あれは、多分、怒ってるんだと思う

 空を駆ける天翼人たちによって開催されるレース、フライデー。

 その競技会場――ではなく、そのゴール地点とされているのが十三ある浮島の一つ、ランド5の円形客席型競技場。通称コロッセウムだ。

 フライキャリアのコースは全長一〇〇キロ。十四ある浮島のうち、ランド1とランド2をスタート地点とし、ランド5のコロッセウムまで駆け抜ける長距離飛行競技だ。そのため、競技状況を見るならば基本的に配信される映像頼みになる。その配信映像をいち早く見られるのが、このゴール地点であり、実況会場でもあるコロッセウムである。


「ほら見ろ! 大遅刻じゃねえか」

「カズサの仕事が終わらないから」

「え~、私はちゃんと定時までに終わらせたのに、いっくんが動かなかったんじゃん」


 ソウジ、イミナがコロッセウムに駆け込み、三歩遅れてカズサが到着した。


「も~、だから早く出ようって言ったのに」

「俺とソウジなら間に合った」

「私は間に合わないって言ったぁ~」


 カズサはイミナとソウジにとっての幼馴染だ。背は低く、色素の薄いボブカットも相まってソウジたちよりも幼く見えるが、身体の凹凸は平均以上にはっきりしている。顔だけ見ればイミナやソウジよりも幼く見られるが、全身を見渡すと年相応に見られる。

 肩で息をするカズサに、ソウジは同情気味の苦笑いを向けるが、イミナはもうカズサの方を見てはいなかった。


「勝ってる?」


 まるで興味なんてないかのような平坦な声でイミナは口にしたが、その目はコロッセウムの中央上空――空中に映し出されたホログラムディスプレイを凝視している。イミナにとってその中で行われている試合が大事なものであることは、ソウジにもカズサにもわかっている。


「勝ってはいるみたいだが……」

「あんまり、いい感じじゃなさそう」


 イミナに続いてディスプレイを見上げるソウジとカズサが状況を確認した。

 レースは現在終盤。

 スタート直後からリードしていたローズガーデンだが、レース中盤トライスピアと接触。それからずっとトライスピアの少し前をローズガーデンが走っている状況のようだ。ローズガーデンの方がゴールに近いのは確かだが、余裕のある状況でないのはすぐにわかった。


「なんでまだお姫さんが、ランバートさんと一緒にいるんだ?」


 ソウジの指摘通り、レイナはシルヴィアと並走しながら、後方からの攻撃を凌いでいる。


「相手のチーム、なんだか上手だね」


 レイナの出る試合以外はフライキャリアもフライデーもろくに観ないカズサだが、それでもレイナたちがこれまでになく苦戦していることがわかった。


「それだけじゃない」


 イミナはディスプレイから目を離さずに、カズサの感想に口を挿む。


「あれは、レイナらしくない」


 イミナはそれだけしか答えなかった。


「どういうこと? そうちゃん」

「レイナさんの動きが悪すぎるんだ」


 首を傾げてソウジに尋ねるカズサの対応は、まるでソウジが通訳か何かのようだが、ソウジも慣れたもので、イミナの足りない言葉を付け足す。


「ランバートさんの防御は今までにないくらい早くて鋭いし、レイヤードさんの援護射撃も冴えてる。でも映像を見る限り、レイナさんは何もできてない。――ほら、今のもいつものレイナさんなら躱せただろうに、ランバートさんが必死に弾いてる」

「そ、そうなの……? で、でも、レイナちゃん、今日もとっても速そうだよ?」

「速さだけでなら、だ。フェイントもろくにせずに飛び出して、あれじゃ撃ち落としてくださいって言っているようなもんだ」


 本来のレイナは、単に最高速度が速いだけでの選手じゃない。乱戦時でも弾丸の雨を潜り抜けて突破できるテクニックは、他の選手にないレイナの武器だ。だが今のレイナにはまるでキレがない。

 動きの緩急が緩慢で、弾丸に対処できていない。単調な飛び方で先読みしやすく、狙いやすい。おまけに敵の攻撃に気づくのも遅い。どれも普段のレイナらしくない。


「ソウジ」

「どした?」


 イミナにとって、レイナの試合はきっと彼自身の仕事よりも重要なもので、それはソウジもカズサも知っている。だから、イミナがディスプレイから目を離して、ソウジに顔を向けたことを、ソウジは少なからず驚いた。


「いいのか? 見なくて」

「見てたら、レイナは負ける」

「んじゃどうするんだよ」

「あれは、多分、怒ってるんだと思う」

「怒ってる?」


 何に? とソウジが尋ねる前に、イミナは言葉を続けた。


「レイナまで届けるにはどうしたらいい?」

「……何をだよ」

「声」

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