優先順位の問題 3

「心配性だなぁー、イミナは」

「レイナはおっちょこちょいだから」

「なんだとー」


 ただ、レイナがカータレットでいつづける限り、レイナはイミナと結ばれない。

 それをカータレットが許さない。


 天翼人は全人口の僅か二割。人口的には大地人が圧倒的多数であるし、大地人だからといって何か特別困ることはない。天翼人は翼のある分選べる仕事・将来の幅が広がるというだけで、それ以上の意味はない。ただ翼を利用できるということは一種の技術であり才能だ。大地人の仕事は天翼人にもできるが、翼がなければできない仕事は大地人にはできない。才能や技術が重宝されるのは、いつどこでも変わらない。だから自然と天翼人の家系は裕福になった。

 天翼人と大地人の違いなんて、つまるところ翼があるかないかだけで、それ以上の差異は存在しない。イミナの友人であるソウジがそうであるように、自分が大地人であることを必要以上に卑下するような人間はほとんどいないだろう。


 だが、貴族側はそうは言わない。

 天翼人は自身の地位と翼に誇りを持っている。それこそ、埃まみれの時代錯誤も甚だしい誇りだとレイナは思うが、世の天翼人たちはそれを後生大事に手放そうとしない。その上位の高い貴族ほどその思想は強くなる。

 大地人――ましてや、誰の子かもわからないスラムの男と結ばれるなど、誰が許そうか。


 だがフライデーの優勝者となれば話は別だ。家柄ではなく、選手自身――カータレットの令嬢ではなく、レイナとしての発言に意味ができる。それは例え貴族であっても――カータレット家であっても、簡単に否定することはできない。

 フライデーで優勝することができれば、イミナとの結婚を認めさせることができる。


「無理しなくていいよ」


 イミナの呟きに、レイナは首を傾げた。


「無理? してないわよ」

「それならいいけど」

「可愛い恋人が頑張ってるんだから、応援しなさいよ」


 我ながら自分で言うのかと思わないわけではなかったが、イミナの不安を理解できないほどレイナは鈍くない。

 イミナと結ばれるということは、貴族としての立場を失うということだ。仮にカータレットの家柄を失ったとしても、フライデーの優勝者としての地位は残る。だが貴族同士の横の繋がりや関係性までも手に入れられるわけではない。カータレットの庇護下にある現在とは、少なからず生活水準は変わってしまうだろう。イミナの不安はそんなところか。


 カータレットを追放されたフライデーの優勝者。


 そんなレッテルが貼られることは目に見えている。

 でもそれがなんだというのだ。

 レイナだって、カータレットの家に祝福されながらイミナと結ばれることができるならそれが最善だということは否定しない。だが家かイミナかの二者択一である以上、レイナがイミナを選ばない理由がない。


 要は優先順位の問題なのだ。

 カータレットの家に残れば何一つ不満のない生活を送ることができるのかもしれない。だがイミナがいない人生など、何の魅力も感じない。

 二人で一緒に居られることが絶対条件であって、家とか金とか地位とか、そんなのは後で考えればいいのだ。


「レイナ、それは自分で言わないほうが」

「何よ、可愛くないっての?」

「可愛いけど」


 イミナは特に表情も変えずにそう言う。レイナとしてはもう少し恥じらいがあっても、とは思うがいつも通りのイミナがいつも通りにかわいいと言ってくれるだけで、お腹の底がふつふつと沸きそうになるくらいに、震える。

 体が熱い。


「応援はしてる。ただ」

「ただ?」

「怪我とかはしてほしくない」


 なんでもないような顔で。

 心配なんて欠片もしてなさそうな声で。

 そんなことを言ってくるのだから、イミナはずるいとレイナは思う。

 レイナは口元がにやけるのを自覚した。

 だが、隠すつもりもなかった。


「大丈夫よ!」


 立ち上がり、レイナは笑った。

 そしてその背中から、純白を纏う翼を広げた。


「私の翼は、一番速いんだから!」


 カータレットの翼は、美しい白。

 その翼は速さだけを突き詰めた、最速の翼。

 レイナの言葉は虚言でも誇張でもない。


「レイナ、観覧車のなかでは暴れない方が……」

「うっさい、あんぽんたん!」


 勢いよく抱き着いてくるレイナを、イミナは何とか受け止める。

 観覧車のゴンドラが大きく揺れた。

 例えこのゴンドラが落ちたとしても、イミナを連れて飛んでみせる。そんな馬鹿げた妄想を本気で考えてしまうくらいには、レイナは今が幸せだった。

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