第3話 女騎士さんゲッツ

 数日後のある晴れた午後のこと。

 魔王・晶が城下で物見遊山していると、大きな建物の中から騎士の一団が出て来て、ぞろぞろと目の前を通り過ぎていく。


「モギナス、あれは?」

「隣国の騎士団のようですね。大使館まで新任の大使を護衛してきたものと思われます」

「大使館か……。そんなものがあるってのは、やっぱここは平和なんだな」


 戦争中に連れて来られなくて、本当に良かったと胸をなで下ろす。


 ――ん?


 んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!!!!


 あれに見ゆるは!!!!


 り、立体化したら正に、こ、こうなのか!?

 というか、現実にそんなことがあり得るのか!?


 晶は己の目を疑った。


「あ、あああ、あの、あの女の騎士は!?」

「あの者がどうかされましたか? 魔王様……」

「あ、あ、あ、あ、あのあのあのあの、お、女騎士、騎士が、ああああ、本物が、本物があああ」

「落ち着いてください、どうされました」

「ああああああああ」


 あたふたする晶をモギナスがガッチリとハグする。


「どうどうどう」


 晶の背中をパンパン叩く。


「あ―っ、離せ! 離せよモギナス! あああ……行っちゃう……行っちゃうよお……俺のぉぉぉ!」


 ますます激しく暴れ出す晶。


「ま、魔王様がご乱心ですううう!」


 ジタバタする晶。

 必死に押さえつけるモギナスと護衛の兵士。

 訝しげな表情で通り過ぎていく騎士団。


(い、いかないでええええ!!!!)


 あー……、とその場で手を伸ばし、どんどん小さくなっていく女騎士の後ろ姿を見送る晶。


「え? いま、なんと?」

「俺の嫁があ――」


 この世界に彼の嫁などいるはずもない。

 彼の嫁は、元の世界。それも、二次元にいるのだから。


 じゃあ、あの女騎士は一体?



 ☆ ☆ ☆



 晶が失意のまま王宮に戻り、自室で不貞腐れていると、数時間後モギナスがやってきた。


「魔王様、スイーツはいかがですか?」

「いらない」

「まだご機嫌直らないんですか? せっかくよいモノをお持ちしたのに……」

「そーゆー気分じゃないし」

「まあまあ、ご覧になるだけでも。こちらにお持ちなさい」


 モギナスが部屋の外に声をかけた。

 廊下の衛兵がドアを開けると、大きなワゴンに乗せられた人のようなものが現れた。


「さあ、召し上がって下さい。魔王様」

「え――――。ま、魔族は人間を喰うのか!?」


 ふふふ、と意味深な含み笑いをするモギナスに戦慄を覚える晶。

 ゴロゴロと侍女の押すワゴンが室内に入ってくる。

 晶はこの世界に来て、初めて心底後悔した。


 ――そんな、共食いだと!? いや今の俺は魔族で……でも中身は人間なんだから、やっぱ共食いで……。しかし今は和平が結ばれて、人間を喰らうなんて御法度じゃねえのか? 俺は、人間辞めないとダメなのか????


(絶対ムリ! ムリムリムリムリ! 人間の活き作りとかムリだから!)


 おいしく調理された人間なんて、今の自分には、とても正視出来はしない。

 晶は両の手で顔を覆った。


「んーッ、んーッ」


 運ばれてきたのは、声からすると女のようだ。


(え? まだ、生きてる?)


 こわごわ、顔を覆った手の隙間から向こうを覗くと――


「ちょ! な、なんで!? なに拉致ってんの!!」


 手足をワゴンに固定され、猿ぐつわをされて呻いていたその人こそ。


「あの……、お気に召されませんでしたか? 魔王様」

「そういう問題じゃねえ!」


 モギナスにそう吐き捨てると、晶はワゴンに駆け寄り、猿ぐつわをほどいた。


「大丈夫ですかッ、女騎士さん!」

「ふざけるな! さっさと解放しろ!!」

「そうだ、解放しろ!」


 城中に轟くほどの怒号を発したその女性は、つい数時間前、晶が城下で見たあの女騎士だったのだ。


 あれえ~? と首を傾げるモギナス。


「魔王様、この者のことを俺の嫁、と仰っていたではありませんか?」

「私が魔王の嫁!? 何の冗談だ!」


「いやあのその……嫁というのは……そうじゃなくて……あうう……」


 急に及び腰になる晶。


「どういう事なのだ!?」

「どういう事ですか?」


 どうもこうもない。

 こちらの世界の人間に説明して理解出来るわけがないのだから。

 いくらモギナスと彼女に詰め寄られても、彼等が納得のいく説明など……。

 彼女が二次元の嫁と瓜二つだなんて。


「陛下がこの者をご所望でしたので、急ぎ連れて参ったのですが」

「そういう話じゃなくて、いやでもそういう話でもあるし……えーっと……何と言えばいいのか……」

「一目惚れ、では?」


「あーもう、それでいいよ。うん。……そう。一目惚れです。俺は彼女に一目惚れしました。そういうことですー。でも連れて来いなんて言ってませんー。こいつが勝手にやったことですー。だからさっさと解放しなさい」


「さっさと解放しろ!」


「申し訳ございません、陛下。実はそうもいきませんで……」

「何でだよ。お前がフライングしたから悪いんでしょ」


 モギナスは、己の気配りが徒労に終わったことを悔やむように、深く深くため息をつくと、もったいつけたように話し始めた。



「――その者に、『隷属の魔法』を掛けてしまいました」

「なん……だと? この私に……隷属の魔法を掛けただと?」


 女騎士の声は震えていた。


「隷属の魔法って?」


 晶は尋ねた。


「なにぶんにも相手が人間の女ですので、いつ逃げ出すか分かりません。そこで、城下より外に出られないよう、念のため隷属の魔法を掛けたのです」

「余計なことを……」

「さらに宝具を用いて命じれば、この者は陛下のご命令に従います」


「うわああああああああッ、此の世の終わりだあああああッ!」


 彼女は絶望の叫びを上げ、ワゴンの上でジタバタしはじめた。


「とにかく、魔法を解いて彼女を解放しろよ、モギナス」

「それが……」


 そこまで言うと、モギナスは晶の傍らに近づき、耳打ちした。

(魔法を解けるのは、本物の魔王様だけなんです)


「うそおおおおお――ッ!」


 晶は頭を抱えた。

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