6-G


「まさに不幸な事件でした、か……彼も救われんな」


 都心の外れに建つ狩人協会日本支局ビルの最上階、豪勢な革の椅子に座った偉丈夫の男、竜崎宗一郎は読み終えたファイルを机に投げて失笑する。

 向かいに立つのは、そのファイルを提出した本人、金髪の白人美女、ケイト・マクレガーであった。


「下らん少年が偶然怪物と出会って起きた悲劇か。やれやれ、運命の女神とやらは本当に悪戯がお好きらしい」


 卑下した少年も同じような台詞を呟いていた事など知るよしもなく、竜崎は肩を竦めて煙草をくわえた。

 腹心の部下に火を点けさせながら、日本支局最高責任者は歪な笑みを浮かべる。


「だがこれで、七年間も私の胃を患わせた厄介事は片付いた。今日は良く眠れそうだよ」

「……ご冗談を」


 ライターを差し出した自分の手を、いやらしく握ってくる竜崎に、ケイトは努めて平静を装って告げる。

 竜崎が胃を患ったという事実は無い。そもそも、事件が終幕を迎えるのに七年間もかかったのは、彼の打算と私怨が原因なのだから。

 七年前、感染源の古参吸血鬼エルダーヴァンパイアを倒したものの、事の犯人である低級吸血鬼レッサーヴァンパイアを逃がし、ある狩人の裏切りで鳴神重工に捕獲された事件は、優秀な支局長の経歴に大きく傷を付ける事となった。

 政府と本部の双方から咎められ、決まりつつあった協会本部への栄転が露と消えた事を、この怨み深い男は決して許さず、わざわざ長い年月をかけて鳴神重工に復讐を果たしたのだ。

 鳴神が軍需目的の為に吸血鬼を手に入れた事は、かなり早い段階で狩人協会の知る所となっていた。

 狩人以外が化け物と関わる事を決して許さない協会は、だが、あえて鳴神の行動を黙認したのである。


 それは、未だ協会でも解明されていない吸血鬼化の秘密を、彼らが解いてくれればその後で奪えば良いという打算と、自分達に解明出来なかった謎が解ける筈もなく、なら大量に研究資金を浪費させてやろうという、意地の悪い復讐心が原因だった。

 結果、鳴神は竜崎の企み通り、七年の歳月と莫大な資金、そして優秀な人材と研究施設を失い、さらに国からも疎まれる事となった。

 東ヶ谷村大火災――原因不明の火災により、村一つと周辺の山が焦土と化した未曾有の大災害。

 そう名付けられた事件が、本当は怪物の仕業であり、その怪物を匿って研究し、逃がして事件を引き起こしたのが鳴神重工である事を、政府は当然知っている。

 何故なら、協会がそれを知らせたのだから。事件の引き金を引いたのが、自分達だとは隠して。

 村人七十四名をも死なせてしまった鳴神重工に対し、政府は資金援助を断つという制裁を加え、ここに竜崎の復讐は完成した。


「ふっ、協会に盾突くからこういう事になる」


 竜崎は己の思惑通りに事が進み、満面の笑みを浮かべた。


「世の人間が怪物に触れてはならないのだ。そう、狩人われわれ以外はな」


 人外かいぶつの存在を世に明かさぬ事――その掟は転じて、狩人以外が怪物と関わる事を禁じる傲慢な制約であり、それこそが狩人協会を守る剣である。

 協会は常識から外れた怪物を狩り滅ぼす反面、自分達に従う者ならば貪欲にそれを仲間に迎えていた。

 それは柘榴のようなオーガであり、又は超能力者や魔術師であり、獣人ライカンスロープや吸血鬼でさえ例外ではない。

 毒を以て毒を制す、怪物の相手は怪物に任せる。

 実に効率的で合理的な妙案であったが、真意はもっと別の所にあった。

 人智を超えた力を持ち、数の論理を覆す切り札たる化け物達イレギュラーズ

 それこそが、十万に満たぬ小組織を不可侵たらしめているのだ。


 繰り返しになるが、狩人協会は一国の軍隊にも及ばぬ手勢であり、さらに存在を危険視されている組織である。

 なのに今日まで排除される事なく存続してきたのは、怪物以外の件に手を出さないという盾のお陰であり、怪物を使役するという恐怖の剣のお陰であったのだ。

 一国が本気になれば潰せる組織。だがそれは、協会という集団を壊せるだけであって、そこに居る異能者まで駆逐出来る訳ではない。

 そして、たった一人の異能者を逃せば、それだけで一国が転覆する可能性もあるのだ。

 考えてみて欲しい。数千万、数億という人口の国であろうと、それを動かしているのは極一部の権力者にすぎない事を。

 そして、その権力者達が皆殺しにされたらどうなるかという事を。

 無論、そんな夢物語が実現すると考える者は居ないだろう。

 国家の重臣ともなれば、蟻の子一匹通さぬ警護が施されて、そうそう暗殺など出来る訳がないのは当然。

 だが、それはあくまで常識の話。夢物語そのものである、化け物達には無縁の理。


 犬が人間に変身して銃で襲ってくるのを、警戒している護衛は居るだろうか?

 密室で不可解な死を遂げた者を、超能力のせいだと推理する警察は居るだろうか?

 住民全員が吸血鬼によって屍鬼グールとされ、それに発砲する覚悟が決まっている警官や軍人は居るだろうか?

 所詮全ては仮定に過ぎない、けれど起きる可能性は有る悪夢。

 それを現実にしない為なら、多額の協力金を払わされ、国民の幾人かが犠牲にされようと、腫れ物には触らず放置しておくのが無難――そう思わせるだけの恐怖こそが、狩人協会を繁栄させてきたのだ。

 つまり狩人協会とは、怪物を狩るか仲間に引き込み、その異能を独占する事で存続してきた、ただそれだけの暴力機関に過ぎないのである。

 人々の幸せを守るなんて青臭い正義を信じているのは極一部。

 ほとんどは自己の富と権力を守る事だけに固執する、ただの利益追求人達。

 その本質は、そこら辺の営利会社と何ら変わりはしない。

 夢も正義も無い、欲に薄汚れたありきたりな組織。

 その中にあってなお、純粋に信念を貫こうとする男の事を思い出し、ケイトは口を開く。


「柘榴はどうしました?」


 出したのは何の感情もない声の筈だったが、その名前を聞いただけで、竜崎の顔は不機嫌になる。


「どうもせんよ。報酬と共に長期休暇を与えたからな、今は実家で家族とくつろいでいるだろうさ」


 自分の愛人が他の男の名を口にする事さえ、不快だと顔を歪める竜崎に、ケイトは「小さい男」と侮蔑を内心に隠して軽く頷いて見せる。

 多発していた怪物の事件も沈静化した今、吸血鬼という大物を三体も倒した柘榴は、億に届く報酬を相棒と山分けし、慰安と称して里帰りをしていた。

 それ自体にはケイトも問題を感じてはいない、ただ――


「彼は、狩人を辞めるかもしれませんよ?」


 復讐の為に猟師となり、それが果たされた今日までを見届け、お膳立てさえしたケイトには、それが当然の帰結に思えた。

 柘榴はその外見と異能力に反し、中身は未成熟な少年のようである。

 それが、人と触れ合う事が少なかった特殊な生い立ちのせいなのか、生まれ付きのせいなのかは分からない。

 ただ、普段は強がって隠していた赤銅の仮面の下で、どれだけ彼が苦しみ続けてきたのかは、相棒として長い時を共に過ごしたケイトが一番良く知っていた。

 闇の世界には向いていない傷だらけの少年。だから辞める、辞めさせたい。

 そんな想いが僅かに漏れた問いを、だが竜崎は冷たく切り捨てる。


「心配ない、彼は続けるさ。彼の家族が生きている限りはね」

「……そうですね」


 言外に彼の家族を人質に取り、決して脱会を許さぬと告げる竜崎に、ケイトは分かっていても失望を感じずにはいられなかった。

 他の秘密組織同様、狩人協会も機密保持の為に、辞職はそう簡単に許されない。

 老いや怪我で辞めざるを得なくなっても、死ぬまで監視と行動報告の義務は付いて回る。

 それが影の世界に足を踏み込んだ者の宿命であり、月光の下で死ぬ事が定められた狩人の運命だった。

 協会の裏と表に精通し、それを誰よりも理解しているケイトであったが、傷付き続ける柘榴の姿を思うと、凍り付いた胸が僅かに軋むのを感じずにはいられない。

 だが、そんな内情を悟られるのは不本意と、彼女は話題を赤銅の鬼からその相棒に変える。


「それで局長、あの子はどうするのですか?」


 ケイトが尋ねたのは、柘榴の相棒であり、その驚異的な能力が露見した少女――U・Dの事である。


「まさか『不死の子供イモータル・チャイルド』が実在するなんて、私は未だに信じられません……」


 冷淡な顔に珍しく困惑を浮かべ、ケイトは自らの目で見た物を疑った。

 狩人協会が米国との取引で手に入れた、専用の監視衛星『AR―4』が捉えた、あの夜に起きた一つの奇跡。

 夜であり雲も出ていた為、若干映像が不鮮明なものの、明らかな異常を撮した動画。

 それは、頭部を撃ち抜かれてなお再生した、ありえない現象を起こした少女の姿だった。

 不死の子供イモータル・チャイルド――常識から逸脱した怪物と対峙する狩人達でさえ、本気で信じてはいないが、二百年以上前から伝わる口承フォークロア

 それが実在した証拠を見せられても、なお現実主義者のケイトは認められずにいた。


「不老ならまだしも不死だなんて、そんな夢物語は科学にも物理にも反する存在です」


 そう戸惑うケイトに、竜崎は嘲笑を浮かべながらも頷いて見せた。

 人類にとって永遠の夢である不老不死。その内『不老』の方は既に実現している。

 吸血鬼化がそれであるし、そもそも科学が今より少し発展し、遺伝子から老化を起こす自殺機能アポトーシスを排除する事に成功すれば、人は自らの手で寿命の鎖を断ち切れるだろう。

 だが不死は、『何をやっても死なない』という妄想は、肉の身を持つ者には到達できる筈がないのだ。

 宇宙が開闢して以来、どんな生物だろうと物質だろうと、それこそ星や銀河や宇宙自体であろうとも、いつかは死ぬ事が決められている。

 それは神さえ歪められぬ絶対の法則。なのに、竜崎達協会の上層部はU・Dの不死性を信じ、その力を手に入れようと画策していた。

 ケイトに馬鹿馬鹿しいと吐き捨てられ、だが当の竜崎は不敵に口を吊り上げる。


「確かにな、彼女も完全な不死では無いのかもしれん。だが、地球に現存する生物の中で、最も限りなく不死に近い事は確かだ」


 そう言って、竜崎は手元のノートパソコンを操作してあるファイルを読み上げた。


「1945年8月6日の広島県。そこで何が起きたかは、君も良く知っているだろう?」


 竜崎が告げた月日と場所の意味は、この国で生まれた者ならば誰もが知っている事だった。

 世界で初めて原子爆弾が投下され、十万を超える市民が虐殺された、歴史から消してはならない人類の大罪。

 それがどうして今話題に上がるのかと首を傾げるケイトに、竜崎は愉快に笑って告げた。


「彼女はあの時あの場所で、ドームの下に居たそうだよ?」


 ドーム――元は広島県産業奨励館であり、原爆の直下にあって唯一原型を留めた建物として、永久保存とされている焼け焦げたドーム。

 その下に居たという事は、六千度に達する原子爆弾の直撃を浴び、骨も残らず蒸発したという事を意味する。

 壁に影だけを残して消滅した人間の写真を思い出し、文字通り塵も残さない人類最大の破壊兵器の威力を想像し、その下で無傷の少女も連想して、ケイトは激情に駆られて叫んでいた。


「馬鹿なっ!? そんな無からさえ再生するなんて話、嘘に決まっていますっ!」


 科学も物理も無視したその与太話に、ケイトは悲鳴にも近い声を上げるが、竜崎はやはり可笑しそうに笑うのだった。


「あの混乱していた時期の事だ、協会も噂の真偽を確かめる暇は無かったから、本当に観測者の虚れ言なのかもしれん……だが、一つ面白い証拠がある」


 そう言って、竜崎が机の引き出しから取り出したのは一枚の写真。

 白黒で黄ばんでおり、相当の年月を感じさせるそれを受け取り、ケイトは中に映った人物を見て絶句した。

 何処かの屋敷で撮られた写真に映る人物は二人。

 一人はどこか竜崎に似た老年の紳士、そしてもう一人は、着物を着付けて髪を結い、格好はまるで違うが、背丈や顔立ちがまるで変わらないあの少女。


「私の曾祖父であり狩人協会日本支局、初代局長である竜崎冬彦りゅうざきふゆひこが、面白い少女と出会った記念に撮ったものだそうだ。少女の名前はゆう、当時のU・D君だよ」


 澄ました顔を浮かべる写真の少女。それは間違いなく、ケイトも良く知るU・Dの顔だった。

 写真の合成や他人の空似を信じたい彼女に、竜崎は淡々と告げる。


「これで広島に居たと実証された訳ではない。だが、あの時期に彼女は日本におり、今と変わらぬ姿で私の曾祖父と出会っていた事は、紛れもない事実だ」


 そう断言する竜崎に、ケイトはもう返す言葉が無かった。

 写真の真偽も、彼女の不死性も、まだ完全に納得出来るだけの証拠が揃った訳ではない。

 だが、現実主義者としての側面ではなく、異常な世界を渡り歩いて来た狩人としての直感が、彼女にこれが疑いようの無い真実だと答えてしまったのだ。

 呆然とし、だが現実を受け入れた部下に、支局長は写真を仕舞いながら言う。


「理解したかね? これが私達が彼女を引き入れた理由だが、それだけではない」


 不老不死の異能だけでなく、他にもまだ?――そう驚きを浮かべたケイトに、竜崎は勿体付けて語る。


「彼女が此処に訪れた時、私はある賭けをした。狩人の仲間になりたいと言うのでね、サイコロを振り合い、出た目が私より大きかったら入局を許可しようと提案したのだよ」


 竜崎はその時に使った六個のサイコロを出し、実際に振って見せた。

 3、1、6、2、2、5、出た目は実に平均的な値を出す。

 それを面白くもなく回収すると、竜崎はケイトに問う。


「私の目はあの時も同じような物だった、だが彼女の目は――想像は付いているだろう?」

「全て6ですか」


 もはや驚きもなく答えるケイトに、竜崎は満足して頷く。

 六個のサイコロを振って全て6の目が出る確率は、6の6乗=46656分の1。

 宝くじを当てるよりはマシだが、決して一発で出せる安い幸運でもない。

 それが何を意味するのか測りかねる部下に、局長は少女の言葉を聞かせる。


「彼女が言うには、『ここぞという時には、もの凄い幸運に恵まれる』らしい。狙って引き当てる事は出来ないが、運命的な奇跡・・・・・・には良く出会うとね」


 そう告げられてもなお、ケイトには事の真意が読めなかった。

 竜崎は部下の察しの悪さに侮蔑の視線を向けながらも、丁寧に説明を始める。


「考えてもみたまえ。協会が確認しているだけでも、彼女は二五〇年以上も前から存命し、不老不死である事以外はただの子供に過ぎないのに、フラフラと自由気ままに生き延びて来たのだぞ? 協会も、各国の機関も、他の秘密結社も、喉から手が出るほど欲しい不死能力者でありながら、その捕獲の手を見事にかいくぐり、鬼と出会うまでは誰にも縛られなかったその事実。それこそが奇跡だと思わないのかね?」


 そう示唆され、ケイトはようやく事の重大さを思い知った。

 今回の鳴神重工を例に挙げるまでもなく、協会に反目してでも異能者を手に入れようとする者達は多い。

 そして自らの存続を守る為に、協会自身も全力で異能者を手に入れようと動いている。

 あらゆる組織が網を張りながら、それから逃れ続けた少女。しかも――


「勿論、彼女は何もしていない。本当に奇跡的な幸運だけで魔手を逃れてきたのだ。何度か捕らえられた事もあるが、それも目を疑う幸運で脱出している」


 そう言って、竜崎はパソコンの画面に極秘資料を引き出した。

 局長クラスしか閲覧出来ないそれは、ずばり『Immortal・Child』と題された資料。

 それにはU・Dの写真が幾つも載っていながら、詳細な記述は何も無い。

 ただ、幾つかの機関から脱走した経歴だけが書かれている。

 狩人協会を初め、米国国防総省ペンタゴン英国警視庁スコットランド・ヤード、マフィアや薔薇十字団ローゼン・クロイツなどというそうそうたる名前が連なる中、逃亡された理由については実にお粗末な記述だった。


 事故による停電、監視員の不注意、交通事故に巻き込まれ見失う、受刑者の暴動が偶然起きてその際に脱走……。

 子供の言い訳かと疑いたくなるような、何とも都合のいい真相だけが並んでいる。

 無論、他の組織で起きた事件の実態を、協会も全て知り尽くしている訳ではない。

 だが、自分達狩人の手で捕らえた数件でさえも、U・Dは不可解すぎる幸運に恵まれて逃げ切っているのだ。

 ここまでくればもう偶然とは言えない、目には見えないが明確な実力だ。


「神の御手を授かりし者、運命を操るピエロ――本部の老人達が言う世迷い言も、あながち間違いではないのかもしれんな」


 そう苦笑を漏らす竜崎に、ケイトはやはり何も言えずにいた。


(U・Dという少女が不老不死なのは認めよう。幸運の女神に愛された特別な存在である事も認めよう。だが何故?)


 そう、何故。理由が分からないという事が、ケイトが納得出来ない一番の理由だった。

 不老不死なのに小さな子供にすぎず、だが不思議な幸運で誰にも縛られずに長年生きてきた少女。

 それが何故、柘榴を選んだのか?

 それこそが分からず、ケイトは俯いて床を凝視した。

 嫉妬とも取れる感情を浮かべる愛人に、支局長は不快を隠しながら告げる。


「ともかく、これで納得はいったろう? どんな気紛れで逃げれられるとも限らん以上、我々は彼女の好きにさせるしかないのさ」


 ケイトとのコンビを解消させてまで、素人のU・Dを柘榴と組ませた事。

 手中に収めながらも、自らの手で殺す事はせず、死地に追い込むという消極的な手段で不死の確認を行った事。

 それら不可解な処置は全て、原因不明な幸運という異能力のせいだったのだ。

 ある意味『オーガ』などよりも余程厄介な『不死の子供イモータル・チャイルド』に、竜崎も協会の本部も、未だ処遇を決めかねている。


「老人達は採決を急ぐと言っていたが、下手をすれば何年掛かるか分からん。それまでは現状を維持し、子守は鬼に任せる事とする」


 柘榴とのコンビを継続。それはケイトと彼を組ませないという、竜崎の私怨も混じった決定であった。


三人組トリオも面白いと思ったのだけど、これでは無理ね……)


 嫉妬深い上司に怒りを通り越して呆れ、ケイトは未練を顔に出さず、一度だけ敬礼して出口へと向かった。

 その背に、竜崎の嘲り混じりの問いが飛ぶ。


「ところでケイト、七年前も事件を調べていた君の事だ、君の父上を殺したのが私である事も、とっくに気付いていたのだろう?」


 ケイトの父――それは七年前に吸血鬼を鳴神に売り、掟を破った為に処分された一人の狩人でもあった。

 自分の経歴に泥を塗った張本人とも言えるその男を、竜崎は自らの手で拷問の末に殺しており、その事は当然ケイトも知っていた。だが――


「それが何か? 私はあの人を父と思った事はありませんから、別に局長をお恨みしてはいませんが」


 平然と答えるケイトの言葉に、嘘は一つも無い。

 彼女を狩人協会という闇に引きずり込み、女諜報員に必須の性技能を教える為と、実の娘にさえ手を掛けた獣を、ケイトは本当に肉親とも何とも思っていなかったのだ。

 憎悪の極地である無関心を以て、忘却の淵に追い込んだ男の存在を出され、金髪の女狩人は月下の様に影を帯びる。

 殺意さえ潜ませたその鋭利な表情に、竜崎は悪びれるでもなく手を振ると、退出するように促した。

 ケイトもそれ以上は何も言わず、黙って日本支局最高責任者の部屋を後にする。

 竜崎は去った愛人を追う事はなく、椅子に深く腰掛けると、煙草をくわえながらもう一度古い写真に目を向けた。


「さて、どうなるかな?」


 愉快に歪な笑みを浮かべ、煙草に火を点け紫煙を吐いた。




        【完】

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