第40話 ニヤリな実力2

 

  

 「 ア”——————————!! 」



  ・ ・

 

  ・



 俺は聖女追っかけ隊に連れ去られたエプローシアを救い出すため、彼らの根城であろう教会塔へと乗り込むことに。

 だが姿を消すことのできる俺には、潜入など造作もないこと。

 地下に幽閉されているであろうと勘を頼りに地下へと突き進み、そしてそこで見たもの……

 それは、ほぼ全ての施設が牢獄で構成されているというイカれた場所だった。


 そこで俺はニヤリと名乗る男と対峙していた。

 この最下層には目の前にいる男ただ一人。

 エプローシアを救い出すために、障害となる物とはこの男たった一人なのだ。


 だがニヤリと名乗るこの男……正直めちゃくちゃ強かった。


 どうやったのか地面に張り巡らされた水面からは無数の触手を伸ばして攻撃し、

 そればかりに気を取られていると今度は長い腕でつかみ掛かってくるのだ。


 捕獲されるのはまずい、捕まればそこで俺の敗けは確定する。

 なんせもう触手をかわす事が出来なくなるからな。


 今回の戦闘で一番受けてはいけない攻撃……それは触手による操作系能力。

 相手の五感を乗っ取る能力らしいが、その能力の凶悪さ以前にだ……

 前提条件が触手を相手のケツに突っ込むって、もう最悪すぎるだろ。

 つまり触手を食らった時点で、俺の人生の方が先に終了するのだ。


 そしてとうとう……


 俺の貞操は粉微塵に砕け散るのだった。



  ・ ・


  ・



『大丈夫だよクラウス! ちょっとニュルってしただけで最後まで入ってない!』


 どんな励まし方だよ!

 カスっただけだからね!

 てか半分までセーフとかそんなルールないからね!


 俺は地に張る水面をバシャバシャと音を立て、駆け抜けながらチェルノとそんなやり取りを交わしていた。

 止まるわけにはいかなかった。

 立ち止まると触手攻撃の格好の餌食となってしまう。


 しかもこの野郎……逃げ足がやたら早いのだ。

 このままでは埒があかないと、直接本体を叩くため接近を試みるも、

 ——バシャシャシャァ!!


 と音を立て水面を蹴り上げると、とんでもない勢いで走り去っていくのだ。

 くそお! むちゃくちゃ早ええ!

 てかこいつ、両足が反対に付いてんのはこの闘い方のためかよ!


「あれれえ? どうしたのかなクラウスちゃん! もしかして手も足も出ないって奴? うちもしかして勝確? 勝確なの?! ゲヒッ! ゲヒャーヒャ!」


 俺が悔しがる様がよほど可笑しいのか、ニヤリは腹を抱え気持ちの悪い笑い声を上げ始めた。

 言い返してやりたい所だが、当の俺の方は触手から逃げるのに手一杯でそれどころじゃない。


『ねえねえクラウス……そんなに大げさに触手を避けてたら何時までたっても反撃できないよ』


 んなこた言われなくてもわかってんだよ!

 打開策だ! なんとか起死回生の策を考えるんだ俺!


 水を張ったのは、水がないと触手が出せないからだよな?

 地面に穴あけて水抜くか?

 白大剣で触手ごと地面を巻き上げれば攻守を伴っていい感じに。


『バカだなクラウスは。そんな事したら建物が崩れちゃうよ? それ以前にニヤリに近づけない。……あ』


 誰がバカだ。

 まずは案を出さないと話は進まないんだぞ。

 いやそれ以前に……『あ』ってなに?


 だがそんなやり取りを続けながらの逃走劇もそろそろ終わりを告げようとしていた。


 どこまで逃げ続けていたのか覚えてないが、前方の角には土に減り込ませたかのようなブロック塀。

 この階層の外壁だ。

 部屋を仕切る石壁ならば白大剣で砕くことも出来るが外壁はダメだ。

 一緒にこのフロアも砕けてしまう。


 壁沿いに逃げるしかない。

 だが息が止まると共に、踵を返すため後方に踏み込んだ足が凍り付く。


 つい先ほどまで辺り一帯に散らばっていた、絶望的でとても粘着質な負の感覚。

 それらはもう今となっては直接背中越しに伝わらんばかりの間近な距離。

 緊張から首筋に伝う汗に、何者かの意識が集まるのを肌で感じ取る。


 ——バシャン……バシャン……


 甲冑を鳴らす音と、水を掻き分けるような音が近づいてくる。

 その歩みはとてもゆっくりだった。

 ニヤリは獲物を追い詰めたことを十分に理解していると言わんばかりに、

 そして自身の歩みに迫る絶望を演出させるために。


 ここまでか……


 俺はゆっくりと目を閉じると同時に、構えていた剣を下ろした。

 だが諦めたわけじゃない。

 諦めるわけ……ないだろ?


 そう決意を新たにカッ!っと目を開かせると、俺は振り向きざまに大剣を地面に刺した。

 もちろん両手をフリーにするためだ。

 数え切れないほどの触手の軍勢と、その背後から近づいてくる男に対し、俺はまだやれるぞと凄みを利かせる。

 そう……ケツは……


 ——我がケツの純潔だけは死んでも守りきってみせる!!


 多勢の軍勢に対し、玉砕覚悟で挑むその姿。

 若干守るべきものが勇者様と違うってだけで、鋭く放たれる覇気と纏う風格はまさに歴戦の英雄そのものだった。


 だが当のニヤリは俺の睨みにもたじろぐこともなく、程の良い距離で立ち止まると肩をすくめさせた。


「どうかした? もう鬼ごっこは終わりかな? もしかして……もしかしてぇ! ゲヒッ! ……逃げる場所……無くなっちゃったのかなあ!? ゲーヒィ! ゲーヒィ! ゲーヒィ!」


 聞かずとも獲物の退路が絶たれているのは状況を見て明らか。

 それを男はあえて言葉にすることで、精神的にも追い込みをかけようと試みる。

 圧倒的優位に笑いが堪えきれないと台詞を詰まらせながら。


 どうやらもう勝ったつもりらしい……上等だよ。

 こういう窮地こそ、勇者って奴は太々しい態度で挑むもんさ。


『クックック……』


 俺の手元から声が聞こえてくる。

 そう……開き直ると思わず笑いもこみ上げてくると言うものだ。

 良いぞもっと笑ってやれ。


『ムハハハハハハ!!』


 ……おいチェルノ。

 その笑い方だと勇者というか……魔王になってね?


「なっ、何がおかしい? ……フン! 窮鼠猫を噛むって奴を実践でもするつもりなのかな? ……ゲヒッ! ……せいぜい頑張んなよ」


 平静を装いそう言い返すも、自身の優位さにわずかに綻びを生じさせてしまうニヤリ。

 まあ当然といえば当然だろう。

 ニヤリは絶対的優位な状況から、相手をさらに精神的にも追い込んだはずなのだ。

 にも関わらず、チェルノのこの態度。

 

『クックック……おいニヤリとやら! お前はこの広範囲攻撃に自信があるようだがなぁ……それが通用するのは……』


 そんなチェルノの溜めを利かせた言動に答えるように、辺りの空気が集まってくる様な感覚に陥る。

 今ではもう軽い耳鳴りを感じるほどだ。


 気圧が……ちょ、お前一体何する気だ?


『相手がなぁ……範囲攻撃を持ってない時だけだ! ムハハハハハ!!』


「おいてめえぇ! 何しやがるつもりだ!!」


 ひいい!

 なんか俺のわからん所で話が進んでるうう!


『天井を崩さずに相手を足止め出来ればいいんでしょ? 閃いたんだ……必殺技を! ……さあ皆の者ぉ! 刮目せよ!』


 チェルノがそう話を続けると、今度は自分の体が浮き始めた。

 いや、違う……浮遊感を感じるというか、多分だが地面が1mほど沈み込んでる。

 おい……おいチェルノ!

 あんま無茶苦茶……すん……じゃ……



 —— ” 大 監 獄だいかんごく ” ——



 そう叫ぶチェルノの声は、この階層一体の大気を同時・・に震わせた。

 ディレイを感じる反響音とも違う、共振を起こした伸びる音とも違う、言うなれば距離感を失ったような叫び声。

 いつもなら懐から響くはずのチェルノの声は、何処からか響くと俺の体内を突き抜け、そしてフロア全体を駆け抜けて行った。


 ——ゴォォォン!!

 呆気にとられていた俺は、突然聞こえて来る轟音に半ば強制的に正気に戻される。

 大きな鐘が鳴るような音だ。

 その音が幾重にも連なり、その鳴り止まない鐘の音と共に、辺りの景色が彩りを失う。

 だがそれは光が閉ざされたという訳ではなく……現実に闇が広がっていた。


「何……なんだ? ……これは……」


 そう言って俺は思わず唖然とし、目の前に答えがあるにも関わらず理解できないと口にする。

 目の前に広がる景色とは、それほどまでに異常な光景だった。


 確かに見ればわかる……これは鉄格子だ。

 だが質の話は今はどうでもいい。問題なのはその量だ。

 この場所で取り込んだ数では補えないほどの異常な数の格子が視界を覆い尽くし、無限とも取れるほどに広がっていた。


『目一杯複製して全部繋いでみたんだけど……どお?』


「いや『どお?』ってお前……そんな事したら相手も動けないが、俺も身動きが取れなくなるだろうが」


 そう言って俺は手前にある一本の格子に触れてみようと試みる。

 だが俺が手を差し伸べたその格子は、触れる前に「フッ」と消えてしまう。


『先見眼の応用だよ。この監獄の中で自由に動けるのはクラウスだけ。……あぁ、後ボクの作った武器もね』


 チェルノにそう言われ、俺は手に持つ大剣を格子に翳してみた。

 「カンッ」っという音を立て弾かれるはずの大剣は、俺のそんな予想を裏切ると、重なり合う格子と何の抵抗もなくマーブル状に溶け合っている。


 大剣をわずかに動かしてみると、互いの色が鏡に写りこむ景色のように、ゆらゆらと揺らめいていた。

 ……ちょっとキモい。


『両方ともボク自身だからね……細工をする必要もないよ。……それより』


「ああ……わかってる」


 俺はそう言ってチェルノに催促される必要もなく、顎を上げると格子群のその先に目をやった。

 そこにはさっきまでの俺と同じく、呆然と立ち尽くしていたニヤリ。


 ニヤリは俺と目が合うと正気を取り戻したかのように、


「ゲッ……ゲヒャヒャ! 何をするのかと思ったら……柵出しただけで勝てるとでも? ゲーヒィ……ゲーヒィ……舐めんじゃねえぇぇ!!」


 そう言って腕を振り上げ雄叫び始めると、辺りの格子をその長い腕で薙ぎ払う。


 流石というかニヤリの威勢は伊達ではないようだ。

 攻撃を受けたその二桁を数えるほどのチェルノの鉄格子は、「どうよ?」と言わんばかりに見せつけてくるニヤリのしたり顔を残して、無残にもへし曲げられてしまう。

 ……ちょっとウザい。


 まあなぁ、俺も柵出して勝てるとは思ってないよ?

 だがな……


 俺は一度目を瞑ると、ゆっくりとニヤリに向かって歩き出した。

 カツン、カツン、という足音を響かせながら。

 そう……チェルノの召還した格子は広範囲に地面を砕き、既に一帯は水面が存在できる場所では無くなっていたのだ。

 先ほどまで地面を覆っていた大量の水は、魔力で作り出していたのか跡形もなく消え去っていた。



 自身の持つ戦術の要である触手を絶たれたニヤリ。

 それでも尚、虚勢をはる為なのか、鉄格子に向かっての攻撃を止めようとはしない。

 俺の歩みの間にも、何度も派手な音がフロア中に木霊していた。


「まあ……お前ほどの奴なら鉄格子を曲げるなんてわけないよなぁ……だが」


 そんな俺の独り言かのような小さな声にも、ニヤリは敏感に反応して柵への攻撃を止めてしまう。

 まあ奴も薄々は気づいているんだろう。

 わざわざ俺が口にする事も無いかと静寂を決め込んでいると、


『あと何万本曲げれば相手に攻撃が届くのかな?』


 チェルノがそう言って止めを差してしまった。

 しかもその気になれば柵の再生も可能らしい……酷いねこいつは。


 形勢逆転という現実をさらに言葉にされ、そして突きつけられたニヤリ。

 大きく目を見開くと、今度は逃走を図るため、背後の格子に向かって腕を振り上げる。


 半狂乱ってやつか?

 程なくして背後に立つ俺に見向きもしない様は、最早こっちを警戒しているとは思えなかった。


 そういえばこいつ「相手に痛い思いをさせるのが嫌いだ」とか言ってたよな……良い奴なのか?

 う〜む……なんか哀れに思えてきた。



『ねえねえクラウス』


「なんだ?」


『この人……なんか変な体してるよ?』


「今更かよ……初見でわかるだろ? 腕長いし足逆だし……」


『いやいや、首だよ首』


 

 ……首?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る