第7話  カグヤ、くちびるを制する


 オオヅナ団の蛮行から明けて翌日。

 何だかクリストさんの様子がおかしかった。


『店主、タナゴ峠という場所を知っているかね』


 宿屋の店主から地理情報を得ようとしていたり。

 うん、確かそこは地元の盗賊がオオヅナ団に乗っ取られた拠点のある場所ですよね、でもなんで個人で詮索してるんですか。

 討伐隊が組まれれば役人さんから説明されると思うんですけど。


『干し肉や乾米を貰おうか。そうだな……7日分もあれば十分だろう』


 街道を行かず、人気のない地を行軍するかのような買い物と準備をし始めたり。

 うん、食糧の確保は大事だから感心だけど討伐隊に参加するなら支給されるはずなんですよ、何故個人で用意しちゃうんですか。


『やはり水筒は竹筒にすべきだな』


 これからの行動に対する願をかけるような文言を呟いたり。

 うん、でもどうしてそんな縁起を担ぐような事が必要なんですか。何か危険な事をしたり、乾坤一擲勝負に打って出たりする予定でもあるんですか。


「まさか、まさか」


 額の汗をぬぐう。とても合理的ではない予想に胸の鼓動がときめき以外の理由で早鐘状態に加速しつつあった。

 わたしの期待した展開は、クリストさんが盗賊討伐のとして参加、オオヅナ団を殲滅する流れだったのだ。


 なのに、だのに。


『魔王を倒し、囚われの姫を助け出す──か。カグヤ殿はここまで事態を予見されたのだろうか』


 してません、してませんから!

 してないから取り繕うのに、辻褄合わせに苦労してるんですってば!

 なのにまさか、貴方はまさか


『これが私に課せられた試練であるなら、見事果たしてごらんにいれよう』

「ひとりで立ち向かうつもりぃぃぃぃ~~!?!?」


 心のどこかで『やっぱりな』と嘆息するわたしがいたけれど、とりあえず抗議の叫びを上げておく。当人には届かないというのに。

 わたしは、貴方に、安全な、絶対とはいえなくとも比較的安全な『魔王』退治でトンデモ課題をこなしたと思ってほしいのだ。そのために裏でこそこそ動いていたというのに、


「なのにどうして自分から難易度を上げようとするのかな!」


 なんとなくは分かる。

 クリストさんは真面目で正義漢の強いお人、アリハマの現状と採掘場の惨劇を見て思う所があったんだろう。

 そこは分かる、共感もするけれど、もうちょっとこの、立場を考えて慎重に振る舞えませんか異国の要人。


「けど今考えるべき問題はそこじゃない。問題はあのままクリストさんをひとりでオオヅナ団退治に向かわせていいのかどうかよ」


 結論から言えば全然よくない。

 ええ、ええ、全くよろしくない。


 わたしから見て天下無双なクリストさんとて、敵の強さも数も分からない相手に単身挑むというのは無謀だと思うのだ──いや、数だけなら勝てちゃうのかもしれないけど敵地には攫われた女衆がいるはずだ。

 力で叶わない相手に非道な連中がどんな手を使うかの想像は容易い。そして彼の人格からして搦め手を跳ね除ける、人質を無視して戦える人ではないだろう。そうであったなら最初からこんな無謀な展開になっていない。


 では、思い留まらせるというのはどうか。


「またわたしが『謎の鬼道師』を装って接触するのはいい、いいけど」


 果たして彼をアリハマに導いた本人が制止するのはどう思われるか。

 『悪い奴を求めていたから暴虐集団を紹介しました』は占い師的に筋が通っていても、『悪い奴を紹介したけどやっぱ戦うのやめて』は駄目な気がする。

 この無理矢理論理が怪しまれ、わたしの偽装工作がばれると問題があり過ぎる。


「それに『魔王』と戦ったんだと納得してもらわないと……」


 課題をこなしたと戻ってきた公子様に難癖つけて求婚をお断りする機会が失われてしまう。


「ぐぬぬぬ……」


 あらゆる事情を加味しての最善手は存在しない。であれば最低限、絶対に満たすべき条件を抜き出してみる。

 指折り数え、


「クリストさんの身の安全と、『魔王』を倒したと思える事件解決」


 オオヅナ団を危なげなく討つ事が出来ればどちらも叶える事が出来るはず。しかし単身での突撃行為は控え目にいって見過ごせない、けれど止めるのも難しく、他人の手を借りるのも不可能。

 ならどうするか。


「ぐぬぬぬぬぬ」


 頭を抱えて唸り続ける。

 ひとつの答えはあるのだ、途轍もなく馬鹿げた答え。

 遠くから見守る立場から一歩踏み込み間接的干渉を仕掛けたのと同じく、また一歩踏み込んで彼の行動に関わる答えが。


「ぬぬぬぬぅ!! ……これも自業自得か」


 ひとしきり頭を掻きむしった後、嘆息。

 わたしは髪の毛をまとめつつ旅に出る準備を始めた。


******


 タナゴ峠に続く山道の岩に腰かけ、わたしはその時を待っていた。


「やはり、おいでになられましたな」


 声を低く、普段とは縁遠い大仰な口調でクリストさんに語り掛ける。


「鬼道師殿、私が来ると分かっておられたのか」

「宿星の告げるままに」


 今のわたしは彼を『魔王』へと導いた鬼道師なのだ。その存在は謎めいて意味深、星辰を見極める凄腕の占い師でなければならない。

 普通なら胡散臭いものでも確たる証拠・未来・出来事が伴っていれば人はそれを人知を超えたもの・神聖なるものだと錯覚する。

 今のクリストさんも同じだろう、オオヅナ団の存在がわたしの言葉に信憑性を与えているのだ。


「我は待っていた。我が進む運命と交錯せし剣士を。我と共に『魔』と対峙する宿星の持ち主を」


 一人称を『われ』などと自称しているのもその一環。

 お見合いの席では普段と異なり『わたくし』口調で話すのもお上品に見せるため、家柄が格上ばかりを相手取る時の雰囲気づくりである。

 自慢じゃないけど村娘、素で話すと優雅でも典雅でもないんだから。


「それに、多くの賊から囚われた者を救うなれば我が『使鬼神』が役立とう。これも星の導きと心得るが」


 人質が危ない、この論法に流石のクリストさんも口ごもる。

 この真面目さんの事だ、おそらくなんとかしようとは思っていたのだろうけど、ひとりで出来る事には限りがある、手が多いに越したことはない。


「では鬼道師殿、『魔王』討伐まで同行願おう」

「委細承知」


 かくしてわたしはクリストさんの一次的同行者になる事に成功した。

 後はなるべく影から彼の活躍を補助すればいい。


(というか、戦いの経験ってほとんど無いから)


 兵法書などを読み漁っての知識はある、戦いに鬼道を用いた事もなくはない。

 人を襲う魑魅魍魎はどこにでも湧くし、辺境の豊かな村なんて場所は盗賊にとって美味しい狩場だからだ。

 そういった輩相手に使鬼神を駆使して追い払ったりの経験はあるが、こちらからどこかに攻め込んだ事はない。普通そんな経験ないよ。


(ま、まあわたしは人質の安全確保を考えよう。荒事はクリストさんに全面的にお任せして)


 仮面で不安を隠し、あれこれ考え事をしていたため


「ところで貴殿の名は?」

「我が名はカ」


 反射的に答えようとしてしまい。

 自分のしでかした事に心で悲鳴を上げた。


(しまった、偽名とか考えてなかったぁ!!)


 一人称の使い分けで立ち振る舞いの切り替えは意識していた。


 けれど『わたくし』状態がそうであるように、わたしはあくまでわたしなのだ。『わたくし』は猫かぶり、目上の人に会うための余所行きの振る舞い。

 なので言い回しが上品だろうと回りくどかろうとわたしはわたし、竹取村村長の娘カグヤでしかなく、それ以外の誰かになるつもりも無かったし、


 そもそも『謎の鬼道師』が彼と同行する予定なんて皆無だったのだ。

 彼に対して名乗りを上げる事態なんてどう想定しておけというのです?


(でも、だけど、ここでカグヤを名乗るのは色々台無しすぎる!)


 阿呆なお題を出した本人が失敗を取り繕うべく裏でこそこそしているのが発覚、それだけは避けなければならない。


(で、でも反射的に答えちゃったからカグヤの『カ』を発音しちゃってる!)


 ここで言葉を止め、口ごもったり訂正を入れたりすれば偽名である事を白状するに等しい。

 しかし既に唇の形が『グ』を答えるべく『ウ』の形に移行、その後も脊椎反射は『ヤ』の音を念頭に置いた準備動作をしようとしている。


(そうはさせない捻じ曲げる捻じ曲げる言葉を捻じ曲げるぅぅぅぅ!!!!)


「──ルゥラァ、カルラと呼ぶがいい」

「カルラ、確か鳥の神の名だったと記憶しているが」

「……よくご存じで」


 勝った。

 どうにか不自然にならず、発音の形を変えずに異なる名前っぽいものを思いついて言葉を操る舌の筋肉に乗せる事に成功した。

 わたしは戦いに勝ったのだ! 


(だがなんと虚しい勝利か)


 差し出された手に握手を返しながら心の中で何度目かの溜息をついた。

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