第4話  クリストは『鳥の神』と歩く

 夜の街道で繰り広げた立ち回りの結果、10余人の賊を役人に引き渡す頃には月が中天を過ぎていた。

 10人以上の賊をぞろぞろと町まで連れて行くのは非効率だったため、私が一旦町まで走り、役人を伴って戻る手間をかけたせいだ。拘束し、道外れに転がしておいた盗賊達はひとり残らず連行される事となった。


「ご協力感謝します」

「いや、私は火の粉を祓ったまで。礼には及ばない」


 再び、いや、三度みたび町へと戻る最中、役人のひとりが私に頭を下げてきた。その顔には疲労の色が濃く、夜間の出動を頼んだこちらが申し訳なく思う程。


「それに彼らは『オオヅナ団』の末端構成員、この程度を捕えてもアリハマの危難は続くのだろうな」

「……でしょうね。10人規模であれば我々ももう少し楽を出来るのですが」


 疲労に苦悩が付け足される。当然ながら、彼ら役人も今のアリハマの状態を望んでいるわけではないのだ。

 余程鬱屈したものを溜め込んでいたのか、或いは余所者ゆえの気楽さからか、雑談を交えながら彼らはそれぞれの抱える苦労を口にした。


 町の門が見えてきたタイミングを踏まえ、また感謝される立場である事も加えて質問を飛ばす。


「しかしこの惨状、上が把握していれば増員なりを送るのが筋だと思うのだが、その辺りは?」

「報告はしているのです。増員も派遣してくれたはずなのですが……」


 それ以上口にする事を憚ったのか、彼は言葉を濁したが知りたい事は充分読み取れた。役所は増員を求め、それが果たされていない。

 行政の怠慢か、或いは


(阻害されている、と見るべきか)


 さらに詳しい話を聞こうとした時。

 門の向こう、町中から駆けて来る男の姿。息を切らし、慌てた様子で


「た、大変です!」

「ど、どうした? 賊ならこうして引っ立てて」

「違います! 採掘現場が襲われました!」

「な、なんだと!?」


******


 『砂金掘り』と言っても作業は川だけで行われているわけではない。

 そもそも砂金とは金脈の岩石が剥離・風化して川に沈殿した物。その上流に金脈が眠っている可能性は高く、大雑把にに分けるなら砂金の見つかった川を掬う者と川の上流に金鉱を探す者に分類できる。


「今回襲われたのは、小規模の金鉱が見つかった場所で」


 『オオヅナ団』と関わった身、乗り掛かった舟と役人達に付き合い襲撃現場にやってきた私の嗅覚を異臭が突いた。

 血の焦げた匂い、人と物が燃えた匂い。

 月明りと炎が照らすのは惨劇の場。


 被害を見て回った役人の口は重い。


「ここの採掘者は作業小屋を建て、それなりに人や護衛を雇っていたようなんですが」


 生存者はゼロ、彼らを襲撃した賊は徹底した破壊者だった。

 目撃者も残さず、自らの暴虐ぶりを誇るように火を放つ。発掘された金を奪うだけならここまでする必要は無かったはずだ。

 おそらく目的は威圧、示威行為。恐怖を他者に植え付け、彼らに対する抵抗の意志を削ぐためだけに為された惨事。


「世話役に町の女衆も雇われていたはずですが、こちらは遺体が見つかっていません。おそらく……」


 役人がその先は憚られると口をつぐむ。

 聞く必要もない、人の形をしたけだものの行動は万国共通。

 事後処理に走り回る役人達から関心を外し、私は頷いた。


「成程、これが『魔王』か」


 人を襲い、女を攫い、暴虐を尽くす悪逆の徒。

 それを率いる者であれば、『魔王』と呼称するに相応しいだろう。


「ならば、私のすべきは」


 もはやこの場で私に出来る事はない。明日に備え、宿に戻る事にした。

 そう、私がすべき事は明日。


******


 翌日。


「……では、為すべき事の準備に入るとしようか」


 まずは地理の確認である。

 アリハマの町からタナゴ峠に至る道。ロッテン岩という目印があると聞いていたため、スムーズに情報を得る事が出来た。


「徒歩で2日という所か。であれば」


 次に買い物。

 普段は気ままな旅暮らし、手荷物は最低限で済ませているが、今回は目的地まで身を休める宿の類は無いだろう。干し肉や乾米を中心に1週間分ほど買い込んでおく。


「やはり水筒は竹筒にすべきだな」


 試練を果たすため、ちょっとしたまじないにラッキーアイテムを携えて。

 私は町の門へと足を進めた。


 向かうはこの身ひとつ、達すべきは『魔王』討伐。


 悪逆無道を為し、猛威を振るう集団『オオヅナ団』。

 組織だった犯罪集団として町の警備隊の手に余る現状、いずれ国が討伐隊を派遣し本格的に掃討されるだろう。

 しかし役人はもっと前に上への報告を済ませたといい、それに反する形で今なお悪行を重ねている。政治的干渉か、魔術的妨害か、武力的介入か──原因は分からないがスムーズに事が運ぶとは考え辛い。


 そして何より時間がない。

 オオヅナ団に連れ去られたと思われる女性達の存在があるからだ。けだものに囚われた彼女達の生存確率が日を重ねる毎に低下していく事は想像に難くない。


「『魔王』を倒し、『囚われの姫』を助け出す──か。カグヤ殿はここまで事態を予見されたのだろうか」


 真偽は分からないが、


「これが私に課せられた試練であるなら、見事果たしてごらんにいれよう」


******


 オオヅナ団がアジトとした場所の有力候補、タナゴ峠。

 件の峠に向かうには街道を逸れる必要がある。多少は人の行き来があっただろう細い道を往く、その途中には人が住まう所など無く、商いをするなど埒外。

 故に、山道の途中で他者と出くわす可能性はあまり高くはなく、


「……む」

「やはり、おいでになられましたな」


 それが一度は目にした人物である事など偶然では有り得ないだろう。

 岩に腰かけ、こちらを見据えていたのは、鬼の面をした女性。私を混沌の町へといざなったユマトの占術鬼道師。


「鬼道師殿、私が来ると分かっておられたのか」

「宿星の告げるままに」


 これもまた運命という事らしい。

 占い師らしい物言いだが、事実私はこの町に『魔王』を見出し、『魔王』を討つべく山地深くに踏み込んでいる。彼女の見立ては否定出来ない。

 そして私に正しき道を示した彼女がこうして再び姿を現した、であれば


「それで鬼道師殿、また何か助言をいただけると?」

「否」

「であれば、私にどのような──」

「我は待っていた。我が進む運命と交錯せし剣士を。我と共に『魔』と対峙する宿星の持ち主を」


 ユマト独特の言い回しは難しいが、おおよその意味は理解できた。

 彼女の言葉を信じるなら、自身が『魔王』と戦うために同行する剣士を探していた、という事か。


「鬼道師殿、これは私に課せられた試練。誰かの助けを得る事は──」

「其方が『魔』を討つ理由は問わぬ。だが其方と我は理由こそ異なれど、『魔』を討たんと欲する者。なればこそ道行を共に出来ると思案するが?」


 姫より賜った試練、ひとりで成し遂げてこそ意味がある。そう思っていたのだが、鬼道師殿はそれを違った意味で否定した。

 手助けではない、それぞれに戦う理由があるからこそ互いの邪魔にならぬよう同道すべきではないか、そう諭されたのだ。


「それに、多くの賊から囚われた者を救うなれば我が『使鬼神』が役立とう。これも星の導きと心得るが」


 賊を倒すだけなら私ひとりで出来る。しかしその際に虜囚の女性達が人質に取られ、また追い詰められた連中が無為な殺戮に走る可能性はある。

 鬼道師の協力を得るメリットを示され、深く頷いた。


「では鬼道師殿、『魔王』討伐まで同行願おう」

「委細承知」


 術師といえばインドアの印象があったのだが、鬼道師殿は意外と軽い身のこなしで腰かけていた岩を駆け下り、私の前に降り立った。


「暫しの間よろしく頼む、剣士殿」


 立ち姿もすらりとし、若々しさに溢れている。言葉遣いは古めかしいが仮面の下は私と同年代、或いは年下の少女なのかもしれない。


「こちらこそ──ところで貴殿の名は?」

「我が名はカルラ、カルラと呼ぶがいい」

「カルラ、確か鳥の神の名だったと記憶しているが」

「……よくご存じで」


 ほっそりとした白い手の彼女と握手を交わす。

 この女性、ユマトの伝統魔術を修めているにもかかわらず『握手』という大陸西方の文化にも通じているようだ。


 我が運命の導き手、その正体は果たして何者か。

 そんな人物が何の理由あって『魔王』の討伐にこだわるのか。


(そういえば、オオヅナ団のリーダーは鬼の面をつけていたと聞いたな)


 鬼の面、鬼道師の証。

 私をこの地に招き、オオヅナ団との決戦に同道を望んだ鳥の神を名乗る女鬼道師。


 何らかの関係性は気にかけておく必要がありそうに思えた。

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