第41話 身体の秘密

 

『変だよ変。よく見てよく見て。首の中に首がある』


「はぁ? だいたい首の中なんて見えるわけないだろ」


 何言ってんだお前は、という表情になっているのが自分でもわかる位の心境だった。

 てかね……何言ってんの?

 首の中に首があったら、外側の首はもう首じゃないからね。


 だがそんな俺のジト目も意に介さず、しつこく食い下がってくるチェルノ。

 目の前には逃げることに必死なニヤリ。

 俺は項垂れながらも致し方ないなと思い見てみることにした。

 てかなんで俺が男のうなじをマジマジと見ねばならんの……


「んん?」


 一見すると分からないが、確かにニヤリという男の首とは色の違う別の首がうごめいていた。

 本当だ! ちょっとだけ細めで肌色の違う首が透けて見える……気持ち悪!


 チェルノはその僅かな違いに、クラウスが気づいたことを確認すると、


『きっと身体の中にもう一人いるんだよ。最初に攻撃した時におかしいって思ったんだよね……トマトを潰したような感触で、大して飛距離が出なかった』


 どこで判断しとんじゃお前は!

 何? 壁ぶち抜いてんのにそれでも気に入らないの?

 どれだけ飛ばす気だったの?


「まあ要はだ……中にいる奴を引きずり出せばいいんだろ?」


 そう言って俺は背後から近づき、男の首を鷲掴みにしてみた。

 グエッ、っというニヤリの声が聞こえてくるのと同時に、俺の指がズブズブとめり込んでいく。

 ひええ、何なんだこいつ……本気で気持ち悪いぞ。


『引きずり出してボコボコにだよ! ……ね!』


 そう言って急に大声になるチェルノ。

 俺は身の毛のよだつニヤリの首筋感触体験中だった為、驚きのあまり身を竦ませてしまう。


 だがそんなチェルノの大声に何処からか「れすわね!」とかいう返事が聞こえてきた。

 てかお前ら無駄にビビらせんじゃねえよ……


 だがそんな駄話に気づいたのは俺だけじゃないらしい。

 チェルノ達の一連の会話が気に入らないとニヤリが、


「はああ? ボコボコにされんのはてめえらの方だろ! 今に見てろよちくしょうバカ野郎共め!」


 掴まれた首を捻って振り向きながらもそう憤慨していた。

 クラウスと目が合うと、突然ニヤリは目を潤ませ、


「……痛い……痛いよ〜クラウス……少しで良いんだ……ほんの少しだけ、手を緩めてくれない? お願い」


 バカかお前は!

 そんなんで手を緩める奴がいたら会ってみたいわ!

 てか首を絞められてんだから「痛い」じゃなくて「苦しい」になるんじゃね?


『嘘だよきっと! クラウス手を緩めちゃダメ!』


 そう興奮した声で、騙されるなとまくし立てるチェルノ。

 もしかしてお前……本気で俺が馬鹿だと思ってない?


「嘘じゃないよ! 本当に痛いよ〜信じてクラウス。……じゃあこうしよう! もし手を緩めてくれたら……うちの身体、好きに使ってくれて良いから」

 

 そう言って頬を赤らめ、視線を外らすニヤリ。

 てかお前の頭の中で俺が一体何をしているのか聞くのも怖いんだけど。


 まあ好きにして良いってことは何をしても良いってことだな。良し分かった。

 では好きにさせてもらおうと俺はニヤリの腰に片足をかけると、掴んでいた首を思いきり引っ張った。


「嘘……冗談でしょ? 止めっ!……グアッ……ギィヤァァぁ!!」


 壮絶なニヤリの悲鳴が聞こえて来る。


 それと同時にブチブチと何かの繊維が切れる音と……

 裂けた首筋からチョコレートを泡立てたような液体が噴き出してきた。


「うおおおおお!! なんだこいつ、 本気で気持ち悪いぞ!」


『ぎゃあああ!! 何かウニウニしてる! 何かウニウニしてるのが出て来るよクラウス!』


 ウニウニって何!? どういうこと!?

 だが今の俺にそんな言葉の意味を理解している暇はなかった。

 ニヤリの背中から吹き出すクリーミーな褐色液を全身に浴びながらも、俺は全力で中にいる奴を引きずり出す。


 さらに鮮明になる繊維の切れる音とともに、引きずり出されるそれの全貌が見えてきた。

 人間の背中だ!

 やっぱり誰かが入っていたんだ!


「てめえええ! 正体を現しやがれ!」


 気持ち悪さを誤魔化すためか、将又終わりを告げるためなのか、自分でも理解できていないがそう叫ぶと、今度は引きずり出そうと手を引くのではなく、ニヤリの腰に掛けた足を一気に蹴り抜いた。


 ドシャア!という音と共に、蹴り抜いた足先に視線を向けてみると、そこには背中の裂けた男の死体。

 俺がついさっきまでニヤリだと認識していた男のがわだ。


 辺りを見ると、クリーム状に泡立ったチョコレート色の液体が飛散しているのと……何か小さな芋虫のようなものが大量にうごめいていた。

 そう……何かウニウニしていた。


『クッ……クラウス大変だよ……ちょっと強く引っ張りすぎたかもしれない……』


「お前はいつもいつも……何が大変かを先に言え! じゃないと不安に……あっ」


 俺はチェルノの言う、その大変なものを目の当たりにして思わず息を飲む。

 そう……それは今しがた引きずり出したニヤリの本体だ。


 首根っこを掴まれ空に掲げられたその人物。

 あまりに強く引きずり出された為なのか、両の二の腕の根元から、そして両太ももの根元から引き千切れてしまっていたのだ。

 何かが切れるような音とは、両腕両足が千切れる音だったのか……


 残った頭部にはソバージュのかかる灰色の髪。

 恐る恐る覗き込んでみると、そこには瞳孔を開き項垂れる女性の顔が髪の隙間から覗き込んでいた。


 まさか女だったとは……だがその女性は四肢を同時に失った激痛で死んでしまっていた。

 流石の俺も女を殺したとあっては心が傷む。

 

「……すまない」


 俺は思わずそう口にしていた。


 たとえ相手がどんな人間であろうと、他人の生死を決定ずける権利など俺は持ち合わせてはいない。

 ましてやこの女性の死因は、激痛を伴ったショック死。

 謝る以外に謝罪の方法など持ち合わせてはいない俺だったが、せめて心から謝れたという思いだけが今の俺の唯一の救いとなっていた。



 —— 勝手に…… ——



 何処からともなく声が聞こえる……



「勝手に……」



 今度は確かに聞こえた……手元から。



「勝手に殺すんじゃねえよ! 生きてんだよこっちは!! おぉ!? 謝るぐらいなら最初からするんじゃねえ! どう落とし前つけるつもりなんじゃいこの腕と足ぃ! おぉ!? 謝って済むんやったらなぁ、けーさつなんていらんのじゃ! 分かっとんのかワレェ! おぉ!?」


 俺の手にある得体のしれない生物が、なんか急にジタバタし始めた。

 ニヤリ生きてたらしい。よかったね。

 「おぉ!?」の時だけ体を捻ったまま止まる辺りがなんとも滑稽だった。


「なあチェルノ……これ捨てていいか?」


 ニヤリが暴れる度に茶色い出汁が飛んできて汚いんだけど。

 なんか元気そうだし、捨てても問題ないのではと思い聞いてみることにした。


『ダメだよクラウス……ちゃんとゴミはゴミ箱に捨てないと』


 流石賢いチェルノだ。マナーってやつをちゃんと理解してるよね。

 でもこれゴミ箱に入るかな?

 普通のより多少コンパクトになってるけど。


「誰が社会のゴミじゃコラァ!! 人の腕と足もいどって良ぉそんなことが言えるなぁ? ……まずは女性に対するそれ相応の扱いってもんがあるんとぉ〜ちゃう? ……おぉ〜?」


 今度は派生系である、溜め「おぉ〜?」を繰り出すニヤリ。

 というかこいつ使える物は何でも躊躇なく使ってくるよな。

 人の罪悪感に訴えたり、女を武器にしてきたり……全く効果出てないけど。


『クラウス、そんな生ゴミよりエプローシアの方が心配だよ。両足の関節が外れてて逃げる事も儘ならないんだ』


 それを聞いて憤慨するニヤリを他所に遠くの方へ目をやると、そこには俺たちの戦闘が終わったことを理解したエプローシアが透明化を解いて寝転んでいた。

 あいつ、座ることも出来ないってわけか……え?

 足が持てないなら背負って帰れない訳だが……まあ抱っこすればいいか。

 

 とにかく彼女を迎えに行こうと歩き出すと「ガン!」という音が聞こえてきた。


「痛ぁぁ! 引っかかっとる! 柵に引っかかっとる!」


 手元を見ると、チェルノの格子に挟まってムンクの叫びみたいになってるニヤリ。

 はぁ、前途多難だ……こいつ本気で捨てて帰ろうかな。




  ——




『さて準備が整い次第、大急ぎで帰ろう……時間がない』


 チェルノのそんな言葉を聞き、不貞腐れる物、又は覚悟を決めうなずく物。

 各々の対応はそれぞれではあったが、誰もその言葉に口を挟むものは居なかった。


 時間がないとはキャストルのことだ。

 あいつはこの教会塔へと俺たちを侵入させるため、入り口で待ち構えていた聖女隊の一人を足止めしているのだ。

 ……まあ時間も経ってるし、まだやりあっているとは思えないが一応最善は尽くしておく。

 

 俺はニヤリをリュックに詰め込むと、エプローシアを抱きかかえた……何故か水浸しになりながら。

 だが待ってほしい……


「何でお前が仕切ってるの?」


 今回苦労してるの俺ばっかりよ?

 しかもチェルノの奴、ニヤリを洗うとか言って魔法で水を出したは良いが、全員ボトボトになるぐらい豪快に召喚しやがって……

 おかげでパンツまでビショビショになる始末。

 だが不思議なことに洗われたニヤリは別として、俺と同じように下着まで水浸しにされたエプローシアは何故か「チェルノちゃんありがとう」って言ってた。

 とても謎だった。


「ねえチェルノちゃん……少し気になる事があるのれすが……」


『なに?』



 おいお前ら話聞けよ無視すんな。

 何だろうこのやりきれない気持ち……でも、まあいいか。

 彼らの他愛のない会話を聞いていると、今回の一連の騒動が今終わったのだと実感させてくれていた。


 俺は大きく息を吐くと、全身の疲れが今思い出したかのように押し寄せて来るのを感じる。

 だがそんな感覚も、達成感という名の喝采を浴びた今となってはとても心地良かった。



「この教会塔を崩壊させないために大監獄を使ったのれすよね? ……これ、帰るときどうするんれすの?」


『そりゃ当然解除して……あ』



 ……え?


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地下迷宮も突破出来ない奴がモテるわけない 黒服 @kurohune

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