出会いと放課後

 放課後になり、帰宅する生徒や部活に勤しむ生徒で外はにぎやかになる。

 音楽科の生徒はというと、練習室で自主練する生徒や通っている音楽スクールに向かうために下校する生徒で大体わかれる。

 俺はどちらにも当てはまり、今日はスクールが休みのため、練習室で自主練する流れとなった。

 学生生活での音楽に対してモチベーションが低い俺がスクールやら放課後の自主練が苦行であるかというとそうでももない。

 これは音楽科に通う生徒なら誰もが習慣となっているあたりまえみたいなものかもしれない。

 俺の場合は、幼少期から「ピアノを弾かないなら学校に行かせないわよ」と朝から母親にどやされてしぶしぶ弾いていた習慣から自然にピアノとの距離が縮まっていたのかもしれない。

 そんな習慣の中で、朝の一時間やピアノスクールでのレッスンよりも、放課後の自主練が一番自由にピアノと向き合える特別な時間に感じられた。

 俺はいつも通りに個室の練習室へ入り、ピアノの前に座り、鍵盤に触れる。

 弾く曲はこれまでに自分がコンクールやスクールの季節イベントで弾いた曲と様々で、自然と指が音を奏でる。

 どんな曲を弾こうと誰も気にしないし、気に留める事もない。

 元々音楽好きで専攻している生徒達が集まり、その中で将来は音楽で名を売りたい、音楽関連の職に就きたいと志を持ちながら、目指す夢の大きさや想いの強さによって高校生活を送る意識や態度も変わってくる。

 そう考えると自分はとても中途半端で、音楽を始めたきっかけは親にやれと勧められたからとか、本当どうしようもない理由だ。

 親に言われるがまま進んだ道が、今年で十七歳を迎える俺という人生を作っている。

 言われるがまま、しかたなくこの人生を選んだかというとそうではなく、自分で道を選択する場面なんていくらでもあったが、自分の未来なんて真っ白でなにが正しいかなんてわからなかった。

 何が言いたいかというと、俺には夢、目指したい物が正直言って明確な物は無かった。

 だからこうやって毎日惰性でピアノを引き続ける。

 さんざん弾いてきた曲の音色が過去の思い出を鮮明に脳裏に描きながら、ゆっくりと音色は途切れ鍵盤を惜しむことなく指が離れる。


(はぁ……なんかよくわかんねぇよな。)


 運動部の声が鮮明に聞こえ、カーテン越しに目をやると窓が空いていた。

 夕日が差し込む室内は感傷に浸るにはもってこいの環境を整えている。

 そして、時計を見ると夕方の四時五十分、いつも目安として五時に撤収するので、後一曲だけ弾いて帰ろうと思いまた鍵盤に手をかける


(……最後の一曲、思いっきり感傷にひたってやろうじゃないの!)


 ニヤリッ!と笑みを浮かべ鍵盤に指を走らせる。

 誰が何を弾こうと誰も気にも留めない、しかし、それは今の俺には許されない。

 なんたって俺が好きすぎてやまなき曲なのだから!

 俺は弾きなれた、そして何百回と聞いた、今の俺に目標を与えてくれた曲を弾き始めた。

 俺が初めて作り手として動画サイトで活動したいと思えたあの曲――


 敬愛なる藤桃Pによる――キミとはじめる思い出のパズル――


 優しく丁重に奏でる音はとてもかけがえのない詩をものがたりながら鍵盤に刻む。

 そしてサビに近づくにつれて音色は色づき、大きく膨れ上がる。そして――


「キミがくれた思いでのピースを――無くさないようにうめていく――」


 それは当然のできごとだった。サビに入った瞬間声が、歌声が聞こえてきたのだ。


「楽しくて嬉しくて溢したこの想い――これからもいつまでも感じていたくて――」


 俺はすぐにその歌声に夢中になった。決して途中で伴奏を止めることなんてできない。

 一体誰が? その疑問さえも消え去りながらこの曲をその歌声で飾りたい、何百回も聞いた曲なのに、詩がこの曲をどのように物語るのかを知りたかった。


「隣にいるキミとの思い出が――大事なピースになって行くよ――」


 大切で特別な思い出の曲、俺に新しい世界を教えてくれた詩、それが今この瞬間、俺にとって愛おしい曲として夢中にさせる。

 曲の一番を弾き終えると、その歌声の主はいつのまにか練習室の扉の前に立っていた。

夕日が落ちきりつつある薄暗い教室に、春風で赤い髪留めをしたロングヘアーが揺れると、手で髪を押さえながら開く大きな瞳。

 そのぱっちりとした目にひきこまれそうなくらい神秘的で、一瞬時間が止まってるのではないかと感じた。


「キミとはじめる思い出のパズル、すごくいい曲だよね。私も好きだよ。」


 彼女が何を言ってるのか聞き取ることもできなかった。ただただ目の前の彼女に釘付けになっていた。

 そんな俺に彼女は首を傾げる。


「あれ? どうしたの? あっ、練習の邪魔しちゃった?」


 そこで俺は我に返り、慌てて返事をする


「ごめん、聞いてなかった……なんだっけ?」


 そう答えると彼女の不安げな表情が満面の笑みへと変わり、口を押さえて笑い始めた。

 俺なんか変な事言った!? やばい、色々と状況が判断できない、おかしい……


「キミ面白いね!すごくピアノ上手だし、私の好きな曲を弾いてたからついつい歌っちゃった。お邪魔しちゃったかな?」


 彼女は笑顔でそう答えたが、俺にとっては面白い? ピアノ? 歌っちゃった? ちょっとよくわからなくなっていた、頭おかしい。

 ただ私の好きな曲だったという所に、唯一自分の頭の回転がおいついた。


「あ、あぁ、この曲か! 俺も好きたまに弾いたりするんだ、き、聞き苦しかったらごめん……」


今絶対どもってた。変なヤツだとか思われなきゃいいけども……


「あはは、上手だったって言ってるじゃん! 生の伴奏で歌えるなんて貴重だったもん、逆にありがとうございます。」


ペコリ。と頭を下げる彼女を見て、ここにきて俺の心臓は鼓動を高鳴らせる。


(って、落ち着け俺、平常心だ、今を受け入れろ!)


「こ、こちらこそ、歌ってくれてありがひょ――」


 噛んだ、痛い。めちゃくちゃ痛い、主に心が。


 俺も頭を下げ、教室の床を見つめると、そんな俺を見てか彼女の笑い声がまた聞こえた。

 俺はいつもこうだ、緊張すると一気に頭が真っ白になる、そしてその後に思い返して転げまわりたくなるような黒歴史を量産してきたんだ。

こんな時、今枷だったらとか、幸子だったらとか、人と比べていつも自分を悲観してしまう。

 そんな自分を受け入れて諦めていたはずなのに……悔しい。

 俺はゆっくりと顔を上げて、彼女と目線をあわせないように少し微笑む。

 苦笑いになってたとしても、どうにか動揺をおさせてこの場をしのぎで逃げ切ろうと口を開きかけた瞬間、彼女が先に口を開いた。


「よかったらなんだけど、これからもキミの伴奏でで私に歌わせてくれないかな? もちろん練習の邪魔になるようなら断ってくれていいんだけど、お願いできないかな?」


 耳を疑った。自分を卑下して若干冷静を取り戻しつつある今の俺には彼女の言葉がはっきりと聞き取れた。

 夕日が落ち、薄暗い教室で彼女が口にした言葉によって俺の視界は鮮明に彼女を映し出した。

 答えを待ちながら微笑む彼女と目線が合い、ぐっと両手を握りしめるて精一杯――


「どうぞよろしくお願いします!!」


 その声は練習室に響きわたり、そして俺は自分を褒め称えてやりたかった。


 だって、最後は噛まずに伝えられたから――

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夢みる彼女とめざす未来 鮎坂楓 @ayuzakakaede

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