第4話


「レイちゃん、いつかは呼び捨てにしてくれることを待ってるから。」


 カトレアさんはそう言いながら、じゃあ、とくるりと方向を変えて自分の持ち場に行くのだろうと、声を掛けてもらった時から思っていたことを口にして引き留めた。


「・・・カトレアさん、今日は早めに帰った方がいいですよ。顔色悪いですし、本当は歩くのが辛いんじゃないですか?」


 先ほどまで繋いでいた手を取ると、軽くこちらへ引くとバランスを崩しながらもこけるような失態をさらす事無く、びっくりした、という様に僕を見遣る。さすがに無理をしている人が目の前にいたら、どうにかしてやりたいと誰でも思うだろう、と自分の今からの行動に理由をつけ、引いていた手を更に引き寄せ、自分より少し背のあるカトレアさんを横抱きにした。


「ちょ、レイちゃん!?」


 僕の行動が予想外だったらしく、普段あまり大声を上げないカトレアさんが慌てつつ、僕にそう声を掛けると降りようと少し身をよじった。


「ちょっと大人しくして下さいよ。」


 落としそうになるなんてことはないけれども、動きづらい、そんなことを考えながらここから一番近い司書室を目指した。


 僕が下ろさないと分かったらしく力を抜いたカトレアさんはやはり体調が優れなかったのだろう、目を瞑って少し苦しげに吐息を零した。そのまま司書室へ入っていくと、さすがに中にいた他の司書の人たちも驚いた様にこちらへ近づいてきた。


 それから、カトレアさんの様子がいつもとは違うことに気付いたらしく奥にあるリラックスルームへと道を開けた。小さくすみません、と言いつつ部屋へ入ると、外にいた司書の方が言ったのであろう、部屋には誰もいなかった。


 そこにあるソファに下ろしては少し居心地が悪かったらしく身じろぎ、ごめんねと小さく零しては僕が今からすることが分かったらしく目を瞑った。


「謝るぐらいなら体調を崩さないで下さいよ。」


 僕は少し不満げに言ってのけた。別にこれぐらい迷惑だなんて感じ無いのになんて心の中で零してはカトレアさん額に手をかざした。


 そして、いつも通りに手に熱を込めてはそちらに集中した。掌から零れる光にいつも思う、自分で言うのもなんだが、あたたかく、やさしい光だと。自分はこの光の様にありたいと毎度毎度思うのだ。そんなことを思いながら強く願う。早く、早く治れ、と。


 すると、更に光が増した気がした、それと同時に掌から自分の熱とは違う熱を感じ取ると力を緩めた。


「・・・どうです?」


 僕は力を微量に調節をしては手を離す事無く、そのまま心配げに声を掛けた。そんな僕の様子に小さく笑みを零しながら、かざす手に己の手を重ねたままこちらを見つめていた。


「相変わらず、君の“正す力”はすごいね。癒す力とも違う、心地いい上に力強くて勇気づけられるというか。俺は癒す力よりレイちゃんの力の方が好きだな。それに、レイちゃんと同じぐらいやさしい力だしね。」


 本当にこの人はほしい言葉をくれる、といつも思う。少し、嬉しいと感じながら治すことに集中しなおした。


 正す力とは僕と他に師匠の二人、『国王公認司書』が扱うことのできる、というよりこれが扱えない限り、公認司書にはなれないのだが…。


 この力はこの帝国図書館に所蔵されている本―魔術の源が宿っている本―がエラー―本たちが中に持つ魔術の源が暴走を起こし、本自身が持つ物語を壊してしまうこと―を起こした際に物語を元に戻す、というのが本来の利用方法だが、何も本を正常に正すだけの力ではない。


 このように人に対しても使え、さらに人への影響もそこまで強くない為、僕は良いように利用している。


 カトレアさんは集中している僕を見てはなにやら、ニヤニヤとした笑みを浮かべてはこちらを見ていた。


「ねぇ!惚れた?そういう風に言ってくれて嬉しい、とか思ってくれた?」


 ・・・この人これがなくなればもっと尊敬とかできるのに、などと思いながら、返事をすることなく更に集中力を高めた。



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