羽室誠治元市長に下された判決は無期懲役。市長当選後における違法行為の数々が明るみに出たが、それらは粛々と審議され、最終的にそんな判決が出された。どの程度の重罪になるかの見当がつかなかったために、この判決には少々拍子抜けした。裁判が早々に運んでいくヤマトでは遅めの判決だったせいもあり、この結果を聞いたのは今年の暮れのこと。そのころにはサロンがもう一度壊れたりして、天剣組にとって、それどころではなかった。

 時間を元に戻そう。西京市の混乱は一両日中に収拾され、羽室誠治の逮捕護送が行われることと並行して市役所の家宅捜索が行われた。もちろん天剣組が集めた証拠品の類も押収され、全てはヤマト本国に持ち帰って審議ということに相成った。いかなる交渉があったのかはなんとなくは推理できる。

 王馬刀馬は開拓都市として、本国と同じように基本的な民主政治を敷こうとしたものの、旧市街権利者と羽室誠治の対立を招いた。総督府が旧市街側に立ち、抑え込もうとしたことも、羽室からの不信の原因ともなった。つまり総督府はこれら政治的失策を全面的に認め、法的解決はすべて本国に委ねたのであろう。

 後の話だが、市役所は解体され、西京市は土地権利者の合議制へと動いていく。そこに総督府と天剣組は関わらないが、天剣組の存在感はさらに増していくことになった。その原因は、やはり大陸鉄道の開業式典にある。



 あまり外に出ない私だが、今日この日においては、妻と共に見物に来ていた。西京市は未だ観光価値に乏しい街であるので、市をあげてのお祭りのようなものは一定期間だけのことになってしまうのだ。その限定欲に吸い寄せられること数時間。私は妻の買い物から解放され、カフェテラスに立ち寄ることができた。

「何だ、道化じゃないか」

 一息つくために座ったテーブル席には先客が一人いた。小柄な黒髪の男性。それは見た目通りの子供ではなく、どちらかといえば私の側に近い男だ。人間のような顔で生活している非人間。私は道化を自称しているが、私を知る者にとっては悪鬼外道の類であろう。対して彼は、神の使いといったところか。

 闇の中においてなお輝く光。闇色を纏った導きの光。根本的に私とは相容れない人物が彼だ。故にこそ、こうして気を抜いた時にしか出会うことはない。

 通常なら油断はしない。この祭りの雰囲気でリラックスしすぎていた。会いたくない者に会ってしまうなどありえない。

「ついさっきまでアトラスの総帥がそこに座っていたんだが、お前に気付いて逃げたかな」

 彼はおそらくこの世界で最強の一人だろう。本気を出せば世界最大の犯罪をやってのけるこの私と出会って、物怖じせずに斬りかかってくることだろう。アトラスの総帥などという、破壊の権化のような人物を前にしても笑顔で刀を振る。世界を敵にする時、彼を敵にしてはいけない。たとえどんなに自分が闇に染まろうと、彼は我々闇そのものを許さぬ弱者の光となる。

「お前もあまりハメを外すなよ。まぁ、お前を殺せる気はあんまりしないがね。」

 そう言って彼は席を立つ。その姿を追ってはならない。直視することなかれ。彼はあんなことを言っていたが、私もやられたくはない。斬られたところで死にはしないが、彼が本気ならば本当に死にたくなるほど斬ってくるに違いない。死なないというのは痛くないわけではないのが本当に辛い。

 彼の姿が雑踏に消えたら、ようやく本当の一休みができる。彼は部下に、私のところへ近寄るなと厳命しているらしいが、実際のところ私の方からも近寄って欲しくはない。何かあれば彼本人が出てくるからだ。

(でも、あの子の相手は楽しそうだな)

 エクス・アルバーダという青年を思い出し、私は笑みを隠せなかった。ああいう本能的にイレギュラーなことをしてくる人間は好きだ。天才を自負する私でも予想外なことをする人間は何人も代えがたいのだ。

 独りでニヤニヤとしている私に周囲の人間たちがざわめく。彼らは慌てて距離を取っていく。いつの世も、どこの世界も天才とは理解されない。しかし、そんなことで戸惑い、止まることは決してない。

「うむ、久しぶりにモチベ上がったし、帰って何か考えるかな」

 ここのところ目新しいことをしていない。新しい新鮮な犯罪計画を立てるべく、私は帰途に着こうとした。その時にようやく周囲の客が逃げた原因である何らかの大玉の存在に気付いた。

 その大玉はとても丸く、球体で、導火線のようなものがあるのが見えた。そういえば今夜花火大会があったなぁと思いながら、私は大玉にはねられた。



「なんかはねませんでした!?」

「確認しているヒマはなかったな!」

 真夏の日。僕、エクス・アルバーダはサロンに緊急で舞い込んだ依頼のために駅前通りを車で疾走していた。依頼自体は打ち上げ花火の輸送であったが、規格外の巨大花火玉を作った職人がいた。

『今こそ、本国でできなかった光を見せる時なのだ!』

 エクスとアークが受けたのは花火玉の輸送である。巨大花火の輸送についてはどうしようもない。それ故、ああでもないこうでもないと断りを入れようとしたところ、彼は暴走した。

『持っていけないのであれば、行かせるのみ。行け、我が大玉よ! 我が魂の全てを持ちて、舞い上がれ!』

 どこかの芝居がかった道化のような言葉を並べ立て、職人自身が大玉を転がし始めた。途中で職人は走るのに疲れて倒れていたのを確認している。

 そして大玉は今勢いをつけて転がる羽目になっている。今のところ転がるだけのものだが、いつ導火線に火がついてもおかしくない状態だ。駅前通りが広く作れており、今日は歩行者天国だったのがせめてもの幸いであろう。先ほどはねた何か以外、今のところ被害は確認されていない。

 それは同時に、ただ車で追っているだけでは何も解決しないことを意味している。助手席で周囲に避難を呼びかけているアークでも、今のところ街中で花火玉をどうにかしようとは思っていない。車で追いついて車自体で止める方法もあるが、その大立ち回りをするには、通行人の避難が必要だ。あまり現実的ではない。

『こちら御村。支援行動に入る。アークにそのままで待てと伝えてくれ。』

 止める隙を伺っていると、耳の通信装置が他からの通信を受信する。それを応答する余裕はないが、しゃべる余裕ぐらいはある。

「アーク! 御村隊長が助けてくれるそうなので、このまま待機で!」

「先生が来てくれるか!」

 アークは歓喜の声を上げている。彼と僕は正式にサロンの所属だが、それでも彼にとって、御村隊長は隊長であるのだろう。

 つい先日の逃走車両追跡と同じ経路で大玉が通りを抜けていく。その道路の先に、男が剣を担いで仁王立ちになっているのが遠目に見えた。御村隊長だ。身長よりも大きいという噂の大剣を持って待っている。

「数えるから、車の急停止頼む!」

「りょ、了解!」

 アークの意図は分からないが、数を数えて停止をかけるなら焦らずに済む。

「三!」

「そこから!?」

 てっきり五つぐらい数えるのだと思ったのだが、二つ減った状態で始まった。また道路の先では御村隊長が大剣を道に対して角度を付けて突き刺している。

「二!」

 御村隊長の意図は察したが、アークが数える意図は察せない。ともかく、停止する用意だけはしておく。隊長は自分の持つ剣で大玉を斜めに打ち上げるつもりなのだろう。

「一!」

 僕はそこで素早く停止操作。車輪の動きを取られないよう重心を動かしながら車を停止させていく。大玉は剣の刀身を滑り、斜めに打ち上がっているが、思ったよりも重いのか、急激に加速が落ちている。

 その大玉に向かってアークは跳んでいた。停止する車の勢いを使い、剣を踏み台にして、さらに跳ぶ。

 僕は剣のそばギリギリで止まった車の中でアークの側に並んでいる人型の鎧を再び目にする。アークの能力、バルケル。特殊な魔力霊体でできているそうで、あの鎧が起こすものは物理現象として発生する。そしてバルケル自身は単純に力のある霊体である。アークはバルケルで大玉を殴りつけて、さらに玉を打ち上げたのだった。

 おそらくはその殴りつけた時に発火したのだろう。時間違いの昼間の花火が、そこで花開いた。

「すごいですね、御村隊長。角度計算とかしたんですか?」

 花火のことはさておき、御村の判断に感心する。彼はそれに苦笑しながら、道から剣を引き抜き、虚空に消した。

「ずっと昔、数学の教師をしていたんだ」

 学校の教師経験がある意外な経歴の持ち主だったが、それが数学とはさらに驚きだった。

 話している間に、一つ影がすこし向こうの道の真ん中に落ちた。当然、アークである。

「アーク! 戻らないと花火大会まで間に合わないよ!」

「君も慣れたものだな」

 アークの行動には労い一つも言わない僕に対して先生は含み笑いをして後部座席に乗り込む。僕としてはアークは完全に余計な行動をしていると見ていた。打ち上げるからと言って、本当に花火を爆発させる必要はない。

 アークは埃まみれでよろよろと車に戻ってくる。そして彼は耳を指さしている。

「いいから座る!急ぐよ!」

 僕は助手席を叩いて、乗車を促す。後ろで先生は笑いをこらえている。どうやら先の爆発でアークは耳が聞こえないようだ。だからといって走行には関係ないし、時間がたったら回復するだろう。休むのは一仕事を終えてからだ。

「さぁて、行こうか!」

 いつもと同じく、手慣れた動作で車を発進させる。行き先は臨時司令部だ。

 僕とアークとで懸念していたサロンに代わる仕事の受注場所である。

「輸送任務完了です!」

「おーう」

 大陸鉄道の西京市駅の臨時司令部、という体の仮設空間。サロンに運び込んだ設備は古いものだったらしく、新しく買い替えるらしい。ただ電波塔がないので通信が不可能になった。なので、この仮設空間に連絡事項を貼ったり、相互連絡の場となっている。震災等の連絡表みたいだが、それも今日で終わりだ。式典は午前中に終わり、午後は第一便が西方に向かって発車となる。今日の日程が終われば、天剣組の一連の特別業務は終了となる。

 僕が車両での花火玉輸送任務を終了させ、司令部に帰還すると、団長がかき氷を食べながら出迎えた。

「くつろいでますか?」

「浮かれてるよ」

 僕の呆れた声に、彼は屁理屈をごねてくる。

「緊急性の高いものはなさそうだな」

 貼り付けられた連絡表の紙片を一通り見て、御村先生が呟く。

「第二部隊は順次撤収、後夜祭参加の者は最低限を守ること、と」

 先生はメモ書きをして、連絡表に張り付ける。

ここらへんの資材は駅の借り物だったり、そこらの文具店で緊急に買い入れたものである。明朝には撤収なので、残り物は駅に寄付となる。

 それはともかく、第二部隊撤収の件に団長は何も言わない。かき氷に頭を痛くしている。

「っていうことは、俺たちもそろそろお役御免ですか」

「おうよ」

 後ろから汗だくのアークが現れる。僕が運転するので、手持ち運びの重労働を課したのである。

「いわゆる、夏休みだ。私たちも。」

「えっ」

 御村先生からの聞きなじみのある言葉に僕は困惑する。特にサロンは土休日無しで不定期に動いてたこともある。

「サロンがあれば動いてるし、俺も手伝うがな。サロンないだろ。建て替えは一週間な。それまでお前も休暇だよ。天剣組全体としてはこれから一月ほど閑散期なんだ。だから夏休み。」

 来人はそう言って、食べ終わったかき氷の器を律義に分別して袋に入れる。

「あり余ったやる気はとっておけ。基地に戻ればどうせ雑務ができる。一樹あたりが用事だって頼んでくるだろ。」

 面倒そうに対応してくる。昨日のやる気は一体なんだったのやらである。二刀流にしろ、背中から生えていた光の翼にしろ、この団長のやる気はとんでもないものだということは分かる。

 御村先生と別れ、僕は話題を変える。

「先生はご家族がいるから別だけど、アークは休暇で何をするの?」

「とりあえず帰る場所はないな」

 もはややる事はない。空いたパイプ椅子を用意して、この場で待機している他はない。となれば雑談時間だ。僕は気になっていたことを口にする。アークはサロン以外に寝泊まりする場所はないのだ。来人の言うことがそれを裏付けている。

「こいつの家族とも呼べる奴は義理の姉だな。第一部隊にいる。」

「お姉さんですか」

 来人の明かす家庭の事情にアークは初めて見る面白い顔をしている。唸っているような、困ったような、口をへの字にするような顔とでも言うのだろうか。

「ガッチガチの武闘派でな。大抵の奴は辟易する。寮や第一部隊で一緒に居られないと、サロンで寝泊まりするようになったわけだ。」

「いい機会だから、親友のところでも顔を見せに行くよ」

 難しい顔でため息をつきながらアークは言う。

「天剣組ができる前に、大陸に渡った俺が初めて共に戦った、弟みたいなものだ」

 と、苦笑する。アークが魔大陸の出身であることは前に聞いた。どういう人物かは分からないが、口ぶりからして年下なのは分かる。

「家族といえば、エクス、お前は?」

 アークの疑問に僕は苦笑する。ヤマトの一人暮らしの賃貸住宅は引き払った。となれば両親の元だが、一人暮らしし始めてから一度たりとも戻ってはいない。それがどうしてだか忘れたが、今更戻り辛くなってしまった。

「家族は存命なんだけど、帰り辛くって。外国に赴任するってぶち上げた手前もあって。」

 アークを言えたことではない。もう今更ヤマト本土に帰る気はなければ、明確な帰る場所もない。苦笑のつもりで自嘲する。仕送りも必要ないとは一人暮らしの時から言われているし、すでに独立したということと思っている。

「ちなみに団長のご家族は?」

 家族のことなら聞いておかねばならない。メディさんという女性がいるものの、獅堂来人という人物の生活感は天剣組の団長室だけにしかない。天剣組の獅堂来人しか知らない。

「両親はとっくのとうに逝ったからな。血の繋がりがある家族はいない。家族みたいな人たちは本国にいる。」

 彼は重い話をするが、懐かし気に語っている。その顔つきの意味を突っ込もうとするも、彼が話題を変える方が早かった。

「帰る場所がなければ作るしかないな。夕那とエリス、どっちが好みだ?」

「なんで二択しかないんですか。いや、分かりますけど。」

 同期で女性といえばその二人しかいない。むしろ、今年天剣組に入った女性はその二人だけだった。そして二人ともが、新人の中では地雷とされている。副長の娘と御村隊長の娘だ。近寄りがたいにもほどがある。

 共に仕事をしたからこそ言えるが、夕那はともかくエリスはどうしようもない。

「大体、夕那さんは刀馬が粉かけてますよ。エリスさんは可愛らしいところが見つからない。妥協点がありますか?」

「美人だぞ」

 来人は身も蓋も無いことを言う。結婚を見てくれの良さだけで選べるわけがない、とは建前では思っている。

「じゃあお前は、口を開けば罵声、いざとなれば銃ぶっ放せばすべて解決する女と二十年以上付き合ってる俺をどう思ってるんだ」

「そう言われても」

 来人の言うことならメディさんのことなのだろう。むしろそこまでの危険人物だとは今知った。よく長年連れ添っているものだ。それも信頼関係の為せる業なのだろうか。そういう女性と軽々しくイチャついてたりしている彼は何者なのだろうか。というか本当に彼はいくつなのだろうか。

「女は愛せるか愛せないかだ。その前提上ならば、美人であるかどうかは大きな問題になるに決まってるだろう。」

「むむむ」

 正論であるがために反論しようがない。見た目が美しければ、性格的問題は度々無視される。美的感覚においてはそれが正解だ。女性全体には失礼極まりないが、それが現実というものである。その逆、男性においてだと、これに加え生活力が問題となるのだから、多少許されてもいいじゃないかということになってしまう。

「面白い話をしていますね」

 真後ろから声がある。後ろを振り向くと、エリスとメディがいる。エリスは相変わらず色眼鏡で目線が分かりづらいが、一体どういう目をしているのかは空気で分かる。メディは目が据わっている。いつのまにかアークが、他人のふりをしつつ逃げてしまっている。

「来人?」

 メディは低い声音で聞き、来人の襟首を掴んだ。非常に怖い。

「お前は美人で可愛い。たとえ狂暴性でも、それがお前らしさだと思ってるが。」

 来人は歯に衣着せぬ物言いを真顔でしている。これも長年の付き合いの賜物なのだろうか。

「お前が一回誘拐された時は」

「それは言うな! 分かった!」

 来人の言葉を遮る大声で言って、襟首から手を放す。触れられたくない過去はあるもの。メディの顔が赤くなってきているが、あっちはあっちで問題ないようである。ドスの利いた声で脅して来たり、口うるさかったりするのに、ああしている教官は可愛い、という来人の言葉がよく分かる。

「人を話のタネにして面白がった覚悟はいいか?」

 一方でエリスの方は襟首を掴んで来ないが、低い声音の圧力がすごい。言い訳のしようがない状況なので、言葉通り覚悟を決めるほかはない。

「面白がってはいない、です。恋愛するなら夕那さんとエリスさんどっちがいいかという話をですね。」

 両手を上げて、降参している抵抗しないの意思表示を示しながら僕は弁解する。いつどのへんから聞いていたのかは分からないが、僕は悪くない。

「で、どっちも選ぶ気はないように答えていたが?」

「そりゃあ、面と向かって話したのは数度。一昨日が一番長いでしょう。そこで全部エリスさんを理解できるほど、僕は愛について詳しいわけじゃない、です。」

 正直な話、目に見えた関係が良いように見えるだけで、僕からしてみれば、一時の戦友でしかない。これまでの邂逅でエリスにだけ絞るのは無茶な話だ。弁解を聞いて、落ち着きが戻っていくエリス。

「ほれ、どうせこれから行くアテないんだから、交流したらどうだ。なんなら今夜でもいい。花火は最高にいい機会だと思わないか?」

「ちょっ」

 しかし、来人からの余計な一言。この一言に何を思ったか、一昨日見た鞘に納まった刀を手の中に出す彼女。かなり怖い。頭を取られて機銃掃射されるよりも恐怖感がある。

「我慢ならんから斬る」

 剣呑な雰囲気となり、抜刀しようとした様子を見て、僕は後退りする。

「おー、エクス、明日から休暇だってな。聞いたぞ、アークさんから。」

 折悪しく、式典が終了し手空きになったらしい刀馬がエリスの後方から歩いてくる。彼の後ろから夕那も歩いてくる。しかし、刀馬はこの剣呑な状況に目が点になっている。

「なにこれ」

「エクスがエリス口説くの失敗した」

「もうやめて! 余計なこと言わないで!」

 心にもない流言が来人の口から垂れ流される。これには流石に僕も叫ぶ。

「なるほどよく分かった。エリスさんとやら、エクスに惚れれば解決だな!!」

 当然、刀馬は分かっていなかった。彼もエリスと会ったのは数えるぐらいだろう。旧市街で出会ったとき、彼女が見えていたかどうかに関しては疑問に付すが。そんな言葉が、エリスにとって逆効果であることは確定的に明らかである。めでたく、刀馬も彼女の認識内で敵となった。一応皇族なのに、刀馬の目の前で抜刀し威嚇をし始めた。

「よし、逃げるぞ!!」

「バカぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 明らかに危険と判断した刀馬は、抜身の刀に対して一考もせず、彼女が刀を振れない左側を通り抜け、その場を逃げ出した。僕は泣き声とも悲鳴ともつかぬ声で叫び、走り始めながら友をなじる。刀馬は笑っている。

「ちょっとエリス、それはマズイって!」

 少し後ろを振り向くと、こちらを斬ってやろうという気しかない沈黙の表情で、抜身の刀を担いでエリスが追ってくる。その後ろを、流石にマズイと思ったのか夕那が追おうと声を上げた。

「どこまで逃げれば!?」

「とりあえず追ってこないところだな!」

 思いがけない逃走劇。僕にとっては多大なる誤解で、いい迷惑だ。しかし、心の中では、らしい気持ちがあった。思えば、刀馬との誤解から始まった毎日であった。ヤマト本土にこそ帰る場所はないが、この天剣組こそ、僕にとって帰る場所であると、心から思う。

 今のところ走るのは大変だが、幸いなことに気力は余っている。逃げられるまで逃げてやろうじゃないか、という気になった。

 僕も刀馬も市内で分からないところはほとんどない。本気になれば撒くのは簡単であった。本気の使いどころが間違っている気がするが。



 日が落ちた後、西京市上空の闇の空に花火が舞う。それにしても西京市に花火職人がいたことは驚きだが、そういう謎の経歴を持つ者もたまにいるというのがこの開拓都市の特徴であろう。なお花火は通常のものだ。大型の花火は転がった一個のみである。

 エリスからの逃走劇の後、刀馬を総督府に送り届け、歩きで駅前に停めてある車の元へと戻る。そこに彼女が待ち伏せていたら逃げようがないが、それはいないということを祈るほかない。いたら平謝りしよう。土下座でもいい。

 などと卑屈なことを考えて歩いていたら辺りは暗くなり、駅の北部に設置された打ち上げ場から花火の打ち上げが始まった。思えばまともな花火大会を見たのはこれが初めてだった。幼少の頃は記憶がおぼろげだし、両親と旅行に行くことはあっても花火をしたことはなかったように思う。

 花火の一つ一つは綺麗に花開いているものの、僕の胸中では空しさを感じていた。花火の音がそれを思い起こすのかもしれない。火薬の破裂音。嫌でも昨日のことを思い出す。

「人生が花火みたいだって言った人が昔いた。輝いてる時は一回だけじゃなく、何回も何回もってな。そしてフッと消えてしまうのだと。」

 市内の夜は街灯がぽつぽつ点いてるだけで真っ暗だ。ただ今夜は花火のおかげで比較的明るい。その花火に照らされ、来人の姿が現れる。いつから待っていたのか知らないが、車に寄りかかって待っていた。

「それで斬りかかられたら困るんですが」

 そも来人が余計なことばかり言わなければ追われる羽目にもならないのだが。

「まともに生きて行こうとするなら、普通の人生で時間は余らないぞ。楽しい時間は続かない。よく分かったはずだろう?」

 遠回しに時間は大切だと言っているのだろうか。いや、それではさっきと話が変わらない。彼はなぜか知らないが物事をハッキリ言わない。初めて出会ってからというもの、いつも遠回しに話している気がする。

「感情を無視して、子供を作るのは悪い話じゃない」

「だとしても、納得させて下さい。僕はそうでなければ前に進めませんから。」

 来人はすこし考えてから、急にハッキリとしたことを言い出す。それに対し、僕は即答した。僕の考えは一昨日の夜と変わらない。自分の中で決着を着けなければどうしようもない。もちろん、昨日のことを考えれば、命なんてふとしたことで吹っ飛んでしまうのも分かっている。

 僕は車に乗り込み、来人もそれに追随して助手席に乗り込む。

「たとえ、将来、死んでしまうような運命が待ち受けていても、結局はそのために何かするというより、それを避けて進むべきでしょう。とはいえ、僕は一ヶ月先だってロクに考えたことありませんよ。」

「俺はお前ぐらいのときは、ずっとヤマトにいるものだと考えてたよ」

 たとえ暗くても、鍵を刺す場所は間違えない。昨日の一件でも無故障のこの車はもしかすると、今の僕の最大の相棒かもしれない。こいつが壊れる時はあんまり考えたくないものだ。それと同じように、自分の将来もあんまり考えたくない。

 仕事に対して誠実にあることが、今の僕に与えられた仕事である。

「未来でどうなるか分からない以上、悔いは残さないようにしとけ」

「団長は悔いがありますか」

 車を駆動させ、夜間光で前を照らして、徐行しながら発進する。

「たくさんある」

「団長にたくさんあるなら、僕には無理だと思うんですけどねぇ」

「心構えだ。未来で悔いても、選んだことだけは悔いるな。恩師の言葉でな。」

 来人という者でも、恩師の存在は大きいようだ。それは多分、僕に対する来人のようなものだろう。

 車は市街を出る。このまま基地へと向かうだけだ。

 道路に出れば車が照らす光ぐらいしか明かりはない。遠くで基地の光がぼんやりと見えるのが、せめてもの道導だ。

「俺が示せるのは光だ。追いついてこれるだけ、付いてくればいい。」

「勿論です」

 もはや感覚的に車を基地内へと向ける。そこの寸分の狂いはない、というのは大げさだが、なめらかにたどり着いた。

 ここは大陸。ヤマトの開拓都市の西京市。僕の人生の中で、この大陸での時間はまだまだ続いていく。だからまたいつか、天剣組のエクス・アルバーダとして物語を紡ぐことはあるかもしれない。その時はまた、導く光の元で会うとしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天剣の導光 赤王五条 @gojo_sekiou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ