第4章 激突、オオヅナ団

第1話  クリストは失念していた

 麗しの女性、カグヤ姫から与えられたクエスト。


 具体的な文言を避け、曖昧にされた内容の真意を探る途中で聞き知った暴虐な盗賊団『オオヅナ団』。

 聞きしに勝る彼らの非道は魔軍のそれと言っても過言ではなく、リーダーのオオヅナは『魔王』と断じても差し支えないと思われた。


 姫のクエストならずとも見過ごせる相手ではない。


「どうかね、カルラ殿」

「暫し待たれよ。ロッテン岩なる符牒を中心に『視鬼』を放っている故」


 傍らの女性は地面に座してピクリとも動かず、簡素に待機を促す。

 瞑目しているかは分からない、かおの上半分は目も鼻もない仮面に覆われているからだ。


 彼女はカルラ、姫が発したクエストの手がかりを探す最中に出会い、私をこの『魔王』が蠢く地に導いた鬼道師である。

 占術でヒントを与えるのみならず、こうしてオオヅナ団討伐に同行しているのは彼女曰く『運命の命じた結果』らしい。その真意は定かではないが、実際に私を『魔王』の元に導いたのだから鬼道の腕前は確かだろう。


 そして今もその優れた技を行使し、オオヅナ団の動向を探っている。


其方そなた曰く、目印の岩塊から北西に人の隠れ棲まう拠点がある──で相違ないな?」

「オオヅナ団に飲み込まれた元盗賊の言う事が正しければ、だが」


 アリハマで私に因縁を吹っ掛けてきた荒くれ者から聞き出した情報である。元々この辺りで悪行を為していた集団だったが、後発のオオヅナ団に攻め落とされ、彼らの傘下になった賊の一味。

 オオヅナ団に心酔して参加したわけでもない連中だ、アジトを奪われた恨みもあるだろう彼らの『告白』はそれなりに信憑性ある情報だろう。


 ただし、彼らの言を信ずるなら


「彼らのリーダー、頭目は鬼道師の可能性がある。留意してくれ」

「承知」


 オオヅナ団のリーダーは鬼面の男らしい。

 安直かもしれないが、この国で鬼の面と鬼道師を結びつけるのは自然な発想なのだ。警戒するに越したことはない。


「……」

「……」


 先の忠告で魔術的な警戒網をも注意するようになったせいだろう、より無口になったカルラ殿と交わす言葉もなく1時間ほどが経過した。

 片目をつむり、身を休めるように剣を抱いて待っていた私の耳に、明快な一言が飛び込んだ。


「目標地点間近に、鳴子が張り巡らされているのを確認」


 鳴子、いわゆるワイヤートラップの一種。

 木の板と竹筒を吊るした紐で作った道具を指し、紐に何かが触れると大きく揺れ動き、その動作で竹筒が木板を乱打して音を奏でるアラームに用いられる。

 鳴子があるという事は、これを仕掛けた何かが自分達以外の誰かがアジトに接近する事を警戒している証。


「人がいるのはほぼ確定か」


 これが旧盗賊、鼻包帯男達が仕掛けたものだとは思えない。彼らはオオヅナ団に襲撃されてアジトを奪われたのだ、その際に壊れたか解除されたか、どちらにせよ無傷で残っているとは考え辛い。

 ならばこの先に今も潜む何者かが改めて設置したと考えた方が自然。


 カルラ殿も誰かの存在を確信したのだろう、より使い魔の制御に集中するためか優美な唇をきつく結び、右手でこめかみ辺りを押さえて俯く姿勢を取った。

 仮面に隠された彼女の表情は読み取れないが


「……発見」


 漏らした言葉の意味は明瞭だった。


「山肌の洞穴どうけつ前、武装した男の出入りを視認」

「うむ、彼らの証言とも一致する」


 返り討ちにした盗賊達が語ったアジト、オオヅナ団に奪われたアジトは洞穴を掘り進めた物だった事は確認している。


「かの者がオオヅナ団の一員かを区別するすべは我に無いが」

「それはやむを得ないですな、カルラ殿」


 風体だけでならず者の見分けはまず無理な話だが、未だアリハマを震撼させるオオヅナ団の脅威が続く現状、状況証拠として鼻包帯達のアジト跡に潜むのがオオヅナ団である可能性は高い。


「それよりも叶うなら内部構造も把握できればいいのだが」

「他の出入り口の有無も含め、物見してみるとしよう」

「慎重に、だが出来得る限り急いでいただきたい」

「……承知」


 私自身が念のため忠告した事だ、不用意な接近でこちらの存在が気付かれては元も子もない。あちらには囚われの女性がいる、彼女達の身の安全を確保しなければ仕掛ける事は出来ない。

 しかし彼女達の身の安全を考えるならば長々と時間をかける事も出来ない。荒くれ者どもの気が変わり、いつ何時彼女達を嬲るのに飽き、命を奪い打ち捨てるとも限らないのだから。


「横穴を看取、魔術的防御に感無し、侵入を試みる」


 その意味で彼女、カルラ殿と出会えたのは僥倖だった。

 彼女との縁で『魔王』オオヅナの存在に辿り着けた事もあるが、私ひとりで潜入工作を行うより、鬼道を用いての魔術的探査の方がリスクが少ないのは言うまでもない。相手に鬼道師がいるのならさらに単独行動は困難を極めただろう。


「換気孔を看取、魔術的防御に感無し、2体目侵入」

「……これもカグヤ殿の加護のお蔭かもしれんな」


 まだ相手を探る段階でしかなく時間との勝負の側面は残すものの、オオヅナ団討伐に必要な情報収集は極めて順調に推移していると見てもいい。

 水筒に竹筒を選んだ甲斐があったというものだ。


 ──だが私は油断、或いは失念していたのかもしれない。

 これが姫の下されたクエストであることの意味を。


 姫が己を娶るのに相応しい伴侶かを試す、心身の器を問う難事であることを。


「……クリスト殿」


 カルラ殿が私に呼びかける。

 凛として常に平静を保っていた鬼道師がどこか冷えた、そしてひび割れたような声で、



 順風満帆の終わりと緊急事態を告げた。

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