第2話 くびとり

「何だろ、これ……草、かな?」


 日曜の午後、コンビニまで買い物に行った帰りの、自宅の玄関先。

 注文しなくなって久しい、黄色がせた木製牛乳箱の下に、緑色の小さな塊を見つけた。

 家を出る時にはなかった、ような気がする。

 出かけている三十分ほどの間に、誰かが置いていったということか。

 もっと詳しく観察しようと、しゃがみこんで緑色の何かを眺める。

 よくよく見れば塊ではなく、四つの束が並べられている感じだった。


 その四つは多分、タンポポとヒナゲシ、それにカタバミとハルジオン。

 四月の今ならば、どこにでも咲いている花たちだ。

 正体が分かり、得体に知れないものを前にしている警戒感は薄らいだ。

 ただ、花と根の部分が切り取られてた――いや、『ちぎり取られた』と表現した方がよさそうな状態なのは、少し引っかかる。


「普通に花だったら、誰かからのプレゼントかと思うんだけどね」


 ひとちながらホウキとチリトリを持ち出し、ゴミとして片付ける。

 近所の子供のいたずら、というか遊びの一環ってとこだろうか。

 子供ってのは、意味不明な遊びを唐突に開発するからな。

 自分が子供の頃にも、その辺の草を石ですりつぶして『昔の薬』とか言ってたっけ。

 そんなことを思い出しながら家に入り、それでこの件は終わりになった。


 ――はずだったのだが。


 三日後、水曜日の朝。

 仕事に行こうと玄関の引き戸を開けた直後、視界の隅に普段はそこにないハズの何かが混ざり込んだ。

 何だろうと目を向けると、そこには虫の死骸がいくつか転がっていた。


「うぅーわ」


 思わず怯んで声が出てしまうが、長いこと古い家で暮らしてることもあって、虫とのエンカウントには慣れている。

 母親に一言告げて片付けておいてもらおう、と思った直後に厭なことに気付いた。

 この虫、全部アタマが取れてないか。

 あまり凝視したい対象ではないが、不快感よりも不安感の方が大きかったので、本当にそうなのかを確かめておく。


 小型のムカデ、茶色いあいつ、緑のカナブン、あとまだらのカメムシ――だろうか。

 四匹すべてが首をもがれて、同じ向きに並べられている。

 これは、人為的に行われたものだ。

 そう判断すると同時に、何とも言えない悪寒が体の芯から広がる。


 目的や意味はわからないが、悪意だけは伝わってくる。

 となると、先日置かれていた花のない花束も同じ奴の仕業だろうか。

 どうにも気懸かりだったが、社会人は玄関先に虫の死骸を並べられた程度のことで休ませてもらえない。

 潰さないように爪先で軽く虫を散らすと、母親に玄関先で虫が死んでるということと、戸締りに気をつけるように言い残して駅へと向かった。


 翌日と翌々日は何もなかったが、家にいても仕事をしていても、そこはかとなく不吉な予感を引きずることになった。

 そんなこんなで、気晴らしに友人と飲みにいった土曜日の夜。

 大した量は飲んでないのに妙に回ったな、と思いつつ自宅前まで戻ると、また玄関先に何かがある。

 それを視認した瞬間、心臓が大きく跳ねて掌と額に汗が滲んだ。


「今度は何なの……」


 半ば無意識に口にした小声は、情けなく震えていた。

 二回ゆっくりと深呼吸をしてから、そこにあるものを見下ろす。

 フィギュア――なのか。

 お菓子のオマケか、カプセルトイか、よくはわからないがミニサイズの人形。

 仮面ライダーっぽいのと、美少女アニメっぽいのと、少年マンガっぽいのと、人型のモンスターとか妖怪っぽいの。

 そんなキャラ達がまた同じ向きに並べられていて、全部の頭部がなかった。


 どういうことなのだろう。

 脅迫なのか。

 警告なのか。

 何事かを示唆するアピールなのか。

 はたまた単なるイヤガラセなのか。

 ウチを狙っての行動なのか。

 誰が相手でも構わないのか。

 わからないことだらけで、アルコールに由来しない吐き気がこみ上げてくる。


 首を切り落とす、というイメージ。

 これは、問答無用で死や殺人を連想させる。

 そして四という数。

 これは、ウチが四人家族だというのと絡んで不気味だ。

 両親や妹に、一度キチンと話しておくべきだろうか。

 しかし、父親の浮気疑惑でケンカが増えている両親や、クラスで発生したイジメ騒動に巻き込まれているらしい妹に、変な疑念を抱かせてしまう気がして踏み切れない。

 なので、実害はないんだからと自分に言い聞かせ、今回もスルーしておくことにした。


 次は何が置かれてしまうのか、それとも違う何かが起きるのか。

 思い悩んでビクついている内に、あっという間に三日後の火曜日がやってくる。

 厭で仕方ないが、仕事には行かねばならない。

 意を決して扉を開け、薄目になって玄関先にあるもの確認しようとするが、そこには何もなかった。

 拍子抜けして出勤し、帰宅時にはまた緊張しながら玄関周りを確認したのだが、やはり異変はなかった。


 次の日も、その次の日も特に何も置かれていない。

 油断させておいて、三日目である次の日になって突然――というパターンでもなかったようで、行きも帰りも何にも遭遇しなかった。

 それからまた三日が経ち、一週間が経ち、十日が経っても何もない。

 誰かのタチの悪いイタズラに悩まされることは、もう終わった。

 ようやくそう思えるようになったのは、四体の首なしフィギュアを見つけてから二週間後になる、土曜の夜のことだった。


 日曜の朝、少し遅く起きてリビングに向かうと、珍しく家族が揃っていた。

 トーストが焼きあがるのを待ちつつ、自分をこの三週間悩ませ続けていた謎の置き土産について語ると、コーヒーを啜っていた父親が顰めっ面で言う。


「ふん……下らんイタズラだな。俺もゴミを見つけて何度か捨てたぞ」

「えっ、何を?」

「壊れたキューピー人形とか、ボロボロのヌイグルミとか、そういうのだ。どっかの子供が、ゴミ捨て場から持ち出したんだろう」

「……ねぇ、それって首が取れてたりしなかった?」

「ああ。そういえば、そうだな」


 アッサリとした父親の返事に、ブワッと全身の鳥肌が立つ。

 終わっていなかった。

 まだ、続いていた。

 これってヤバいんじゃないのか。

 止め処なく募る不安を抑えつつ、母親と妹にも確認しておく。


「お、お母さんは、何か見たりしてない? 玄関先で」

「んー、何か、何か……この前の木曜、ネズミとかトカゲの死体があったわね。でも、猫の仕業じゃないの?」

「それは何匹? 頭は?」

「二匹ずつ。頭は齧られてたわねぇ」


 頭のない死体が、四匹分。

 愕然としていると、妹が満面に不快感を表明して、食べかけのトーストを皿に戻す。


「もぉー、食事中にキモい話はヤメてよ、ママもお姉ちゃんも」

「あらあら、ゴメンねぇ」


 適当に謝りながらリビングを出て行く母親の背中に、妹は不機嫌な視線をぶつける。

 そんな彼女にも、念の為に確認の質問をしておく。


「あんたは、変なの見たりしなかった?」

「そんなの言われても……あ」

「えっ、心当たりが?」

「変なのっていうか、ボロいスナップ写真。白黒じゃないけど、古いの」

「……写ってたのは、誰」

「わかんない。顔の辺り、破けてたから。四枚あったかな」


 顔の部分がない、破かれた写真が四枚。

 気付かなかっただけで、続いていた。

 自分と同じように家族も皆、多少気味が悪いとは思いながら、大したことじゃないと流していた。

 いつ見つけたのかを確認してみると、あのフィギュアを見つけてから三日おきのペースのようだ。

 となると、次に何かが置かれるのは――


「ひいやぁあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 玄関の方から、今までに聞いたことのない母親の絶叫が轟いた。

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