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 石沢、吉野、佐々木とは浪人生時代からの予備校仲間である。同じ大学を目指していたのが四人だけだったのでなんとなくつるむようになり、お互い模試の点を競いながら共に勉強してきた仲だ。


 大学三年にもなると予備校仲間とは疎遠になる学生も多くいるが、佐々木を除く三人は他のコミュニティで打ち解けることも少なく、未だにこのメンバーでよく会っている。佐々木はサークルや語学クラス、学祭委員とあらゆるコミュニティでうまくやっている風だが、なぜか俺たちとは縁を切ることはなく、よく宅飲みに顔を出していた。四人の中で現在就職活動をしているのは俺と佐々木だけで、石沢は留学、吉野は大学院入試を控えている。


「で、どうだった、今日の面接は。ITベンチャーの面接だったんだろ?」


 石沢がゲームをしながら話しかけてきた。


「あそこ、ベンチャーって言っても上場してるし規模もでかい会社だけどな。大学で何勉強してきたか聞かれたな。あとはそれをどう活かしていきたいですか、だっけ。それだけ」


「なんて答えたんだよ?」


 佐々木はこの話題がよほど気になったのか、コントローラーを持つ手の動きを鈍らせた。今日面接を受けてきた会社は佐々木も受ける予定だと聞いたことがある。


「組織心理学で学んだことを、対人コミュニケーションに活かしていきたいです、って」


 そう言うと、石沢と吉野が噴き出した。


「いや、だってお前、そもそも心理学のゼミを選んだ理由は単に一番成績が良かったからだし、今はグループワークが嫌でほとんど出席してないだろ? そんな奴が対人コミュニケーションなんてよく言うわ」


 事実はその通りである。


「いいんだよ、オーバートークしただけで別に嘘は言ってない」


 石沢と吉野は笑っていたが、佐々木だけは真顔ですかさず情報収集をしてくる。


「ちなみに結果はいつ分かる?」


「次の選考に進める場合だけ、今日中に連絡くるってさ」


「ってことは今日携帯手放せないじゃん! ドキドキするなぁ」


 石沢はまるで自分ごとのように言い、背中を叩いてきた。そのせいでコントローラーの操作がぶれ、画面の中のキャラクターが思わぬ方向にジャンプする。


「……無理だろ。今頃会社は終業時間だろうし、まだ連絡来てないってことは諦めた方がいい」


 佐々木がぴしゃりと言い、間抜けにジャンプしたキャラクターに飛び蹴りを入れ、画面外にはじき出した。LOSS、という文字が画面を大きく占有する。四人の間に一瞬沈黙が流れる。やがて吉野はポケットに入れていた財布からシワだらけの千円札を取り出し、俺の眼の前に突き出した。他の二人も同様に財布から金を取り出した。


「んじゃ、クロが買出し係で!」


「……分かったよ」


 溜息を吐きながら差し出された金を受け取る。脱いだばかりのジャケットを再度はおり、重い腰で立ち上がった。ジャケットにはまだ冷たい外気がひんやりと染み付いていた。






「ありがとうございましたー」


 深夜シフトの気力のない店員の声を背に、石沢の家から歩いて五分ほどのコンビニを出た。買ったものは、缶ビール数本と、タバコ一箱。石沢の家とは逆方向に少し歩き、住宅街の中に溶け込んだ小さな公園に入った。公園には誰もいない。一服するか。俺は公園のベンチに腰掛け、買ったばかりのタバコに火をつけた。


 佐々木は何であんな風に突っかかってきたのだろう。普段から嫌味っぽい奴ではあるが、ああまで露骨に言われたのは初めてだ。就活生同士に仲間意識など芽生えないってことなんだろうな。タバコの煙が、俺のため息を形作る。


 にこやかに接して適度に情報を抜きつつ、自分だけが次の面接への切符を手にするのを望んでいる、就活生とはそんな奴らばかりだ。面接官にしたって、どうせ大半は落とすことになるだろう学生たちに対して、なぜあれだけの愛想が振りまけるのか。就活という場では、誰もが探り合いをしていてその手の内を見せない。


 そして馬鹿らしいと思いつつも、いつの間にか俺もそのルールに則り誇張表現を駆使して自分をPRしている。これが社会人になるための通過儀礼だとしたら、社会人になった後には一体どれだけ分厚い仮面をかぶって過ごさなければいけないのだろう。……お先真っ暗だな。頭に次々と浮かぶネガティブな感情をかき消すように、タバコの吸い殻を靴で踏み潰した。


 ポケットに入っている携帯を見ると、二十一時になる頃だった。説明会で聞いた、ほぼ残業無しという情報がどこまで正確かは分からないが、確かに佐々木のいうとおりこの時間に電話がかかってくるとは思えなかった。そしてそのことにあまり落胆しなくなってしまった自分もまた、この就活という空気に染められている。


「まぁいいや、次、次……」


「お兄さん、ここ禁煙だよ」


 二本目のタバコに火をつけようとした時、少女らしき声がした。誰もいないと思って気が緩んでいた分、一瞬うろたえて辺りを見回す。公園の入り口の方に少女が立っていた。その姿を見て、柄にもなく背筋がゾッと震えるのを感じた。少女は細身で肌も髪もやけに色が薄く、暗闇の中にぼんやりと浮き上がって見えた。――まさか、幽霊? そういえば教習所に通っていた時に、交通事故で車とぶつかる前に人は身動きできなくなるって話を聞いた気がする。まさに今、逃げ出そうにも身体に力が入らずただ硬直していた。


 そんな俺を気にせず少女はずんずんと近寄ってきた。砂利を踏む軽い足音が響く。なるほど実体はあるらしい、と頭だけは冷静に分析していることに気づき呆れる。少女は目の前まで来て、わざと大きく咳き込んだ。


「禁煙」


「あ、あぁ、ごめんなさい」


 慌ててつけかけたタバコの火を消す。近くに来た少女の顔はしかめっつらをしていたが、どこか垢抜けない幼さが残っており中学生くらいに見えた。タバコをしまうと少女は先ほどまでのしかめっつらは嘘かと思うほど満足そうな笑みを浮かべ、隣に座ってきた。ベンチは狭く、少女の右手が少し触れたかと思うとピリッと静電気が発生して反射的に手を引っ込める。何が幽霊だ。酒も飲んでいないのにどうかしている。


 しかし、近くで見れば見るほど違和感のある容姿をしていた。顔の骨格は日本人の少女そのものだが、肌の色は日差しをどこか病的に感じるくらい白く、染めたようには思えない自然な栗色の髪とカーキ色の瞳はまるで外国人のようだ。


「ハーフかな、なんて思ってる? 残念、純日本人だよ。わたし、生まれつき色素が薄いの」


 じろじろと見ていたことを指摘されたようで気まずくなり目をそらす。しかし少女の方はそう見られるのに慣れているのか、嫌がる様子はなかった。こんな時間なのに不思議な子だ。タバコを邪魔された以上、このまま居座る理由は無いのだが、今すぐ立つのはなんだか少女に負けたような気がして石沢の家に戻る気にもならなかった。


「次はこんな夜中に一人で出歩くなんて不良なのか、とか思ってるでしょう」


 またも少女はこちらの考えを先回りして話す。


「あれ、今何で……?」


 疑問に思い少女の顔を見ると、自信たっぷりの笑みを浮かべていた。


「当たり? まぁ、確かに私はある意味不良なのかもしれないけど。夜遊びには興味ないから通報する必要はないよ」


「ああ、そうですか……」


 十くらい年の離れているはずの少女に簡単にペースを掴まれて釈然としない。そんなこちらの気分を察してか、少女はあははと笑って立ち上がった。


「そろそろ帰らないとパパが心配しちゃうな。またね、お兄さん。今日の面接は残念だったかもしれないけど、就活がんばって」


「え?」


 少女は手を振り、小走りに去っていった。一方的に疑問を残して呼び止める隙もない。俺のことは何一つ話していないはずだ。彼女は自分のことを知っていたのだろうか、それとも……。考えを巡らせて再び背筋に寒気を覚え、辺りを見回しながら公園を後にした。


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