の輝きを灯す。

 魔力属性を風に切り替えた剣を大きく振りかざし、標的を見定める。本来なら届くはずもない、遥か先の標的を見据えたまま


「フッ!」


 呼気を発し目の前に敵がいるのと同様に振り抜く。刃はただ空を切ったが、刃に宿った緑光の魔力はそのまま空間を飛翔し、標的めがけて突き進んだ。


「……へ?」


 空気の震えを感じたのか、それとも魔力を感知する才能があったのか。黒装束を切り刻もうと剣を構えた賊は、ほんの一瞬呆けた顔を飛来する緑光に向けて。

 首と胴体が泣き別れとなった。


 風の刃。

 宝剣シュルトナーグが風属性で発揮する能力は魔力の刃を飛ばし、遠距離攻撃を可能とする術式である。


 この横槍で黒装束も私の存在を認識したのだろう。驚いたように顔を向け、次の瞬間には足元の賊へとどめを刺していた──風刃の余波に吹き飛ばされた頭巾の行方を気を留める事なく。


 頭巾を失った黒装束と視線が合う。

 私と彼女の間には十分な距離があるのだが、警戒をあらわにしてこちらに剣の切っ先を向けている。

 そう、彼女だ。


(やはり女性にょしょうだったか)


 剣捌きの所作で得た所感が確信に変わった。

 やや硬質の、鋭い目が印象的な美しい貌が殺気を湛えてこちらを睨んでいる。


「貴様、何者だ」


 眼光に劣らない尖った声が私を叩く。いざとなれば一足飛びに斬りかかる算段なのだろう。こちらの飛び道具を警戒しつつ、前のめりの低い姿勢でじりじりと間合いを詰めつつある。

 

(まあ警戒されるのも当然ではあるが)


 見た所、彼女には行動を共にする仲間はいない。

 彼女がどういった経緯でこの地を訪れたかは定かでないが、単身敵地に乗り込んだのであれば『自分以外は敵』という認識なのも納得だ。

 例え己の危機を救った恩人であろうと怪しんでみる姿勢に間違いはない。その恩人がフードで顔を隠した輩なら尚更だろうが、無闇に敵視されても困る。

 それに隠し立てする必要もない、私はあっさりと彼女の疑問に答えた。


「私はこの地にオオヅナ団を討ち取りにやってきた者だ」

「……アリハマの町が討伐隊を組んだとは聞いていないが?」


 すり足で距離を詰めていた彼女の足が止まる。どうやら無条件の警戒が条件付きにランクダウンしたのか。


「誰かから依頼を受けたわけではない。私は私の事情でオオヅナ団を討つ必要があったのだ」

「事情とは?」

「そちらばかり質問をするのは公平性に欠けるのではないかね」

「む……」


 黒装束の女性は存外真面目らしく、この程度の反論で黙り込み、


それがしも、とある事情でオオヅナを討ちに参った。これでよいか」


 こちらから問う前に自らの目的を話してきた。この女性は真面目で、おまけに交渉事には向いていないと思われる。

 今の一言でオオヅナ団という集団ではなく『オオヅナ』というリーダー個人に執着している事を漏らしたのだから。そしてあの剣の腕、市井の出ではない事が容易に推測できる。

 武家の出か、或いは名の有る剣術家の一門か。


(一族一門にまつわる怨恨の線が一番可能性が高い、か?)


 正直、あまり問答をしている時間はない。

 私が元々この場所を逃走場所に選んだのは、黒装束の人物に囮の役割をより多く押し付けるためだったのだ。そのためにわざわざ賊に敗走するふりを見せつけ、振り切らない程度に逃げながら最初の闖入者たる黒装束の居場所を目指したというわけである。

 追手の賊を黒装束に相手させるために。


 わけだったのだが。


(果たして麗しのカグヤ殿は、女性に責を全て背負わせる男を伴侶として相応しいと認める御方だろうか?)


『その振る舞い、卑劣な行いではないと、このカグヤの前で胸を張れますか?』


 胸中の姫君は私の行動を褒め称えはしなかった。

 さもありなん、むべなるかな──己の策に躓いた自分に呆れ、こっそりと溜息をつく。今からでも姫に見限られない行動をすべきだろう。


「ならば、引き付けた連中を継続して引っ張り続けるしかないな」


 せめてカルラ殿が人質の確保に成功するまでは。

 もはやこの場に用は無くなった、再び逃走劇を続けようと


「待たれよ!」

「……何か?」


 意外な人物に引き留められる。

 オオヅナを討つために単身敵地に乗り込んだ勇敢な、或いは無謀な黒装束の少女が眉目をいからせて睨んでいた。

 はて、この期に及んで何の用が


「公平性を問うなら、顔を隠したままなのは卑怯だろう!」


 …………成程、言われてみればその通りかもしれない。場違いな要求に少し笑いの衝動に駆られたのを堪える。

 フードを目深に被り、顔を隠して囮任務を演じていたのには訳がある。

 素性より外見の問題。

 ユマトの地で西方人の金髪は目立つのだ、下手すれば賊に発見された黒装束の敵対者よりも。そんな特徴的な外見を目印にされないようフードを被っていたのだが、私は予期せぬ形で彼女の頭巾を飛ばし、素顔を晒させてしまった。


 だから顔を晒せと言ってきたのは成程、彼女の言い分はごもっとも。

 フードを外し、要求に応える。


「ごらんの通り、些か目立ってしまうので伏せていたのだ」

「異国人……? 何故異国の者がオオヅナに」


 彼女の疑問を遮るように警笛が高らかに響く。

 身構え周囲を窺う少女、しかし私の反応は異なった。


(今の音は!)


 何度も耳にした賊の使う呼子笛ではない、あれはカルラ殿が用意した合図。

 空を見上げると火箭かせん、火薬を燃やし煙の尾を引く矢が宙に線を描くように立ち昇っていた。


 色は白煙、救出完了の合図!


「見事!」


 私の喝采とどちらが早かっただろうか、敗走者に追いすがった賊の群れが広場に殺到した。


「追い詰めたぞ!」

「なんだ、こいつ異人か?」

「おい、例の黒装束もいやがる!」


 その数は10を優に超えており、獲物を追う立場にいた彼らは一様に優越感からくる殺意に満ちていた。


「なんだ、こいつ女だぞ?」

「へっ、なら男は殺っちまえ、女は捕まえて──」


 もはや雌伏の時は終わった、お決まりの脅し文句を聞くも惜しい。

 反撃の狼煙に私は赤の剣を閃かせた、戦場に導火の剣線が刻まれる。


「は?」

「な、なんだこれ──」

「ガアアアア!!!」


 魔性の炎に焼かれた賊の断末魔は短い。


「こ、こいつ、妖刀使いだ!」

「迂闊に近寄るな! 囲め!」


 数を頼みに獲物を追い立てていた、そう思っていた輩に改めて向き直る。彼らは手足だ、頭を潰さなければオオヅナ団を討伐した事にならない。

 しかし町人を苦しめ、多くの人々に暴虐の限りを尽くしたのは頭の命令を受けた手足でもある。


「であればこそ早々に手足を滅ぼし、頭を討ちに行くとしよう」


 もはや遠慮は無用、私は殲滅の意志を掲げて剣を揮った。

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