第2話  クリストは姫の言葉を噛み締める


 魔王の住まう城に乗り込む。

 伝説や創作物語にある魔王退治の一説ではよくある話だろう。

 かたや麗しの姫から『魔王』退治を仰せつかった私だが、まさか同じ状況に身を置く事になるとは想定外だった。


 私は『魔王』との決着をつけるべく、オオヅナ団が乗っ取り自らのアジトに利用している洞穴に飛び込んだのだが。

 盗賊達の巣穴は、予想したよりも規模の大きな代物だったのだ。


 入口から想像した以上に天井は高く、4人くらいなら横並びできそうな程度に広く幅が取られている。流石に舗装まではされてないが、剥き出しの土が踏み固められて平らに整えた様子さえあった。

 居住空間として相当手を入れたのだろう──それが鼻包帯達の仕業か、それを奪ったオオヅナ団の仕事かは分からない。


 洞穴、いや、もはや地下道といっても差し支えない規模の横穴。

 ひときわ広い横穴から派生させたように、時折枝道が幾本も伸びている。流石に本数は多くないが、明らかに人の手によって掘られたもの。


『壁? 壁って何だよ?』

『分かんねえよ! ただ女どもの牢の前に壁が出来てんだって!』


 遠くから男達の声が届く。会話の内容は不明だが、何やら言い争っているようだ。私達の襲撃でアジトも混乱しているのだろう。


(洞窟の基本的構造でいえば一番太い道が最奥部に続くはずだが)


 思案しても埒は飽かない。

 それに『魔王』の軍勢は根こそぎ殲滅したいが、本命に逃げられては元も子もない。まずは定石通りに奥を目指そうと踏み出した時。


「き、貴様、誰だ!」


 誰何の声が洞穴に反響する。

 広いといっても所詮は洞穴の中、ロケーションは建物内部と同じだ。行き交う廊下で住人がすれ違う・出くわすのは避けられない環境。

 そして足音に気付いても身を隠すのが難しい環境でもあった。


「チッ!」


 返事よりも早く宝剣を閃かせ、沈黙を押し付けたが今更遅い。男の大声は警笛以上に響き渡り、異常を知らせる役割を果たしたのだから。


 次々殺到する足音と気配に交戦は避けたいという計算が走る。相手は弱兵だが林の中と異なり、遮蔽物なく狭い坑内で多勢に挟まれるのは厄介なのだ。

 自信はあるが過信は禁物、不自由な環境での戦闘は思わぬ不覚を取りかねず、無暗に疲弊し『魔王』戦を控えて手傷など負おうものなら目も当てられない。


 左右を見渡す。足音は反響して出所を特定できないため、気配で見当を付ける。一番人の気配を感じない支道めがけて滑り込み、影に身を潜めた。


「おい、今の声は?」

「サンザ! サンザが斬られてるぞ!」

「侵入者か!?」


 仲間の死体に気色ばむ盗賊達。彼らが侵入者の捜索を行えば見つかるのも時間の問題だろう。ならばせめて先手を打って消耗を最低限にするか──


「な、なんだお前!?」

「ギャアァ!」


 湧き立った剣戟音に悲鳴が重なった。洞穴内に殺気が満ちる。

 しかしその矛先は私ではない。


「そこをどけ、盗賊ども! それがしはオオヅナに用がある!」


 淀んだ空気を切り払うような鋭い怒号が走る。この愚直さを感じさせる凛々しい声は


(黒装束、追いついてきたのか)


 オオヅナを討つと宣言した、名も知らぬ少女だった。同じ『魔王』の首を狙う者同士、譲る事の出来ない競争相手として随分と引き離したつもりだったのだが、思えば先行する私が露払いをしていた形である。


「一人で乗り込んでくるとは馬鹿な奴グワアァア!」

「こ、こいつ!」

「お前達に用はない! どけと言うに!」


 元々血の気が多いのか、それとも私の存在が気を焦らせたのか、黒装束の少女は自ら戦端を開いたようだった。

 ──この展開に若干の困惑を抱えたのは事実である。


(姫に期待に恥じぬよう、彼女を囮にするのは取り止めたというのに)


 策を弄するまでもなく同じ結果になったのだ、これも星の巡りの為せる業、運命の悪戯という奴なのだろうか。占術にも通じるカルラ殿の意見を聞いてみたいところだ。


 少女の剣腕は相当なものと見た、或いは放置して先に進んでも問題は起こらないかもしれない。しかし賊の死んだふりを見破れず、組み付かれて危機に陥った所も見てしまっていた。正当な剣術を学んだのだろう少女は経験の不足からか手段を選ばないゲリラ戦法の対処は不得手なのだろう。

 彼女が無謀の果てに命を落とすのは自己責任。それでも目に入る範囲で、手を伸ばせば救える範囲にいる者を見捨てる事を姫は許容されるだろうか。


『それでも貴方は人目憚らずに騎士を名乗る資格があるつもりですか?』


 胸中の姫は冷たい侮蔑の視線を孕んで私を斬り捨てた。

 分かっている、姫の課した試練は成果のみを問うものでない事は。そうであれば金の力に任せ、他者に依頼して試練を全うするなどの手段も取れるのだ。

 姫に求婚した者にはユマトの貴族も多く居たという、そういった安直な発想に至った者がいてもおかしくはない。

 しかし未だ姫の心を掴んだ男は存在しない──高潔な心が金や権力に靡かないのは明らかだった。


(私は今、私の心の在り方を問われているのだ)


 はたと気付く。

 『魔王』を倒すという事は、『魔王』を斬る事ばかりを指すのではない。『魔王』に虐げられ苦しめられている人を救う事だ。故に『囚われの姫を救え』との言葉が添えられていたのではないか!


 いずれ姫には我が不明を恥じ、詫びなければならない。

 そのために真なる意味で『魔王』を倒し、姫の前に立つ権利を得ると誓う。


「なればこそ、見過ごすわけにはいかぬ」


 私は決意を胸に、剣を片手に混戦めいた少女の戦場に飛び込んだ。


 賊は少女と相対するために全員がこちらへ背を向けている。足音を殺して迫る敵には気付かない、気付けない。

 駆け寄りざま腰に構えた剣を力いっぱい振り抜く。宝剣の切れ味はひとりを腰から断ち切り、その勢いを殺さずもうひとりも薙ぎ払う。


「な!? 新手だと!? どこから!」


 動揺に付け込むのが奇襲の肝、構わず斬り伏せて次なる獲物を見定める。突然の挟撃に態勢を立て直せない賊に刃を打ち込む、一閃する。


「き、貴様!?」

「故あって助太刀する」

「お、おい!」


 この中で唯一、動揺ではなく純粋な驚きに声を上げたのは名も知らぬ少女。彼女にだけは敵対の意志無しと伝え、戦闘を続行した。

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