#48 Unforgettable Past

 あぁ、寒い。二度目の走馬灯の導く季節は冬なのか…。


 それで、ここは……あぁ、いい。もういいよ、分かった。


 またこの公園か…。なんかもう本当、なんだってんだよ……。

 ここは僕所縁の地なんだろうな。ここまでされれば、流石に諦めるよ。


 となると残る問題は一体いつの時代か、時系列的に僕は何処にいるのかって話なんだけど…ここにはよく来たからな……。


 そして一般的な走馬灯の概念から察するに、僕が体験したことのあるエピソードだと思っておそらく間違いないけど、当事者であるはずのいつかの僕はどこだ? どこにいる? ひょっとして土管の中か?


 大体―――感覚的かつ大雑把な当て推量で凡その見当は付くけれど、しかしその直感が当たって欲しくないと思う自分がいる。


 などとこの期に及んでまだみっともなく取り繕っていれば、即コレだ。


 世界は僕に途轍も無く優しくなく手厳しい。


 普通にいたよ! 予想通りというか、存外記憶通りにいるもんだ。


 やっぱり、


 ああ~。ってことはあれでなにしたアレ的なそういうのだわ。

 僕が今見ているのは、つまりその悠久的事象の総括するあれなんだ。


 以前というか生前というか。初めてハズれた存在シャーロットと出会った翌日。


 つまり、僕と亜希子があの淡く碧く不透明で、結果的には叶わない約束をしてしまったあの日か…。


 本当に長い時間を過ごした公園だけど、その中でも『あの日』だと何の確証もなく断言できるというのは如何なものだろうかってね。



 日の沈むのがかなり早くなり、夜の帳が下りようかどうか躊躇っているような時間、つまりは夕方に僕はあのベンチに座っていて。

 

 幼い僕は、異常な迫力を持った鬼の形相の亜希子に詰め寄られて凄く狼狽している。


 にしても、視点というか視界というか、僕のが安定しないな。一般的な走馬灯とは概ねこんな感じで進行していくものなのだろうか?


 二人を俯瞰していると思ったら、当事者である過去の僕と同期して一人称視点になっていたりと、押したり引いたりのさざ波みたいだ。


 そういった主体性や一貫性に欠けている視点が、僕という人間のメタファーの様に感じるのは流石に穿ち過ぎで深読みのし過ぎなんだろうな。


 本筋に戻ろう。逃避ばかりじゃ進まない。


 異常にアグレッシヴな彼女のキツい言葉攻めの内容は確か……『一体昨日のあの娘は雪人くんのなんなのよ?』とか、そんな感じの質問。


 今思えば、亜希子は美少女シャーロットの登場に焦りと嫉妬を覚えていたんだな。ウブで純真じゃないか。可愛いもんだ。


 出来ることなら、その素直さをずっと心に持ったまま成長して欲しかった。

 今此処にいる亜希子の数年後、その成長版と過程をかなり正確に知っている僕は、そんな叶わない報われない願いも桜の木にかけてみる。


 それで、多分僕は『別になんでもねぇよ。昨日出会って一緒に遊んだだけだよ。アキも知っているだろう?』と言い、『でも、あの娘すげぇ可愛いかったなぁ~』なんて率直で素直かつ余計な一言を付け加えたはずだ。愚鈍で無能な未来ぼくの片鱗を感じさせるデリカシー皆無な一言を。


 それが亜希子の炎に油を注ぎ(当たり前だ)、うら若き僕は『いやいや理不尽じゃね?』とか的外れな感想を抱いたのだ。うん、何となく記憶にあるわ。


 しかしまあ、自分で言うのもなんだけど、当時の僕も相当に可愛いな。


 頭が弱い子って、程度にもよるけど結構庇護欲をそそるよね。僕が見た過去の僕もそんな感じ。


 てか、そう思わないとアホすぎて過去の自分アホガキを直視出来ない!


 また話が逸れたな。最早、特技の範疇とすら言えるかもしれない。これを上手く活かせなかったのが、若干の心残りである。


 多過ぎる閑話休題。再びか三度か、何事もなかったかの如く自然に話を戻そう。


『本当にそうなの? 絶対? あの娘とは何の関係もないの?』マシンガンばりに質問を撃ち出す亜希子。正直、かなり困った。怖かった。半端ない困惑と狼狽具合。


 当時の僕は自分の非が本当に分からなかったんだ。

 今よりもピュアで擦れて無くて、今よりもずっと他人の思いに鈍感だったから。


 でも、とりあえず般若の面を被った亜希子を鎮静化させようと思い、対症療法的に問題解消前提の為に空虚な肯定を重ねた気がする。


「じゃあ、証明して! 雪人くんがあの娘とは何の関係もない。あの娘に何の感情も抱いていないってことを。その全部を私に証明して見せてよ!」

「いや、でもさ。その『証明』って、具体的にはどうやるの?」


 なんか此処に来て、記憶がハッキリしてきたな。

 やたらと小難しい単語を並べる亜希子にひた困り、質問を質問で返した。


「わ、わ、私と…け、結婚してっ!」


 うわっ、プロポーズ? 結婚? はい? 僕たちまだ小学生だぜ?(もうすぐ中学生だけど)確か結婚するためには国によって制定された年齢制限があったはずだけど…。


 どうすればいい? ここはどう答えるのがベストなんだ? まるで皆目見当がつかない。窮地になると自覚する自分の頭の悪さが恨めしい。正解はあるのか? 仮にあるのだとして、僕にそれが思いつくのか? それとも条件反射的に何の覚悟も無く、とりあえず『イエス』と首を縦に振ればいい…のか……な?


……いや、違う。それは駄目だ。多分それだけは駄目なんだ。


 僕が言うべき言葉は…この問一にして超難問、今後の人生に関わる『問い』に相応しい正答は…、


「…ぼ………るよ」

「え? 何だって? 聞こえない。もう一回言って」

「結婚するよ。東雲雪人は高柳亜希子と結婚することを誓う」


 おおう、今と違って昔の僕は真っ直ぐで一本気で、実に気持ちの良い少年じゃないか!


 精一杯の照れ隠しは盾にならない。いつだって過去は現在を攻め立てる。


「えっと…健やかなる日も悩める日も…えっと、そう。病めるときも、それ以外のいかなる日も永遠にお前だけを愛すことを誓う!」


 当時の僕にとっての正答は、正直に気持ちを言うことだと思った。


 儚くも、この宣言の直後に中学生になり、空前のモテ期を迎えた僕は少年の純潔を守りながらも真の愛など知らぬまま、彼女を取っ換え引っ換えすることになるのだが、どうか僕を責めないでやって欲しい。


 信じられる要素など何処にもないけど、本当に愛したのは亜希子ただ一人だけだと言うことだけは信じて欲しい。根拠などなくとも信用して欲しい。


「…嘘つきの雪人くんを信じてもいいの?」


 亜希子は僕に執拗に念を押す。


 この頃の僕はまだそこまで嘘つきではなかったと思うだけど、僕ってそんなに信用なかったのかね?


 でも実際、終わってみれば正しかったのは自身による自己評価ではなく、亜希子の評価だったってわけだね。


 得てして自己評価は客観性に欠けた上に正確性に難有りなものだし、自身の過去は脚色され美化されるものであると証明されたわけだ。ああ無情。


 過去の僕は彼女の闇を払拭しようと懸命に情けない言葉を紡ぐ。


「あぁっと…僕はこれからもきっと嘘をいっぱいつくと思うけど、これは虚偽にしない」


 この言葉の後半部分は嘘になっちゃったね。

 結局、僕はずっと嘘つきのままだった…情けないことに最期まで『嘘つき』ってロールだけは降りられなかった。


 僕の自嘲はともかくとして、しかしまあ幼馴染から言質を引き出したというのに、亜希子はまだ納得行かないご様子。訝しみの姿勢スタンスを崩さない。


「う~ん。でも、やっぱり完全には信じきれないから態度で示して…」


 そう言って目を閉じ、顎を軽く突き出す。

 あの日は気づかなかったけど、意外とまつ毛長いなぁ…。


 ていうか、バッサリ一刀両断ですね。

 マジでどんだけ信頼感がなかったのだろうか? 幼なじみにここまで露骨に不信感を顕にされると流石に傷つく。


 って、は! え? 今気づいた! これ僕の初チュー…俗に言うファーストキスってやつだっ!


 ふぅ。よし! 漢を魅せろよ、過去ぼく


 幼き僕は右隣に座っている少女の肩にゆっくりと腕を回す。

 やべぇ、自分のことのような他人事の様な感じだが、すげぇ緊張する。


 亜希子と同じように目を閉じようとしたところで現在状況を把握した。


 いや、気づいただけで把握は出来ていなかった。目蓋を閉じたことで、目を逸らせ無くなっただけ。


 なんとまあ実に今更感が否めないけど、あえて言わせてもらおう。


 なにこれ? どういう経緯でこうなるの? 状況が全く飲み込めない。


 いや、待て冷静になるな。正気に戻ったら負けな気がする。ココは一旦リセット、クールになるんだ。いやなるな。正常になれば負ける。何に? 混乱の渦。脳味噌主催、渾身のメダパニダンス。


 でもおかしいだろ? なんだよこの状況、不可思議じゃん。意味分かんない。大体僕らはまだランドセルが良く似合う小学生ガキじゃん!


 いや正気になったら駄目だ、訳わかんなくてもこの雰囲気ムードを貫け。空気にと自分に酔うんだ。そうしないと、僕のか細い精神が壊れる。素面じゃあやっていられない。


 そうして自分の中での葛藤が意味不明になっている間に、徐々に顔の距離が近くなる。

 何かを諦めた不思議な、それでいて全く意味のない境地に達した僕は瞼をきつく閉じる。


―――僕らは互いのファーストキスを奪い合った。


 驚くほどの静寂と気恥ずかしさと伴った高揚感。

 本来相反するはずの二つのメロディが重なり、喩えようのない極上の音へと変容する。


 それは時間にしてほんの一瞬のものだったのだろうけども、僕らには――いや亜希子の方は知る由もないけど、少なくとも僕には――永遠という途方も無いものを確かに感じた瞬間だった。大袈裟だけど本当にそう思ったんだよ。


 顔を離し、瞼をゆっくりと開いた彼女は、頬を紅潮させ僕に微笑みかけた。


「これが約束の証ね。

「…ああ。約束だ」


 この日を境に亜希子は僕を『ユキ』と呼ぶようになったのだった。

 微妙な変化から分かる、些細ではない大きな変化。


 僕に取れる選択肢は彼女に背を向け、ぶっきらぼうに短い返事をすることだけ。

 彼女と同様に紅葉色に変化したであろう頬を見られたくなかったからね。

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