王道BLゲームの悪役親衛隊隊長に転生したんだけどさ

るし

エンディング

「お前が……好きなんだ……」


「ぼ、僕も君のことが……」


 秋も深まり始める季節。

 爽やかな風が落ち葉を舞い上げる。

 ひと気のない校舎裏。抱き合う2つの影。

 そして少し離れた木の陰から、滂沱の涙を流しているのは――俺だったりする。






『マジカル学園にようこそ☆』って、ゲームを知ってるだろうか。

 王道魔法学園を舞台にしたBLゲームなんだけど、腐女子腐男子の間じゃ、そこそこ評判が良かったパッケージだ。


 王道学園ものも魔法学園というファンタジーものも大好物だし、それがBLとなるとハマるしかないね!

 なんせ腐男子歴十年の俺が神ゲーだと太鼓判を押すんだから、間違いないんだぜ! もっとも、腐男子仲間の反応は微妙だったけどさ!

 良いんだい! 俺的神ゲーなんだからっ!


 グラフィックしかり、ボイスしかり、ストーリーだって俺好みバッチリで、もちろんストーリーもスチルもフルコンポ済み。なにより良かったのが、キャラをクリアした後別のキャラをクリアすると、オマケとしてクリアしたキャラ同士の後日談なBLストーリーが見れるというものだ。俺の一押しはなにかというと、ツンデレ溺愛風紀委員長×俺様生徒会長だ。え? 聞いてない?


 まぁそんなわけで、そのゲームの追加ディスクが出ると聞いて、ワクテカで予約して、発売日に受け取った帰り道。そこから先の記憶がすっぱりない。

 どうやら事故かなにかに巻き込まれて死んだらしい。

 なんでそう思うかというと、次の記憶が始まるのが、全く別人だったからだ。

 どこかというと、食堂イベントの生徒会長と王道転校生のキスシーンてやつ。それ見た瞬間、前世の記憶がずどどどど~っと。

 ゲーム始まってるじゃん! 思い出すの遅いよ俺っ。


 話しに良くある転生なのか、元々ある人物を乗っ取った成り代わりなのかは判らない。後者の場合、今俺の意識がある身体の持ち主が、元の俺の身体に入れ替わって入ってるのかもしれないが、元の身体の持ち主の記憶していたことや行動、思考パターンが解るので、転生の可能性の方が高い。

 で、なにかと言うと、どうやらこの生まれ変わった世界は、前世俺が好きだったそのBLゲームの世界らしいってこと。

 前世の家族ともう会えないのは悲しいが、大好きなゲーム世界、生BL見放題、きゃっほぃって、奴だ。


 え? 俺がどのキャラに生まれ変わったかって?

 内緒だ! いいじゃん、言いたくないんだよ!

 言っとくが主人公じゃないぞ。むしろ主人公とかごめんだし。俺腐男子だけど、性的指向はノーマルなので、恋人は可愛い女の子がよいのです。

 あ、主人公はこの魔法学園に転校して来たという設定で、転校してきた一年生の五月から学園祭当日までの半年間がゲームの舞台になる。

 そしてその主人公が、感激の涙を流しつつ、鼻から別のものも垂れそうになってる俺が見てる二人の内片方だ。そう、俺は脇役に転生したのである。おっと、ハンカチハンカチ。


 ええと、話しの流れ的にやっぱり言わないとダメか。あんま言いたくないんだが、俺が転生したのは生徒会長の親衛隊の隊長だ。

 主人公を虐める、いわゆる悪役。生徒会長ルートでは、会長の事が好きで、主人公に嫉妬して親衛隊を使って制裁しようとして、会長にバレて逆に粛清されてしまう破滅キャラ。

 もちろんそんなのゴメンなので、俺は記憶が戻ってからは、ひたすら地位回復とフラグ回避に努めた。

 生徒会長×主人公のフラグ建ても頑張った。ついでに風紀委員長×生徒会長も建たないかなと期待したんだが、こちらはケンもほろろだったさ。いいじゃんか、ケンカっぷる。萌えねぇ?

 とまれ、王道主人公くんは、転校以来、攻略キャラに当たる生徒会、風紀委員会、一匹狼くんに爽やかくんホスト教師と、次々虜にしていき、そうして迎えたエンディングに当たるのが今というわけだ。感無量の涙も流そうというものである。


 王道転校生のトレードマークのモジャカツラとグルグルメガネを取り去った主人公は、金髪碧眼の美少年である。そして相手は……あれ?


「会長……、じゃない?」


「呼んだか?」


 のしっ。突然頭の上から重量が掛かる。


  あれ?


「……会長、なぜここに?」


 てっきり視界の向こうに居ると思っていた人がここに居る事実に慄いた。


「居ちゃ悪いか?」


 悪いというか、ここ、人が早々来るような場所じゃないし。カップルのイチャつき現場を見るために、チェックしている俺の穴場だし。

 王道学園だし、男子校だしBL率がとても高いんだよな。オマケにBLゲーム世界だからか、ウォッチングには事欠かない。天国はこんなとこにあったんや。


「学祭終わって生徒会室に戻ろうとしたら、浮き浮きした顔のお前が歩いてるのが見えたから」


 興味を持って着けてきたと。


 遂にエンディングだと、油断してたのは認めよう。まさか会長が着けて来てたなんて。

 馬鹿馬鹿っ、俺の馬鹿っ。

 よりによって一番バレたくない相手に知られるとか。

 そんでもって、ニヨニヨしてただろう顔を見られたとかっ。


「なんだ、あいつ、やっと告ったのか」


 俺肘掛けは具合が良いのか、唸る俺の上で会長が呟く。上って言っても性的な意味じゃないよ! てか、体重掛けてくんなよどけよ重いじゃねぇか。頭押さえつけるとか、これ以上背が縮んだらどうしてくれる。

 抗議のオーラでも出ていたのか、漸く頭から重みが消えた。どうやら彼が主人公の事を好きなのは、会長も知っていたらしい。


 それはいい、いいんだが。


「……あ、あの、会長」


「なんだ?」


「顔が……なんだか、近いです」


「そうか?」


 やっとどかされた腕の重みで痛む頭を撫でつつ、身長差があるのでどうしても見上げる形になってしまう会長の顔を見上げ、身を屈めているのか、余りに近い距離にぎょっとする。俺の視線のすぐ横に会長の口元があるんだよ。


「気のせいだろ」


「そ、そうですか?」


 あっさり、返されたけど身長差三十cmあるんだぜ、絶対気のせいじゃ、ない。


 手持ち無沙汰になったのか、外された手はゆっくりと、下にいる俺の身体を囲うように伸びてきた。こいつ、パーソナルスペース、近くね?

 セフレ一杯モテモテの会長キャラのせいか。べ、別に羨ましくなんか、ないんだからねっ。

 男にモテても嬉しくねぇし。

 そんな俺の思考に気づいていないのか、会長はちょうど、俺の腹の辺りで腕を組むと、絶賛盛り上がり中のカップルに視線を遣る。


「まぁ、これでお前も思い残す事はないな」


 あっさりそう言う。

 そうだな。思っていたのとは違うものの、無事エンディングを迎え、ファンとしては大満足である。色々あったが主人公には幸せになってもらいたいものだ。思わず頷いた俺に会長は笑いかけてきた。

 爽やかなというより、人の悪い、チェシャ猫のような、我が事得たりといった満足げな嗤い。美形なだけになかなかの迫力だ。あれ、なにかが引っ掛かるぞ。


 思い残す事と、会長は言った。


 どうして俺が王道くんウォッチングしてた事を知ってるんだ?


「お前、あんだけ顔に出てて、なんでバレてないと思うんだよ」


 呆れた声。ですよね~。


 隠してたつもりはあるのだが、結構堂々と萌え萌え言ってた自覚はあるので、言い返せない。つい独り言いっちゃうんだよ!

 ちぇ、知ってたのならちっとくらい、サービスして風紀委員長と絡んでくれたら良かったのによ。


 黙り込んだ俺に、会長はなにを思ったのだろう、囲った腕に力が篭った。

 そしてうっとりと、自分の腕の中に閉じ込めた俺の耳元で囁く。溺れてしまいそうな、毒を含んだ甘いバリトンボイス。


「じゃぁ、初めて位は選ばせてやるよ。お前の部屋、俺の部屋、保健室、どっかの空き教室。どれがいい?」


 はい?


 今まさに脳内で風紀委員長×生徒会長の世界を繰り広げようとしていた俺は、その言葉に一瞬身体ごとフリーズした。


「……ち、ちょっと待て。なんだよそれは」


「なにって、決まってんだろ」


 振り返り上目遣いに見上げた俺を見下ろす瞳に剣呑なものが混じっているのに、漸く気づく。あれ? おかしいな。なぜなんだ。なんてこった。まさかだけど、こりゃ緊急警報じゃね? エマージェンシーだ。

 どこでそんなフラグが建ってた?


「か、会長は転校生くんが好きなんじゃ、なかったのかよ」


 そうでないなら、風紀委員長にしといてくださいおねがいします。せめたいならこのさいぎゃくでもいいです。それのほうがうれしいです。おもにおれが。


 混乱したせいか、思わず地が出てしまい、会長が不思議そうな表情をしたが、それどころじゃねぇ。


「俺が好きなのはお前だが?」


 気づいてなかったのかと問われる。


 なかったよ!


 知ってたら全力でフラグ折ってたよ!


「なら、今気づいただろ」


 過去知らなかったとか、些細な事。

 充分待ったんだと、弓形の形の良い唇から伸びた赤い舌が、俺の唇を舐め上げる。


「お前は俺の親衛隊の隊長だろ?」


 俺のものをモノにしてなにが悪い?


 吐息混じりに耳朶をやんわりと食まれて、ぞくりと背中に震えが走る。


 いや、悪いから! それは設定であって、俺の意思じゃないから!

 少なくとも今世の血迷ってた俺のせいで、記憶の戻った今の俺は違うからっ。ほらっ、中二病ってやつ。若き日の過ちだ。

 そうだよ、そもそももっと昔に記憶が戻ってたら、こいつの親衛隊なんかに入らなかったし!

 確かに主人公のエンディング後に攻略キャラ同士のBL展開があったさ。でも親衛隊隊長は攻略キャラじゃないから、完全油断してた。

 こんな事ならとっとと除隊しときゃ、良かった。間近で見れる王道展開より我が身の方が大事だ。


「それとも、ここが良いのか。大胆な奴だな」


「いや、良くないよ!」


 黙り込んだ俺に会長はそんな提案をしてくる。どれにしようか迷ってるわけじゃねぇから選択肢増やさないで!

 どれも嫌だが、屋外とか問題外だ。


 暴れ始める俺の身体をいとも容易く抑え込む強い腕と広い胸板。口元には楽しげな笑みすら浮かべて。

 解ってんだろ、俺が全力でお断りしてんの。


「これ以上、ちんたらしてらんねぇよ。お前周りタラシ過ぎ。とりあえず俺のだって印つけとかねぇと安心出来ねぇ」


「……っ!」


 がぶりと、首筋噛まれたよ! 痛いよ! なにわけの解んない事言ってるのこの人。


 会長は絶対これ血が出てるだろう首筋を舌でぺろぺろと舐めている。甘いとか言ってるけど、血が甘いわけがねぇだろ。


 くそう、俺だって前世じゃそこらの奴に力だってケンカだって負けなんかなかったのに。このチビでひ弱な親衛隊隊長の身体じゃ、高身長高スペックに加え、恐らく攻略キャラ補正の着いてるだろうこいつに太刀打ち出来ねぇのかよ!

 転生前なら絶対負けないのに。

 俺の身長は親衛隊のチワワサイズで女子と比べても結構チビだ。容姿も前世は厳ついにーちゃんだったのが、女顔でいかにもひ弱い。親衛隊ってキャラのせいだろうか。差別だ贔屓だ!


 傷口舐めて満足したのか、顔を上げた会長をキッと睨みつけた。

 一矢報いてやらんと気が済まねぇ。

 だが俺の繰り出す拳を、会長は猫パンチ並みに楽しげに捉えると、身を屈めて噛み付くように口付けをしてきた。ぎゃぁぁ。


「……んっ、……ふ」


 口の中に広がる多分俺の血だろう、鈍い鉄分の味。全然甘くないじゃねぇか。絡められる舌に力が抜けて、やがて抱きしめられるまま、会長へと身を委ねる。零れる涙は生理的なものだけじゃない。

 ほろほろ零れる涙を唇で拭うと、会長は俺の膝裏に腕を入れて抱き上げた。会長がお姫さまだっことか、嬉しいんだけど、相手が俺だと恐怖でしかないよ!


 こういうのは遠くから見てニヨるから良いんだよ。むしろ誰か代われ王道主人公くんとか!

 思い出してそちらに目を向けると、幸せカップルはどこかに行ったらしい。学祭終了後はキャンプファイヤーするとかなってたから、広場の方だろう。二人で踊るのか踊るんだろう、俺にも見せろ。

 現実逃避だよ解ってるよこのやろう。

 身の危険を知らせる予感が最大限の警鐘を鳴らすが、身体に力が入らない。会長はそんな俺を満足そうに見下ろすと、鼻歌交じりで歩き出した。行き先は俺の部屋か会長の部屋か保健室か、それともどこかの空き教室か。想像しただけで、気が遠くなっちまう。頑張れ俺! このままじゃ美味しく戴かれちまうぞ。


 BLは大好きだけど!  腐男子受けも好物だけどっ! 平凡腐男子受けハァハァとか言っちゃうけど!

 どうか俺以外でお願いします! 本当に! 切実にっ! 誰か助けてくれぇ!






 ちなみに初めては星が綺麗で海の見えるホテルのスイートルームがよいと駄々をこね、その日はなんとか事を収めた。もちろんお金持ちの会長には容易く、近い内に再び身の危険に陥いるんだけど、良いんだ! とりあえず刹那的でもなんでも、今ここから逃げられるんなら!

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