第2話 俺が魔王で 魔王が俺で

 久我山晶が目を覚ますと、どこかのホテルのような場所だった。

 立派な調度品に、高級そうな壁紙、カーテン……。

 まるでスイートルームだ。


「そういえば俺……高い所から突き落とされて……死んだ……はず」


 未だ混濁する意識を必死に整理する。

 えーっとえーっと……。


 ――ぎゅるるるる。


「腹、減ったな」


 腹が減るってことは……、きっと夢じゃあない。

 んー……、多分。

 おそらく。


 ……だんだん自信なくなってきた。


「お目覚めですか、魔王様」

「わっ! ……だ、誰?」


 声の主と思しき人物が、天蓋のあるベッドの脇から、いきなり現れた。

 西洋ファンタジーの神官のような格好をした、背が高くて細身の、顔色の悪い男だ。


 なにやら深くため息をつくと、にっこりと微笑みかけてきた。

 だが、第一声以降、何も語らず自分をじっと見つめている。

 きっとこちらの出方をうかがっているのだろう。 


「あ、そうだ」


 晶は急に思い出した。

 最初に会った人に渡せ、と魔王から預かった紙切れのことを。


 体をまさぐると衣服は脱がされて、パジャマのようなものを着せられていた。キョロキョロと周囲を見ると、ベッドサイドに自分の服が畳んで置いてあるのに気付いた。


 コートのポケットに手を突っ込むと、たしかにアレがあった。

 やっぱり夢じゃない。


 きっと魔王からの手紙なんだろう。チラと開いてのぞき込むと、文字らしきものが書き付けられている。


「あのー……。これ」


 おずおずと、自称魔王から預かった紙切れを目の前のもやし男に差し出すと、彼は悲しそうな顔でそれを受け取った。

 あらかたの事情を察したのかもしれない。


 泣きながら手紙を読む彼を見ていると不憫で、なんだか自分まで悲しくなってきた。そんなに年よりでもないのに、もらい泣きするクセ、治したい。


 なんとなく想像する。

 自分とこの国は、王に捨てられた。だから悲しいのだろうか、と。

 ……でも、何で?


「あのー……。俺、どうしたら……」


 もやし男はローブの袖で涙を拭うと、笑顔に戻ってこう言った。


「今日から貴方が魔王です。アキラ=クガヤマ様」


 あー……。やっぱ、そうなっちゃいますか。

 なっちゃうんですね。

 あああ……。



 ☆ ☆ ☆



 だだっ広い広間のような、巨大な食堂で食事にありついた晶は、食べながらこの世界の事情を聞かされた。広すぎて、正直おちつかない。


 何十年にも亘る、人間と魔族の戦争が昨年終わり、和平が結ばれ平和が訪れた。

 だが、戦争に明け暮れていた魔王は、ロクに戦後処理などの仕事もせず、晶のいる世界に遊びに出かけてしまった。


「ああー……。まあ、ありがちな話だな。でも、なんで俺が替え玉なのよ?」


 側近のもやし男――モギナスと名乗った男は、長いまつげを伏せると、頭を小さく振った。


「それは私にも……。たまたま、だったのでしょう。あの方は物事を深く考えるような方ではないので……」

「脳筋?」

「……ああ、そうですね。それです。ええ、その通りです。ホントにもうあの方は全くもって――――――」


 モギナスの愚痴が10分ほど続いた。


「で、俺はいつ戻れるんだ? モギナス」

「……わかりません。何せ魔族には寿命があってないようなものですから、10年なのか100年なのか……」

「なんだよそれ……」


 晶は血の気が引いた。


「貴方の国の言葉で言えば、平行世界への転移魔法というものに当たりますが、これは魔王様しか使えないのです。

 ですから、私共で晶様を元の世界にお送りすることは出来ないのでして……。

 ホントにもう、申し訳ありませんとしか……」


 本当に気の毒そうな顔で言うモギナス。


「マジかよ……。ううん……」


「魔王様の魔法では、異世界での長期間の滞在が不可能でして……。

 なにせ魔法で作った仮の体ですので、せいぜい一週間ほどしかいられません。

 そこで、異世界でも消えない体、依り代を求めて、晶様に目を付けられたのだと思われます」


「ったく、迷惑な。……じゃあ、こっちの俺は? まさか消えたりしないよな?」


「いまお使いの体は、元々魔王様のものですので、こちらにいらっしゃる限り、人の寿命を超える生を送ることが出来ます」


 あの時魔王は、楽しめと言っていたが、楽しみたかったのは自分の方だったとは。

 しかし、あの男が自分の心を垣間見て、替え玉に選んだのだとしたら。


「ふ、ふふふ、ふははは、ふはははははははは」

「晶……様?」

「ねえねえ、俺って、もしかして、こっちにいくらでもいていいわけ? どうなの? ねえねえ?」


 軽く引いてるモギナス。

 

「も、もちろん、魔王様がお戻りになるまで、いつまででも」

「戻ってきたら?」

「その時はその時で、別の体を用意するなりで善処いたしますが……」

「そっか……。ふふふ。ふふふふふ。ふはははははははははははははははは!!!!」


 ――これは、これは行幸!!!!


 三食つきで、家賃要らず、しかも城住まいなんて!!!!

 

 も ど り た く な い で し ょ !!!!


「お世話になりまーす!」

 晶はモギナスの手を両手で握り、頭を深々と下げた。

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