#49 That's All

 意識の階層がずれ、認識が自意識に移ってから現在の僕に戻ってくる。

 純粋な少年から消滅寸前のバケモノに。全く、非道い落差だ。泣けてくるよ。


 しかしまあ、よりにもよって最期に見るのがこの日の記憶なのかよ…くそぅ。


 今際の際、消滅間近の主人公にこの走馬灯エピソードを見せるシナリオを描いたのは一体何処のどいつだよ。


 こんな構想を思いつく、その精神構造は一体どんなだよ? 神様か? 仏様か? それとも全然違う、別の誰かによって創られた運命による作為か? もう、誰でもいいさ。


 何処の誰が創った脚本だろうと構わないよ。


 つまらない意地を張るのはもうやめだ。そんなの良いこと一つもない。何なら失うばかりでむしろマイナスだし。


 そもそも意地を張る意味もない。恥じる気持ちを感じる身体はもう失っているし、かろうじて残った霊魂も風前の灯火、消える寸前だ。


 悔しいけれど素直になってやろうじゃないか。

 くだらないプライドや外聞なんかは燃えるゴミの日にでも出してやれ。持って行かれてなくて『回収できません』的なシールがベタ付けしてあったって気にすんな。よくあることだし、すぐに意味を失うから。


 畜生、だからこんな昔の記憶おもいでを僕に魅せつけやがった何処かの誰かさんに声を大にして言ってやるさ。

 思いっ切り中指を立てて、お前に教えてやるよ。偽りのない、面倒臭い垣根を全部取っ払った丸腰の僕の本音ってヤツを。


 いいか、よく聴けよこのバカヤロウ。

 耳を塞ぐというのなら、届くまで近距離で何度でも言ってやる。




――――――最高だ。本当に、感謝しか無い。



 何処の誰だか知らないが、僕に過去これを見せてくれてありがとう。

 おかげで理解できたよ。大事なことがひとつ分かったんだ。

 何度後悔を積み上げったって、何回走馬灯が逡巡しようとも変わらない、確固たるものが意志薄弱な僕の中身なかにも存在していたってこと。


 そんな些細で微細な事実に僕はとても救われる。


 きっと『それ』は僕というひとりの存在、パーソナルの中で特別大きなものってわけじゃない。四六時中それに付き纏われ、従い縛られていたわけでもない。もっと大きく占めているものは多分他にあるのだと思う。


 でも、それでも僕の選択を動かすのはそれなんだよ。僕にスイッチを押させる強制力があるのはそれだけなんだ。それ以外にないんだよ。それ以外はありえない。


 それ以外は比率は大きくとも瑣末なもの。外見上どれだけ大きく威張っていようとも張子の虎、枝葉の飾りでしかないんだ。


 心が少し綻ぶ。とても優しく暖かい気持ちに満たされる。


 初めて『これ』に名前をつけた人はどんな気持ちで命名したのかな?

 適当でいい加減に思い付きで、投げやりに名付けたのかな?

 それとも真剣で必死に、懸命に思い悩んだ末のネーミングなのかな?

 出来れば後者であって欲しいものだけど、別にどうでもいいさ。


 それこそ些細なことだ。昔に何処かの誰かさんが名付けたであろう『それ』、国語辞典の最初のページに載っている『それ』は僕にとって掛け替えのない大事なもの。僕の行動原理を司る重鎮。





 僕は亜希子に惚れていた。


               ただそれだけさ。



 だから亜希子と喧嘩すれば死にたくなって死んだりするし、亜希子が快楽殺人犯に狙われれば生き返って殺人鬼と闘う。


 ともすれば、その過程でミイラ取りがミイラになる的メソッドでバケモノになったり、そんな現実世界に絶望することもあるだろう。挙句世界征服と人類滅亡を志したりとかするかもしれない。


 しかし大言壮語を吐いた癖に、亜希子の言葉にあっさり説得されて意見を撤回、覆したりとかもするだろうね。


 それが僕の心臓。




 これが所謂、惚れた弱みって奴だ。

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