密かに染まる恋色



「うん!完璧じゃん〜」



右手にバレーボールを持った白河は詩春に笑いかける。



「白河さんのおかげです!」



嬉しそうに微笑む詩春。その様子を見た白河はベンチを指さした。



「これで特訓は終わり〜。あとは本番で頑張るだけ。最後に休憩がてらお話しようか」



その言葉に裏庭のベンチに座る。



「今日は藤永来れなくて残念だね?」

「そうですね。でも何か用事があると聞いているので仕方ないですよ!」

「まぁねー」



そうなのだ。今日は用事があると言って帰ってしまった藤永が不参加の為、詩春は白河と二人きりで最後の練習に取り組んだのだ。



————————————————



数時間前、



『俺が出られないのが本当に無念で仕方ありません…』



深刻そうな面持ちの藤永。



『確かに残念ではありますがそんなにお気になさらないで下さい』



それに対し心配そうな顔をして慰めるのは詩春だ。そしてそんな詩春の肩をやんわりと抱いているのは藤永をこんなにも心配に追いやっている白河。



『えー、何でそんな信用ないの?

オレって結構頼りになるよ〜』



そう言うと『ね〜?』と詩春の顔を覗き込む。



『そういうところが信用ならないんだよ!』



ベリッと二人を剥がすと、詩春に向き直る。



『何かあったら絶対に言って下さいね』

『……?はい』



頭の上にクエスチョンマークを浮かべる詩春をよそに必死な剣幕で畳み掛ける藤永。



『もういいから行きなよー。時間になるよー?』



それを呆れたように見ながら文句を言う白河。この構図は安定のものだろう。



『気をつけて下さいよー!』



藤永の声が遠くなるのを聞き届けると、二人は練習を始めたのだった。



————————————————



「……で、どう?」



横でグダーッとしている白河がボールを掲げて詩春に疑問を投げかける。



「お二人のおかげで頑張れそうです!」



すぐさま頭を下げる詩春に、



「そんなに何度もお礼言わないでいいよー」



気の抜けた声で返す白河。



「ですがあれだけお世話になったんですからお礼はしっかりさせて下さい!」



そう真面目そうに言う詩春に、白河は大きく伸びをしながら笑った。



「じゃあさ、お礼にオレのお願い聞いてくれない?」



なんとも怪しげに笑っている白河なのだが詩春が気が付くわけもない。



「はい!私で出来ることなら是非!」



案の定といった答えに白河は満足そうに微笑むと、



「オレのこと呼び捨てで呼んで?」



詩春を見つめた。



「勿論、名前ね?」



と付け加えた白河に、



「…………」



長い沈黙が流れたあと、魂を取り戻した詩春が慌てたように騒いだ。



「そ、それは流石に!し、つれいですし…」

「オレが呼んで欲しいの♡」



目が泳ぐ詩春を物ともせず強引に迫る白河。いつもなら制す藤永がいない為やりたい放題だ。



「ほーら、呼んでみて?」



そう言われながら顔を覗き込まれる。



「呼ばないと……」



そのままじわじわと近づいていく白河と逃げ場のない詩春。



「……このまま」



そう言った白河との距離がゼロになりかけた瞬間、詩春は今まで閉ざしていた口を小さく開いた。



「……す、ばる………さん」



本当に蚊の鳴くような声で絞り出した詩春だったが、



「……飲み物!買ってきますね!」



すぐさまその場を逃げ出した。



「ますま…す……ちゃ…じゃん」



そんな詩春に小さく呟いた白河の言葉は届くことはなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢色の恋に出逢う くるみ @yume_koi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ