第12話 ゴルキチ2

――ゴルキチ


――三日目

 早朝リベールが起きる前に、デイノニクスと馬車を取りに行った私が戻ってくると、準備しておいたスープはそのまま、パンさえ二口ほど齧ったままテーブルに放置してあった。

 全くちゃんと食べないと動けくなるぞ。私の体だったからよくわかる。正直に言うと私は割に食べるほうだ。だから食べないとダメなことは分かるんだ。


 ちゃんと食べるようにと注意しようとリベールの部屋の扉を開けると、彼女は虚ろな目で虚空を見ている。ベットに腰掛けたまま両手で両手斧を持った姿勢で。

 余りに奇妙で声が出ない。少し待ってみたが一向に変わる気配がないので、仕方なく声を掛けることにする。


「リベール、待たせた。デイノニクスと馬車を持ってきたぞ」


 私が声を掛けると、リベールはこちらの世界に戻ってきたようだ。瞳に色が戻る。

 彼女はパジャマのまま出かけようとするので、私が準備した服を指差すと恥ずかしそうに顔を赤らめた後とんでもないことを言うのだ。


「ブラジャーが無いから俺でも着れるもん」


 私だって! 私だって好きでつけてないわけじゃないんだ! 堪忍袋の緒が切れた私は思わず叫んでしまった。



 天空王の庭へ向かう途中、リベールは聞きなれない単語を私に聞いてきた。


「ゴルキチ、スキルって聞いたことあるか?」


 リベールは言うスキルとはどんなものなんだろう? 予想されるのは特殊な技といったところだろうか。必殺技とかなら少しカッコいいかもしれない。

 時間があれば、街に行って調べて来てもいいのだけど、今は時間が限られている。彼から言われれば調査に行くとしよう。


 野営の準備をしているとリベールは野営のことを全く知らない様子だった。本当に不思議な人だ。 蜂蜜熊にあれほど美しい舞を見せたかと思えば、パジャマのまま外へ出ようとしたり野営のことを全く知らなかったり。

 かと思ったら、天空王のことにも詳しそうだし、それなりの計画性をもって行動することもできる。基本頭が悪くはないのだろう、いやむしろ私より断然知性に富んでいるし、頭の回転も早いと思う。

 ただ、知らないことと知っていることが極端すぎるんだ。


「ゴルキチ、添い寝してやろうか?」


 しかし、すぐ調子に乗るところは何とかして欲しいな全く。



――四日目

 いよいよ「天空王の庭」へ向かう。昨年ここへ私と見届け人と共に来た生贄の少女の命は今はない。今年は私がそうなるはずだった。

 昨年来た道を歩いていると、鬱屈とした気持ちになってくる。隣を歩くリベールは歩きながら思考の海に沈んでいるようだ。野外活動の知識が無かったから山歩きも苦労するかと思ったが、私の体なら心配する必要もないか。

 それなりに体のほうは野外活動に慣れているはずだ。


 龍の巣の近くまで来たので、私は一旦立ち止まりリベールを見るが、彼女の歩みが止まらないため、手で彼女を引き止める。

 胸に手が当たるが、我ながら悲しいほど感触がないことで、緊張する場面なのに別の意味で暗い気持ちになってしまった......

 今更、胸のことは気にしないようにしているし、他人からどう思われようと心を鉄に保っていたんだ。しかし、他人の体で触れると思い知らされるようで少しキツイ。


 「天空王」の観察が済んだ私たちは帰路についていた。そこでリベールはとんでもないことを言い始めたのだ!


「さっき見たあれは、天空王じゃない」


 なんだと! あれこそ「天空王」ではないのか、幾多の乙女を喰らってきた憎き龍。彼女の言葉を聞く限り、「彼」の知っている「天空王」と別の龍らしい。「彼」の世界での呼び名は「火炎飛龍」と呼ぶそうだ。

 「火炎飛龍」を見てからリベールの表情は曇ったままだ。リベールが暗くなっているのは、きっと思っていた「天空王」より「火炎飛龍」の方が遥かに強力な龍だったためだと推測できる。


 思いつめた表情のままリベールは、


「ゴルキチ、正直に言う。今のままでは火炎飛龍に勝てない」


 と私に告げる。そうか......彼でも不可能なほど奴は強いのか。

 私を落としておいてすぐに彼女は、「倒す方法が二つある」と言う。

 なら最初に言って欲しい! 



 館に向かうリベールの様子は憔悴したものと私には感じられた。思うに「天空王」討伐の困難さが過度に上昇したのだろう。

 「彼」ほどの使い手をもってしても非常に厳しい戦いとなるのか。予想していた「天空王」で無かったことが彼の焦燥感をさらに加速させているように思える。

 最初から「火炎飛龍」と分かっていれば、ここまでひどい状態にはならなかったはずだ。


 リベールの憔悴の証拠に、額を私の肩に乗せてきてため息をついてる。私に沈んだ顔を見せまいとするその心は立派だと思うが、私にそんな気を使わないで欲しい。私が出来ることは君の沈んだ気持ちを和らげることくらいしかできないのだから。

 急に彼女がいじらしく思えてしまい、私は彼女の頭を撫でる。最初ビックリして抵抗しようとした彼女は、すぐに撫でられるままに身を寄せてきた。なんだ憎まれ口ばかりと思っていたら可愛いところもあるじゃないか。



 よっぽど恥ずかしいのだろう、お礼を言うのに口ごもる彼女は、自分の体とはいえ可愛く見えた。 私は焦ったときこんな顔するのだうか。いや、きっと「彼」だからこそだろう。


「あ、ありがと......」


 どれだけ困難な道を「彼」は歩むのだろう。不安に押しつぶされることだろう。それなのに、私に一言も文句を言わない。私がそのままなら......

 少しでも彼の安らぎになればと、私は彼を抱きしめて頭を撫でる。


「君ならきっと討伐できるさ」


 心からそう思う。私では立ち向かおうとも思わなかった。きっと「彼」なら「火炎飛龍」を討伐できるとも! どれほどの困難であっても。「彼」ならきっと。


「ああ、俺たちならきっとできる」


 「彼」はいつも「俺たち」と言ってくれる。恨むはずの私に運命共同体だと言ってくれる。浅はかな私でいいのだろうか。

 彼女も私の背中に手を回しギュっと抱きしめてくる。急に彼が愛しくなり、私もまた彼女をギュっと抱きしめるのだった。必ず「彼」ならやれると信じて。



――五日目

 朝起きるとリベールがしがみついていた。安らかに眠る彼女の顔を見ると、せめて今だけはそのままで居て欲しいと思う。起きればまた悲愴な彼女の顔を見るのだから。

 彼女が起きたとき、急いで離れる姿がいじらしかったが、気がつかない振りをして私も起き上がる。


 館に到着したのは昼前だったので残り時間は少ないが、私はリベールから依頼された「ベルセルク」について聞き込みを行うべく街へと向かう。

 リベールの体であれば、まだ聞き込みもはかどったのだろうが、ゴルキチはこの街に来たことがないらしく、見慣れないスキンヘッドの男ではなかなか情報を聞くこともままならない。

 酒場のマスターを始め、飲食店を中心にミルクを注文しながら聞き込みを続ける。しかし、男の人は不便だ。ミルクを注文するといつも笑われるんだが......。

 お酒なんぞ飲んだら、行動に支障が出るし、私はミルクが好きだし。ままならないものだ。


 リベールはリベールで修行を続け、私は私で聞き込みを続けあっという間に三日が過ぎることになる。

 明日は見届け人と来年度の犠牲者が館を訪ねてくる。四人で馬車に乗り「天空王の庭」へ向かうことになるだろう。

 結局私は「ベルセルク」の有力な情報を得ることができなかった。本当にすまないリベール。

 しかし時は残酷で、もうすでに本日も日が暮れている。私とリベールは食卓につき、明日のことを話はじめるのだった......

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