Middle 02: "UGN"

    ————シーンプレイヤー:逢坂胡桃


 束の間の夢から覚めて日常の喧噪を取り戻した校舎を、3人の少女が並び立って歩く。真ん中を歩くのは、黒い、腰まである滑らかな長髪の少女。その目は少し苦しげに伏せられている。両脇を2人の少女に抱えられるようにして、その足取りは軽やかとは程遠い。

 左脇を支えるのは、おとなしい雰囲気をまとった少女。髪はまっすぐ、肩口までの長さでまとめられている。心配そうに左隣の少女へと視線を注いでいる。

 反対側には、ゆるくウェーブのかかったセミロングの少女。柔和そうな顔立ちに、今は怜悧な視線が際立つ。

 そして一つの扉に立った。ウェーブ・ヘアーの少女が、入口の引き戸に手をかけようとした時、


『開いてるわ。そのまま入ってきて』


 3人の頭の中に、直接、声が響いた。1人の目が僅かに見開かれ、後の2人のうちひとりが、当たり前のことのように、はい、と声を返して戸を引いた。


 開いた戸の先には、白衣を着た成人女性が、診察用の丸椅子に座っていた。髪は頭の後ろできっちりとまとめられ、襟元に白いうなじが覗いている。


 徐ろに視線を3人の方へ向け、それぞれの顔へと目を走らせる。流れるように、両脇の少女を。そして真ん中の少女へとまっすぐ向かって止まり……静かに笑みを湛えた口元が、ゆっくりとひらいた。


「さて。まずはそこの席にかけてちょうだい。」


 促されるままに、呼ばれた少女が歩みを進める。席に着いたのを見計らって、右脇にいた少女は静かに張り詰めた声で、

「先生、私の『替えのカバン』ありますか」

「あるわよ。いつものところ」

 少女は、返ってきた答えに首を小さく振って応えると、ふわりとセミロングの髪を揺らして部屋の奥へと消えてしまう。


 その様子を見送って、「先生」と呼ばれた女性は、

「あなた、お名前は?」

 目の前の少女に、そう声をかけた。



香澄:「……あ、かすみ。です。月見里香澄やまなしかすみ。一年七組」


 状況についていけずとも、少女は反射的に簡潔な名乗りだけ返す。居心地悪げに、揃えた膝の上に手を添えて。

 そのまま視線を泳がせて、目の前の女性から、傍に立つ同級生へと。

「……、胡桃くるみさん、」

 望んだのは助け舟か説明か、どのみち歳の近い彼女の方が、尋ねやすいにちがいない。

 問われた少女は、視線に気付けばにっこりと笑い、

「心配しないで下さい。先生は、全部『知ってる』人ですから──香澄ちゃん、」

 そうして一歩、彼女の方へと近寄り、頷き、そして「先生」の方へと視線を流して言う。

「きっと、混乱していると思います。でも、今は。先ずは先生のお話を聞いてみてくれませんか」

「…………ん、」

 いつもと変わらない笑みは、寧ろそれすら非日常に思えるけれど、惑って騒ぎ立てるにはすこしばかり遅い。少女は頷いて、少し背筋を伸ばすと、女性へ視線を戻した。

 隣に立つ少女も、その様子を見て同じく姿勢を正す。


GM:女性は、笑みを湛えた口元を開く。

「かすみちゃん、ね。私は桃井ももい祐香里ゆかり。普段はここの校医だから、もしかしたら知っているかしら」

あくまでも柔和に、言葉を紡ぐ。


香澄:「……からだ、丈夫なので」

存在は知っていても、きっと縁はなかった。

小さく頷いてから、視線で続きを促す。


GM:そう、と小さく呟いて桃井先生は話を続ける。

「……かすみちゃんは、きっといつもと違う、、ことに出逢ったのよね」

違う、という言葉を、少し強調して言う。

香澄:「……ちがう。」

強調された言葉を一度反芻して、目を彷徨さまよわせて。

いつもと同じはずの同級生を今一度、ちらりと見てから。

「……、はい。先生──桃井先生は、くるみさんは、……あかりさんは。あれが何だか知ってるの。」


 隣に立つ少女は、向けられた瞳にひとつ頷きを返し、また目の前の白衣の女性に視線を戻す。その視線に応えるように首を軽く縦に動かすと、女性は語り始めた。

「『世界は、人々の知らないところで変貌していた』」

 ポツリと、少し温度の下がった声で呟く。

「……今から約20年前のことね。中東のとある遺跡で、未知の「ウイルス」が漏洩、拡散した事件があったの。拡散、蔓延した範囲は……全世界。感染人数は人類の約8割と言われている。」

 8%じゃなくて、80%ね、と、冗談めかして付け加える。小さくウインク。

 突拍子も無い話に、向かいに座る少女は、目をしばたかせるばかり。隣の少女は「わたし達、小学生じゃ無いんですよ」と、少しばかりむくれた声を出す。

 ごめんごめん、と謝意と笑みを返して、女性は話を続ける。

「ウイルスの名前は「レネゲイド」と呼ばれるようになる。《反逆するモノ》と名付けられたそれは、感染するだけでは特になにも害はなさないんだけど、発症すると——」

 そこで一旦、口を閉じ、

『こういう、超常的な力が使えるように、ヒトを変えてしまう』

 また、頭の中で声がした。簡単に言うと、超能力者かしら。とこれは耳から聞こえる声で。


香澄:レネゲイド。その言葉をいまいちど、反芻してから。

動かない唇と聞こえた声とにぴくりと睫毛を震わせて、今度は小さく息を呑む。

「超能力者。先生も、くるみさんも、あかりさんも、……私も?」

最後の声は少しばかり掠れて。

GM:そうよ。と柔和な笑みを深めると、言葉を続ける。

「私や胡桃ちゃんは、体内で薬品……みたいなもの、まあ薬の成分を作って、それを身体から分泌できたりする。「頭の中に聞こえた声」もその応用ね。で、朱莉ちゃんは……」

そう言って言葉を切ると、部屋の奥に視線を送る。


 薄桃色のカーテンで仕切られた、簡易ベッドの並ぶフロア。その奥から、カーテンを押しのけて、当の朱莉が歩み出てくる。


朱莉(SM):「お話、進んでます?」

並んだ丸椅子へ腰をおろすと、胸の前で抱えたカバンも膝の上におきましょう。朱莉の足にぐうと沈み込んだそれは今時珍しい、革張りの通学カバン。

……にしては、似つかわしくない重さに見えて。

これが例の『替えのカバン』だろうか。

そこから出てくるのはやはり教科書ではなく。


――拳銃ベレッタ


恥ずかしげもなくプリーツスカートの裾をたくると、手慣れた様子で右腿のホルスターへと拳銃をしまいこんだ。いつもの朱莉からは想像できない姿かもしれない。もとい、普通の女子高生ではあり得ない姿だろう。


GM:「朱莉ちゃんは、……説明しづらいんだけど、人並外れて思考が進むようになる力。それこそ、銃なんて説明書読まなくても使えるくらい、ね。」

朱莉(SM):「まぁ、一通り訓練はしましたし、ね。」

スカートの上から拳銃をさすります。

GM:「で、香澄ちゃんは……。」

そっと胡桃に視線をやる。

胡桃:相変わらずの朱莉の様子には目を細めつつ、視線を受ければ緩く首を振り。

「……わたしは、その場に居なかったんです」

少し心配げに香澄の方を向く。

胡桃:「香澄ちゃん。"何があった" か、……聞いてもいいですか」

香澄:ひとつひとつの言葉はしっかり聞いて頭に入れてはいるけれど、噛み砕いて自分の言葉にするには至らない。

薬品、声、思考、──無骨な自動拳銃が不似合いな少女の手に握られたなら、瞠目とともに思考は一度散らされたけれど。

「……こないだの小テスト、何点だった、っけ?」

ぽそりと呟いた逃避めいた"日常"は、そろそろすっかり"非日常"。

異端のオンパレードの中、自分の名前が出たならば、自分までその中に含まれたような錯覚。

錯覚でも、ないのかもしれないけれど。

朱莉から先生、先生から胡桃へ、動いた視線は自身の手のひらへ。

「…………ひ、────火、が。」

脳裏をちらつく赤い色に、ぐ、と喉を鳴らしてから。


「殺される、って思って。思ったら…、手から、………火? 炎の形をした、鎌が。

わたし──何も、してないのに」


 その告白に、部屋の隅で、予備の箱型弾倉をいじっていた少女は、少しの間、手を止める。けれどすぐに手を動かし、ただただ静かに、粛々と、何かへの準備をすすめていく。


胡桃:「────……サラマンダー?」

戸惑いを孕む香澄の言葉には緩く握ったこぶしを口に当て、ぽそりと小さく。

GM:「そうね。」

胡桃に返して、

「それぞれの発現する能力は、その傾向ごとに「シンドローム」と呼ばれる類型に分けられている。あなたの持っている『チカラ』は温度を操る「サラマンダー・シンドローム」と呼ばれるものみたいね。他のチカラも併せ持っているかも知れないけれど……」

そういって、机の上をゴソゴソと探ると、計測機器のようなものを取り出しす。血圧計をスマートにしたような形の端末を、香澄に差し出すと、

「はい、これを腕につけてくれる?」

と言って、差し出した。

香澄:受け取って着けますよ。


 検査のために手際よく準備を整えながら、白衣の女性が、説明を続ける。

「薬物を生成する『ソラリス・シンドローム』、天才になることができる『ノイマン・シンドローム』、そして熱——炎や氷を操る『サラマンダー・シンドローム』……得られる異能は様々だけど、それらの発症者たちをまとめて、私たちはこう呼んでいるわ。」

一呼吸、間を置いて、告げた。


「 『人overed者』——ってね。」


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