第3話  クリストは小物の牙を折る

「そろそろ出てきてはどうかね、覗き見君」


 ぴたりと足を止め、前を向いたままで語りかける。その視線、私を監視している視線には気付いていたのだ。


「ずっと私を見張っていたのは分かっていた。出てきたまえ、それともこちらから仕掛けた方がいいかね?」


 微風に混ざるざわめきは、やがて足音と剣呑な雰囲気に取って代わった。

 荒々しく地面を踏み叩き姿を現したのは昼間に撃退した無法者達。


「いや、若干違うか」


 一人は鼻に包帯を巻き、人数が若干増え、武器を最初から手に携えている。

 何の用かと尋ねる必要もない情景だが、一応念のため


「それで、私に何か用事かね」

「身ぐるみ差し出しゃ命は助けてやる、なんざ言わねえ」


 鼻包帯男がくごもった声で殺意をまき散らす。昼間のやり取りで鼻の骨が折れていたのだろう、気の毒な事だが同情する程でもない。


「てめぇはここで嬲り殺しにしてやるよ!!」

「成程、方針は理解した」


 追いはぎではなく強盗殺人がお望みらしい。この手の犯罪の増加はオマサから色々と話を聞いていた。


「もっとも、追いはぎでも殺して奪うのが方針でも、私の対応は変わらないがね」


 その上で私は役所でひとつの確認をしておいたのだ。

 町中で出会ったゴロツキ達、彼らのような存在をどう鎮圧するのが行政としては理想であるか。


「曰く『叶うなら生け捕りが望ましい』」


 アリハマの町では抜かなかった剣を構える。

 剣柄の宝玉が鈍い輝きを放つ。光の種類は暗土色、刃に宿った魔力の質が土属性である事を示す。


「オラァァァ、やっちまええァァ!!」


 勇ましい雄たけびを上げる無頼達。無駄に大きな声は荒事に慣れない町人や採掘者達には充分な威圧を与える事が出来ていたのだろう。

 ならばそろそろ理解した方がいい。

 一方的な暴力に晒される者の心情を。


「死ねやぁぁァァ!!」


 大刀を振り上げた男を迎え撃つ。

 打ち下ろしの斬撃に合わせて剣を振る、左程力を加える必要もなく


 パキン


「……へ?」


 軽い音を立て、男の大刀が砕け散った。

 折れたのではない、曲がったのでもない、脆く細かく破砕されたのだ。まるでユマト名物の焼き菓子『煎餅せんべい』の如く。

 呆気にとられた大刀男の側頭部に返す剣の一撃、男は頭蓋が砕けなかった事を喜ぶいとまなく昏倒し崩れ落ちた。


「まずひとり」


 次なる相手を見定めるべく視線を投げる。

 先の男と同時に突撃してきたはずの無頼達が固まってこちらを窺っていた。それぞれの顔に浮かんでいたのは恐怖。

 理由は想像がつく、彼らが頼みにしていた暴力の象徴・武器が粉々に破壊された事に得体のしれないものを感じ取ったのだろう。


 宝剣シュルトナーグは地水火風の精霊を操り刃に力を与える機能を有する。


 土属性の魔力は非生命体への破壊力を増大させる。旧文明時代に魔道兵器ゴーレムの破壊を想定したとされる剣だ、なまくら武器など物の数ではない。

 反面この状態では刃物としての切れ味を失うのだが、賊を殴り倒すのにはちょうどいい。


「よ、妖刀使いだと!? 聞いてねえ、聞いてねえぞ!?」

「ひ、怯むな! 行け、殺せ!」


 鼻包帯が動けない仲間に檄を飛ばすが心配は無用だ。


「全員叩き伏せるつもりだからな」


 気負う事なく、私は無造作な足取りで彼らの塊にぶつかった。


******


 月明りの寂しい街道に静寂が戻る。

 いや、虫の声ほどに情緒は感じられないが不揃いな合唱は聞こえている。

 10名ほどのならず者が奏でるうめき声。いや、綺麗に昏倒できた者は声ひとつ上げずに気を失っているのだから6名といった所か。苦鳴を上げている者は運悪く多少は意識があるのだろう。

 そして目の前でへたり込むひとりは未だ両目を見開いている。


「さて」

「だ、旦那! 俺が悪かった! 俺達が悪かった! 勘弁してくれよ!」


 鼻を中心に包帯を巻いた男。

 ならず者達を率いていたのだから小集団のリーダーと見ていいだろう。そのリーダーは部下達を矢面に立たせつつ自身は無傷で命乞いをしていた。


「私がお前をどう処断するかは、お前の態度如何によるな」

「も、勿論です旦那! 旦那の言う事なら何だって聞きます! 聞きますから!」


 この男をどうするかは最初から決めていたのだが、その前に少々私のに役立ってもらう事にする。


「では尋ねる。お前は『オオヅナ団』とやらの構成員で間違いないか?」

「す、好きでそうなったわけじゃねえ!」

「ほう、昼間の言動と矛盾しているようだが?」

「あ、あれは、そう名乗った方が町の奴らも言う事を聞くから」


 彼らがまともな人種でない事は明らかだが、気になる文言が出てきた。


「好きでそうなったわけではない、とは?」

「お、俺達は元々この辺で『仕事』してたんだけどよ、奴らが数を頼みに俺達を脅迫してきやがったんで、その」


 仕事というのは略奪行為だろう。つまり鼻包帯男達はアリハマ近くを拠点に活動していた盗賊団だったらしい。

 その彼らを『奴ら』、後発の盗賊団であるオオヅナ団が他の盗賊団を吸収したという事か。


「奴ら、俺達の住処まで盗りやがったんですぜ!? 貯め込んだお宝も根こそぎ盗られて俺はスッカラカン。奴らの悪名を使って小銭を稼いだって罰は当たらないってもんでさ」


 彼の独特な価値観は別にして、彼のもたらした情報は意味のあるものだった。

 鼻包帯男の率いていた盗賊団はオオヅナ団にアジトを乗っ取られたという。或いは拠点のひとつに過ぎないのかもしれないが、


「それで、お前達のアジト──住処はどの辺りにあったのだ」

「タナゴ峠ですぜ。ロッテン岩が目印の……旦那、場所分かりやすか?」


 わざわざアジトを奪ったのだ、今なおその場所を利用している公算は高い。


「ついでに尋ねるが、お前はオオヅナ団のリーダー、頭目を見た事はあるか?」

「何度か話した事もありやすが、顔は分かんねえです。連中を率いてた男は鬼の面をつけてましたんで」


 鬼の面。

 ユマトで鬼の面といえば鬼道師が連想される。それに私をこの地に導いたのは鬼道師の女だった、果たしてこれは偶然だろうか。


「つまりオオヅナ団の頭目は鬼道師だと?」

「そこまでは分かんねえです。一方的に命令されるだけなんで」

「ふむ」


 これ以上この男から聞き出すべき事は無いだろう、私は愛剣を高く振り上げる。


「だ、旦那!? 助けてくれるって──」

「私は処遇を考えると言っただけで、無罪放免にすると言った覚えはない」

「そんな──!!」


 無駄な抗議を受け付けるつもりはない、私は容赦なく男の脳天に剣を振り下ろした。

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