竹槍と爆弾と似た者夫婦

 夫の実家は群馬県にあり、360度見渡す限り山である。

 深水が出産間際に宿泊した際は二階の屋根を子連れの猿が素通りしたし、舅が見つけた野良犬は実のところタヌキであった。

 歩いて3分の場所にある菩提寺にはイノシシの捕獲器が鎮座している。ちなみに現在、この菩提寺の入り口には『生きているだけですばらしい』という文字が掲げられている。


 さて、スギ花粉の人にはこの世の地獄ともいえる環境に住んでいたおマサさんは、戦時中も逞しく生きていたらしい。


 戦争中はアメリカ軍の爆撃機がしょっちゅう、この地の山に爆弾を落としていたそうだ。

 夫いわく「東京までの燃料の節約じゃないかな」ということらしいが、真偽のほどは定かではない。

 彼らは決して街に落とすことはしなかったということだ。この地は今でも戦後の区画整理がなかった故、曲がりくねった昔ながらの道を保っている。


 さて、山に爆弾が落とされるたび、おマサさんは竹槍を天に向かって振り上げ、叫んでいたらしい。


「落とすならこっちに落とせ、相手してやるんに!」


 いやいや、落としたらえらいこっちゃ、である。そして、竹槍ではプロペラ一枚落とせるわけがない。

 なにぶん、おマサさんは興奮しやすい性格のため、過激である。それなのに、戦争が終わると、しれっとした顔でこう言った。


「竹槍なんかで相手になるんかアヤシイもんだとは思ってたがね」


 じゃあ、あの叫びは何だったんだという気になったが、考えるよりも先に乱暴な言葉が反射的に出てしまい、言ってから後悔するらしい。


 おマサさんの夫であるヒロキさんは、戦地から戻ってきたとき、靴下に子ども達へのお土産として金平糖を隠し持っていた。しかし、家まであと少しというところであまりの空腹に歩けなくなり、それを食べてしまったのだ。

 無事に帰宅したものの、それを話した途端、子どもたちは大泣きした。そして、おマサさんに「帰ってこなきゃよかったんに!」と怒鳴られてしまった。

 正直、それを初めて聞いたとき、爆撃機に竹槍を向けた話を思い出し、爆弾のような妻と、竹槍のような夫だと思った。特に暴言は爆弾同様、傷つける相手を選ばないものだし、仕掛けたほうはドカンと爆発させて終わりだが、言われたほうはたまったものではない。


 そこは「言わなきゃいいのに!」なんじゃないかと思うのだが、暴言を無意識に口走ってしまう性格の妻と、余計なことを考えなしに漏らしてしまう性格の夫、結局は似た者夫婦だったのかもしれない。


 墓を共にする夫婦というのは、一見すると真逆でも、探してみればどこか似通ったものがあるのかもしれない。それとも、一緒に暮らしてきた年月がそういう部分を生むのだろうか。

 深水は、自分と夫は正反対だと思っている。性格も真逆だし、食べ物の嗜好もなかなか合わない。けれど、暮らしの根っこにあるどこかが似ているから一緒にいることができるのかもしれないと、おマサさんがヒロキさんに暴言を吐いた思い出話を聞くたびに思う。

 しかし、猫に鏡が不要なように、人も案外自分のことはよく見ないものである。答えがわかるのは墓に入るときかもしれないし、死後に他人が答えを見出してくれるのかもしれないと思う深水であった。


 さて、今宵はここらで風呂を出よう。


 猫が湯ざめをする前に。

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