もっとうまく働け


 薄暗い月明かりの下。


 繁華街からは見えない路地の奥。空を飛ぶ天翼人たちも目に留めないような島の隅で、二人の男が向かい合っていた。


「旦那ぁ、こいつで五千リュミネはあんまりじゃないっすか」


 そう言った男は、左の頬を大きく腫れ上がらせた人相の悪い男――昼間、ランド3のテーマパークでレイナに全力で殴られた男だった。

 男にとってこの程度の傷は日常茶飯事であるし、唾を付けておけば治るとは思っているのだが、その頬の傷の治療費だけで安くない金が飛んでいくことをことさらに強調することで、報酬をもう一声かさ増しできないかと食い下がっているわけだ。


「もっとうまく働け、といいたいところだけど、まあいいか」


 そう言うと旦那と呼ばれたがたいのいい青年が頭陀袋から一掴みの紙幣を掴み、投げ捨てた。


「しかしあんなもんで気づかれないもんなんすね」


 青年が投げ捨てた金を拾い集める男のその姿は、物乞いと変わらない。

 少なくとも貴族の一員に見えるような気品は欠片もないし、。天翼人特有の凹凸が肩甲骨周辺に見られない。


天翼人あいつらの翼浮力感知は、そんなに高性能じゃないんだよ。目の前に背中の尖った人間がいて、どこからか僅かに翼浮力を感じられれば、翼付きだって思い込ませるのはそう難しいことじゃない」

「へえ。勉強になりますわ」


 男はさして興味もなさそうにそう言ったが、青年が気に留めることもなかった。青年にとってみれば、男が与えられた仕事を完遂し、自分が金を渡した時点で契約関係は終わっている。今男に付き合って金を投げ捨て、あまつさえ雑談に興じているのは単なる気まぐれに他ならない。


「へへっ、確かに。そいじゃあ、毎度ありがとうごぜえやした」


 青年が投げ捨てた金を一枚残らず綺麗に拾い集めた男は、そう残して消えて行った。

 綺麗な街並みと、豊富な資源。歓声に溢れる祭りと、翼を持った進化した人々。それは確かに浮島の一面ではある。


 だがその反面。

 下水道に住む子供、取り締まりきれない犯罪、貧困と飢餓に苦しみ地を這う人々。それもまた浮島の一面だった。

 青年が今回雇った男も、浮島の裏側で生きている男だ。今回の奴は金に従順で扱いやすかった。次に会う時にまだ生きていれば、また使ってやるのも悪くはないだろう。


「さて、準備は整ったかな」


 そう言って青年は左腕に巻きつけたブレスレット型のデバイスを操作する。するといホログラムが投影され、何かのレポートが浮き上がる。

 そしてそのうちのチェックボックスにチェックが入る。


「何とか、間に合いそうかな」


 それを最後に、青年もまた、闇に紛れていった。

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