第6話  カグヤ、分析する


 夜も更けた頃。

 役所で色々と話を聞いていたクリストさんは夕食の後、何故か町の外に出た。

 そのまま街道をキントキン方向に歩き進んでいる姿は町娘さんの忠告に従って危険な町から離れるかのような行動だけど、


「宿を引き払ったわけじゃないのよね」


 『視鬼』は一度撃破されて痛い目を見たため、クリストさんからは距離を置いての監視状態。


「はて、役所で仕事を受けたのを聞き逃した……?」


 それ以外に夜間の外出をする理由に思い至らず


『そろそろ出てきてはどうかね、覗き見君』

「ひっ!?」


 考え事をぶった斬られる呼びかけに思わず額を押さえる。

 『視鬼』による覗き見が発覚したと思い、『視鬼』が破壊された時の事が瞬時に脳裏を過ったからだ。

 ……適切に状況を判断すれば五感の同調を切断すればいいだけの話だったのだけど、ちょっと冷静さを失う痛さだったのよ、あれは。


 ただしその心配は杞憂だった。

 クリストさんの呼びかけに応じて現れたのは10人を超えるならず者の集団。何人かの顔ぶれには覚えがある、特に鼻を中心に包帯を巻いた男は分かり易い。

 昼間、町娘に絡んでクリストさんに箒であしらわれた男だ。


『てめぇはここで嬲り殺しにしてやるよ!!』

『成程、方針は理解した』


 彼でなくともごろつき達の目的は分かり易かった。だから気になるのは彼らの目的よりも素性である。

 果たして彼らが『オオヅナ団』なる盗賊一味なのだろうか。

 『視鬼』で観測できる範囲だとせいぜいが10数名。採掘者の激増で町がごたついているとはいえ、この程度の人数で町の混乱に拍車がかかるとは思えない。

 ならば一味の中でも下っ端が組織の意を汲まず好き勝手しているとみるべきか。


(だとすると格好の情報源)


 彼らを捕縛できれば一味の規模や巣窟の場所などの有益な情報が手に入るだろう。その上で役所に突き出せばお役人も討伐隊の募集がし易くなる。


『オラァァァ、やっちまええァァ!!』


 いかにも威圧感だけの雄叫びが虚しい。鼻包帯の悪漢は箒で蹴散らされた過去を忘れてしまったのか。

 一流以上のクリストさんがああいう手合いに後れを取るとは思わないけど、逆に弱すぎて一人も生き残らなかったり、恐れをなした雑魚が早々に逃げ出す可能性が高い。

 いざとなれば『視鬼』を動かして何人かを捕まえ──


 パキン


『……へ?』

「おお」


 クリストさんの一撃が易々と盗賊の刀を砕いた。

 武器というのは他者を害する牙であり、同時に暴力で他者を威圧する者にとっての拠り所でもある。武器の強さを己の強さと勘違いした輩ほど、武器を失い丸腰にされると激しく動揺するのだ。

 一太刀で斬り殺すよりも武器を、意気を砕き、戦意を喪失させて逃走する気力すら奪い取る戦い方。


「干渉しなくても情報を得るための戦法を採ってくれる。流石は公子様、戦いの先を見据えてくれた」


 数の優位に驕った盗賊達は、瞬く間に自信の根拠を粉砕されていった。


******


 わたしの期待に応えてくれたかの如く、クリストさんは捕縛した盗賊からアリハマ事情、特に『オオヅナ団』についての情報を得てくれた。


『お、俺達は元々この辺で『仕事』してたんだけどよ、奴らが数を頼みに俺達を脅迫してきやがったんで、その』


 盗賊の証言をまとめると、オオヅナ団は小規模盗賊団を次々併合吸収して一大勢力に成長したらしい。吸収された側の忠誠心が怪しいのは鼻包帯男を見ればお察しではあるのだけど、


「それでも町民や役人からすれば十分に恐怖の対象だものね」


 ごく稀に質が量を駆逐する例外があるにせよ、ほとんどの場合、数の暴力が周囲に与える影響は脅威なのだ。それが喩えでもなんでもなく暴力を伴うものであれば尚の事。

 ただし肥大化した組織は末端の統制が取れない欠点を抱える。


『それで、お前達のアジト──住処はどの辺りにあったのだ』

『タナゴ峠ですぜ。ロッテン岩が目印の』


 こういった重要そうな情報も簡単に漏れてしまうのだから。

 情報を搾り取った後、クリストさんは賊の身柄を役人に引き渡した。お上もアリハマの混乱に拍車をかけていた賊の本拠地候補が判明したとなれば具体的に行動し易くなるはず、


「これが元で討伐隊が編成されるかも」


 わたしはそう判断したのだけど。

 アリハマを取り巻く闇が思った以上に深かった事を、すぐに理解させられた。


******


 急を告げた役人が案内したのは砂金の採れる川の上流。

 そこは惨劇の場だった。


 月明りの下、『使鬼』の知覚できる範囲だけでも遺体の数は5人分。武装をしている遺体もあるから護衛ごと殺されたのだろう。

 現場の採掘場は町から遠く離れた場所とも言えない距離、立ち昇る火の手に気付いた防人が駆け付けるまでも左程の時間はかからなかったらしい。


 にもかかわらず、この手際。

 純度の高い金鉱石を奪い、男は皆殺し、女はかどわかす。


 部下に案内された役人の顔に、クリストさんのお蔭でオオヅナ団の一味を捕縛した時の喜色はもはや無い。末端の構成員を捕えても、彼らの蛮行を掣肘できない現実が転がっていたのだから。


「……賊の話だと、彼らは元々オオヅナ団に恭順した他の盗賊団の人だった」


 努めて冷静に事態を把握する。

 オオヅナ団が小集団の寄せ集めで肥大化した組織だとしても、他の盗賊団を力で屈服させて回っていた事実から推測するに、初期の頃から優れた武力集団だったと想像できる。

 そのいわば中核部隊が本当の意味での『オオヅナ団』であり、吸収した盗賊達は数で勢力を誇示する『その他大勢』として集めているのか。


 本来、賊の討伐とは一網打尽を念頭に置くものなのだけど、


「トカゲの尻尾ですらない。その他大勢の盗賊達は、彼らの中核部隊を目立たなくさせるためだけの囮なのかも……?」


 毒蛇を討つには頭を潰すべし。

 オオヅナ団退治は本当に『魔王』退治の作法に則るべきなのかもしれない。

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