第5話  カグヤ、見積もり甘かった?

『北西の町、アリハマ……行くか』

「よぉし」


 まずは誘導が上手くいった事に安堵する。

 『視鬼』ごしに見張っているクリストさんの足が問題の町・アリハマに向かっているのが確認できたからだ。


 わたし自らが占い師に扮し、占術鬼道を駆使しての介入。

 ちなみにユマトの占いは鬼道を用いて行うため正確な結果を出す事で知られているのだけど、それは正しい評価とは言い難い。

 『大道たいどう』──簡単に言えば大勢の関わる事象の大雑把な観測は叶う反面、個々人の将来なんて微細な行動で結果の変わる『小道しょうどう』は精密に観測できないのが実情だ。

 「ユマトの鬼道は政治に用いられる」と言われるのは大道の託宣であり、町人相手の辻占いで「ぴたりと当てて進ぜよう」なんて謳い文句は眉唾、大半は悩みを聞いた上での人生相談の類である。


 わたしがクリストさんを誘導した手法もそれと変わらず、彼の行動指針を知った上で思わせぶりな占術的心理誘導を駆使したに過ぎない。


「情報面で優位な立場だったから出来た事だけどね」


 優位というかやらかした根本というべきか。

 それでも中々に危ない橋を渡ったが、結果上手くいったのなら行動した甲斐があったというものだ。


「まあ本当に上手く事が収まるかどうかは今後次第なんだけど」


 彼に盗賊退治で納得してもらえるか否かが問題なのだから。


 キントキンからアリハマまでは徒歩で1週間、クリストさんの健脚でも数日はかかるだろう。その合間、わたしは座して結果を待っていたわけではなく、改めてアリハマに関する情報を整理していた。

 一度は目を通していた報告書──といって行政が発行している官報で、別にわたしお抱えの優秀な諜報機関が集めてきたとか都合のいいものではない──を過去に遡って掘り返していく。


「多分だけどキントキン辺りで盗賊の被害が減ってるのはアリハマ方面の方が儲かるって見立てたからだと思うのよね」


 砂金の発見を端に発する人口の激増で右往左往する所に盗賊が押し掛けた。そういう筋書きは頭に浮かぶのだけど、


「でもアリハマの町、思った以上に治安が悪すぎない?」


 報告書は所詮枚数の限られた紙、要点をまとめた概略に過ぎなかったようで、アリハマを訪れたクリストさんがいきなり現地のごろつきと遭遇していた。


 わたしの予想では役所仕事を手伝う過程で現地の盗賊団討伐依頼が大々的に打たれるだろうと思っていたのだけど、初日に白昼堂々と盗賊団一味を名乗る悪漢と出くわすなんて埒外にも程がある。

 アリハマは道を歩けばごろつきと出くわす町と化しているのか、それともクリストさんが騒動を引き寄せる・関わってしまう星巡りの持ち主なのか。


「……ひょっとしてわたしが無理難題のネタ切れを起こしてた時に面談割り込みが発生したのも、クリストさんの星巡りのせいなんじゃ?」


 今更そんな可能性が浮上した。

 遅すぎる後悔はさておき、彼の強さは今さら語るまでもない。箒一本でごろつき数名を打ち倒した後、助けた町娘からアリハマの現状を聞いていた。


『その頃からなんです、オオヅナ団って名前を聞くようになったのは』


 無論わたしも『視鬼』越しに彼女の語りを耳に入れたのだけど、


「おかしい」


 報告書がアリハマの現状を全て伝えているとは言い難いにしても、これを発行しているのは行政、れっきとした政府機関である。つまり程度の差はあれどアリハマの窮状はきちんと上に伝わっている事は間違いない。


『明らかに人手が足りていなかったな』


 違和感は役所を訪ねたクリストさんも感じているようで。

 そう、アリハマの役所が現状を報告し「人手が足りません」と上申したのであれば、何らかの形で改善の手が打たれているはずなのだが、その形跡が全く見られない。


「いや、報告は上がって公布されてるんだから、役所の落ち度でも行政が隠蔽・無視してるわけでもない、はず……?」


 要請と対策が取られた様子があるのに現場での改善がまるで出来ていない、となると考えつく理由は三つ。


 状況の過小評価で継ぎ込んだ追加人員が少数だったか。

 報告時よりも急速に状況が悪化して対処できないでいるか。

 そもそも派遣したはずの増強人員が未到着──例えば盗賊団が待ち伏せして各個に掃討している──か。


 ……後に挙げた方ほど悪い予想である。

 特に最後のは集団としてのまとまりと指導者の質が高く、ただの略奪行為に走る賊が取り得る行動ではない。


「そこまで組織化されてると思いたくないんだけど」


 盗賊団の討伐に国お抱えの武士団が動く事は非常に稀である。

 何故なら盗賊団は『団』と呼称しても所詮は食い詰めた素人の集まり。仮に頭目と立てる人物がいたとしても本質的には烏合の衆。

 忠誠心や使命感とは無縁の欲と利益で繋がった集団は崩れるのも早い。弱者からの略奪者でしかない彼らは攻撃されれば脆く、それまでの仲間を置き去りに逃走を図るからだ。


 そういった理由でほとんどの場合は町の役人・防人が指揮を執る形で役所が武芸者を募り、臨時の討伐隊を編成して対処する。

 クリストさんにもそういった討伐隊に参加していただき、『魔王を倒して人助けしたよ!』と適度に納得してもらうのがわたしの目論見、誘導の目的だったのだ。

 例外的に武士団が掃討するような無闇矢鱈に強い組織である必要はないしあって欲しくないのだけど、


「そもそも自分から『盗賊団の一員です』なんて名乗る輩が横行闊歩してるのがおかしい」


 討伐隊が編成されるのを恐れてこそこそ活動するのが普通の盗賊団である。

 お上に目を付けられれば掃討されるのだ、控え目にいって自らの存在を喧伝する利は少ない。


「小物が虎の威を借りて大物ぶってる、それだけならいいんだけど」


 良くはないが、もっと悪い予想も立てられるのだからその程度で収まっていてくれると助かる。

 盗賊団としての活動は目くらまし、騒乱を巻き起こす事自体が目的なんて悪い予想に比べれば。

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