早く来てくれよ、騎士様


 飛来する弾丸は直径五センチのゴム弾。それが視認することが難しいほどの速度で撃ちだされる。当たっても肉を貫きはしないし、骨が折れることもほとんどない。命が取られるなんてことはまずない。でも結構痛い。連射性能は良くないが、三人がかりで打ち込んで来ればそれなりの弾幕になる。

 その弾幕を見切って、左に構えた盾で弾き落とす。だがゴム弾に仕込まれた力は、弾いてもすぐに方向転換して向かってくる。何度弾いても変わらない。


 フライキャリア。


 フライデーの目玉競技で、通称「羽運び」とも呼ばれている。

 ルールは簡単。空中を走る妨害ありのマラソンだ。

 フライキャリアは三人一組、二チームによる対抗戦。Y字型のコースの二股の先からスタートしてゴールまで先に辿り着いたチームの勝ち。全長一〇〇キロメートルのコースのうち、最初の三〇キロは各チームで別々に走るが、三〇キロ地点からはコースが合流する。お互いに妨害しながら、チームの誰か一人でもゴール地点に辿り着いた時点で勝利となる。

 三人で一緒に走るもよし、二人が敵チームを抑えて一人を先行させるもよし、作戦はチームによってさまざまだ。そしてレイナたちのチーム『ローズガーデン』の三人は、レイナとシルヴィアの二人をリリアンが遠距離からサポートするのが必勝パターンだ。


「ってええな! ちっくしょう‼」


 弾ききれなかったゴム弾を後頭部に受けて、シルヴィアが叫んだ。頭を擦る間もなく、新たに飛来するゴム弾を叩き落とす。

 いくら三人がかりでゴム弾を撃たれているとはいえ、こちらも二人だ。リリアンからの援護射撃も機能しているのだから、普通に対処すれば捌ききれないことはないはずなのだ。

 普通に、対処できていれば。


『シルヴィアちゃん、大丈夫ですかー?』

「大丈夫なわけねえだろうが!」


 耳につけたインカムからはリリアンの声。遠距離射撃が得意なリリアンは、後方から援護射撃を行っている。今日の対戦チームは三人同時に進行する戦術を採用している。これを三人丸ごとシルヴィアとリリアンで挟み撃ち、レイナがゴールまで疾走するのが今日の作戦だった。


「肝心のお姫様がこれじゃあよぉ……」

「うっさいあんぽんたん! ちゃんとやってるじゃない!」

「どこがだこの花畑頭!」

「なによそ――きゃっ!?」


 飛来するゴム弾に反応できずに、レイナの後頭部に衝撃が走る。

 現在レースは終盤。ゴールまで残り三〇キロを切っている状況だ。本来であればもう、敵チームをシルヴィア、リリアンで足止めしている間に、レイナを先行させたいタイミングだ。

 だがそれができていない。

 レイナは先ほどから何度もダッシュしようとしているが、それを阻むように弾が撃たれてくる。もちろんシルヴィアもそれを防ごうと健闘しているが、レイナの動きが悪すぎる。


「お前は、ああ、もう、ほんとにもう! なんでそうムラがあるんだ!」

「うっさいうっさいうっさい! それがわかったら苦労してないわよあんぽんたん!」


 三六〇度、上下左右から襲い来るゴム弾を前に、レイナはシルヴィアから離れられずにいる。

 調子が悪いとはいえ、レイナは一流のランナーだ。普通の弾丸を躱すくらいなら多少調子が悪くても平然とこなしてみせる。

 だが今日の試合は一年で一回、世界で最速の翼を決めるフライデーの準々決勝だ。相手も並みのレベルの選手ではない。

 今日の対戦チーム『トライスピア』は三人で固まったまま走り抜くタイプのチームだが、三人揃ってゴム弾の操作がえげつない。長距離射撃の精度ではおそらくリリアンに軍配が上がるだろうが、中距離射撃の練度が非常に高い。移動・回避・防御中でも弾丸の正確さ・速さがまるで落ちない。一度弾かれた弾丸への翼浮力の操作も、驚くほどスムーズだ。その上一人あたり三つの弾を攻撃と防御に使い分けており、リリアンの援護射撃も完璧に凌いでいる。

 スタートから三〇キロ地点の合流ポイントに先に辿り着けたがためにリードを保てている状況だが、ジリ貧なのは明らかだ。あと三〇キロも悠長に飛んでいれば、隙を見て駆け抜けられ二度と追いつけないだろう。


「頼むぜ、ほんと……」

「だから――」

「ああ、いや、ごめん。今のはレイナに言ったんじゃないよ」


 飛んでくる弾丸を全身を覆うほどの大きな盾で弾き、それを軽々と振り回して今度はレイナを襲うゴム弾を弾き飛ばす。

 シルヴィアからしてみれば、そしておそらくリリアンも、レイナのムラを問題視してはいない。むしろレイナを溺愛する二人にとってはそのムラを好ましいとさえ思っている。

 だがかといって現状を打破するにはレイナに元気になってもらう他ないのだ。


「――早く来てくれよ、騎士ナイト様。お姫様がお待ちかねだぜ」


 レイナを狙って六つの弾丸が襲い掛かるが、シルヴィアはこれを一蹴――。

 レイナの周囲をぐるりと公転しながら、巨大な盾を縦横無尽に振り回して全てを弾いて見せた。

 レイナを守るシルヴィアの現況こそまさに騎士に近いが、その豪快な戦い様は騎士というより用心棒だろう。


「レイナって時々恥ずかしいこと言うよね」

「無駄口叩いてる暇あったら、弾の一発でも落としやがれ」


 ゴールまで三〇キロ。

 今はまだ、何とかなる。

 敵チームトライスピアからすれば、今仮にレイナたちを抜き去ったとしても残りの三〇キロで追いつかれると考えているだろうし、事実レイナの翼は確実に彼らを捉えるだろう。だからこのレイナたちローズガーデンを一定の間隔を空けて追いかけつつ、体力を消耗させようとしている。そして確実にゴールを獲れる瞬間に、一気に抜き去っていくはずだ。

 敵がレイナの足止めを優先しているうちは、まだ大丈夫だ。

 だが彼らがレイナよりも追い抜くことを優先したら――。


「そんときは……まあ、がんばりますか」

「シルヴィア何か言った?」

「なんでもない」

「えー? 絶対何か言ってたでしょ」

「後ろから弾飛んできてるって言ったんだよ、はよ避けろ」

「い――――っったぁぁぁあぁっ!? もっと早く言いなさいよあんぽんたん!」


 ひっそりと最悪のケースを考えながらも、シルヴィアはギリギリまで待つことを選んだ。

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