第3話  クリストは釣り竿を揮う


 空を駆けるという体験はなかなかに爽快だった。

 我が公国には天馬騎士も竜騎士も存在しないため、何かに騎乗しての飛行とは初めて経験したのだが風を切る感覚が心地よい。


「しかし楽しんでいられないのが残念だ」


 私の視線は彼方の光景には向けられず、人の這う地上を見下ろしていた。今この地は盗賊の徘徊する狩場となりつつある。

 獲物を追い立てているのが盗賊か、それとも謎の黒装束か判断は難しいが。


「黒装束……このタイミングの闖入者、果たして偶然か」


 オオヅナ団は大盗賊団。

 鼻包帯男の証言が正しければ、勢力拡大に周辺の小盗賊団を武力で屈服させて成長した大所帯。勢力を広げる過程で各所に敵を作っていても不思議はなく、取り込んだ仲間の内輪揉め、果ては褒賞目当ての武芸者が先走った可能性まである。


 現時点では敵か味方か、その判別も困難だ。


「いずれにせよ、こちらの思惑を狂わせてくれたのだ。その分の帳尻は合わさせてもらおう」


 彼の者の存在は、慎重に事を運んでいたこちらのスケジュールを予期せぬ形で短縮させたのだ。黒装束にそのつもりは無かったのかもしれないが、ならばそのつもりなくとも私達の役にも立ってもらうとしよう。

 短い空の旅は終わりを告げる、眼下に広がるのは並び立ち地面を覆い隠す木々の群れ。視界を遮る緑の雲が上空から人の有無を見分ける邪魔となるが、


「……あの辺りか」


 この距離なら神経を集中すれば人の争う気配くらいは漠然と察知できる。

 鬼道師殿によれば黒装束はこの地に潜む賊を斬り捨てたという、ならば戦っているのは警笛に呼ばれた賊の援軍と黒装束だろう。


「使い魔君、戦場の少し手前に降下してくれたまえ」


 位置的には黒装束が戦っているだろう場所と洞穴入口の中間点。アジトから警笛に従って駆け付けようとすればまず通過するだろう地点。


「ありがとう使い魔君、人質の探索と保護はよろしく頼む」


 安全確保の手段はカルラ殿から聞いている、後は囚われの女性達を見つける事が重要だとも。それまでの間、せいぜい上手く囮を演じるとしよう。

 『魔王』を討つのは『囚われの姫』を救ってからだ。

 程よい距離に降下した時点で使い魔の主に伝わるよう言葉を残し、私は埃避けのフードを目深に被り地上へと舞い降りた。


******


 賊と出くわすように取り計らった心構えが良かったのか。

 或いは『魔王』と戦う気概持つ私に麗しの姫が祝福を授けてくれたのか。

 地上に降り立った私は、


「な、なんだお前!?」

「貴様が侵入者か!!」


 早速彼らのテリトリーで標的の賊に遭遇したのは幸先が良いというべきか。総勢4名、それぞれ緊張を表し既に抜剣している彼らに短く告げる。


「死んでもらおう」


 訳も分からず冥界の門を潜るより、潜った先で「ああ、殺されたのだな」と理解できる知識を記憶に残した方が冥府での手続きも幾分早まるだろう、その程度の配慮であるが。


「な、何ぃ!?」

「やっちまえ!!」


 この小集団に鬼面の男、リーダーの姿は含まれていない。黒装束を討ち取るべく余所で戦っているか、アジトで全体を俯瞰しているのか、それとも自ら手勢を率いて迎撃するほどの事もないと判断したか。

 いずれにせよ、『魔王』がいないのであればただの障害物だ。


「宝剣シュルトナーグ、燃えよ!」


 剣柄の宝玉が赤く染まり、剣身を炎色の魔力に包み込む。

 属性は火、効力は


「野郎、死にくさ──」


 奇声を上げた賊の身体に赤い線が走る。

 私の剣で引いた線だ。速度を重視し、力や技で断ち切る事を意識しない無造作ともいえる一撃の跡。

 ただそれだけで


「ギャ──ッッッ!」


 赤い線から炎が噴き出し、賊の身体は火柱と化した。

 シュルトナーグの魔焔は斬りつけた物を焼き尽くす。その性質上、確実に討ち滅ぼす相手にのみ向けるべき剣。対魔術防御の心得や手段がなければ文字通りの一撃必殺剣となる。

 本来なら魍魎のような化け物退治に使う剣で盗賊程度に使うものではない。しかし今回は人質と成り得る攫われた女衆がいるのだ、彼らを生かして救うべき『囚われの姫』に万一の事があれば。


「姫に申し訳が立たぬからな」


 それに採掘場の惨劇。

 アリハマに影を落とす非道の存在は強殺の挙句に火を放ってとどめを打つような集団だ。少しは知るといいだろう、焼き殺されるという恐怖を。


「ひっ、な、なんだこいつ──!!」


 仲間の無残な死に方に怯み、腰が引けている彼らに降伏を促す事はしない。今の私は囮、敵に損害与えつつ目を引く役割だ。

 足が竦み、走って逃げる事も出来ない残りを斬り伏せる。合計4本の松明が上げる狼煙は他の賊の目を引くだろう、敵が察知する前に素早く移動した。

 まだこちらの数が少数だと気付かれるのは得策ではない。今少し敵の数を減らしつつ、敗走を装って黒装束と合流する予定である。


「ぐわっ!」

「ギャッ!」

「ひいいいい!!」


 移動した先で遭遇した小集団を殲滅すること三度。


(そろそろか)


 四度目の遭遇。

 3人までを斬り倒し、最後のひとりに剣を向けた際に魔術発動を解除した。


「グガッ!!」


 私の一撃に薙ぎ払われ、吹き飛ばされる盗賊。しかしその身から炎が湧き立つ事はなく健在。

 改めてとどめを打つふりをして


「おい、いたぞ!」

「そっちから周り込め、囲め!」


 人の殺到する気配と警笛の音に背を押され、身を翻しての逃走に転じた。雑木林の中に怒号が飛び交い、半包囲しながら私を追い込もうとする様子が窺える。


(よし、追走してくれたな)


 賊が襲撃者を討つ気になってくれたようで、ひとまず満足を覚える。

 現状、賊は力づくで敵対者を排除する方向で動いていると見てもいいだろう。そうしてアジトが手薄になればカルラ殿も人質救出の算段が付け易くなる。


 こちらが強すぎれば相手は尻込みし、アジトの籠るかもしれない。

 こちらが弱すぎれば相手は本腰を入れず、アジトから引っ張り出せない。

 敵に無視できないダメージを与え、敵が攻勢に出た途端に逃げてるみせ、追撃すれば勝てると思わせる──その辺りの見極めが難しかった。


「敵の人数が分かっていれば、もう少し上手く立ち回れるのだがな」


 獲物は釣れた、あとは本命の出方次第。

 林の中を逃げ回りながら、徐々に一定方向へと進んでいく。行先は私以外にこの地で戦いを続ける者の居場所。


 黒装束とやらが戦う場所。

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