第11話 甘えてなんかいないんだからね

 やはりゴルキチはベルセルクという言葉そのものを知らなかった。ゲームには職業があり、ベルセルクもそのうちの一つになる。

 ベルセルクは両手斧を扱うことができる職業で、「バーサーク」というスキルを使うことができるのだ。

 「バーサーク」は単純に攻撃力が上がり、防御力がダウンするスキルだけど、両手斧の戦闘用AIには「バーサーク」が組み込まれているため、「バーサーク」が無いと戦闘用AIを使うことができない。

 「火炎飛龍」に対しては、両手槍の戦闘用AIが無い。しかし、両手斧の戦闘用AIならあるんだ。もし「バーサーク」が使うことが出来るのなら「火炎飛龍」は倒すことが可能と思う。

 「天空王の巣」で「火炎飛龍」を観察した限り、ゲーム内と変わらないように見えた。知性も動物並だと推測される。


 しかしゴルキチは聞いたことが無いか。どうしたものか。俺は御者台に座るゴルキチの肩を掴み、彼の肩に額を乗せる。ため息をつく姿を見られたくなかったのでゴルキチから見えない肩の上でため息をついたのだった。

 決してこれからの困難さを思い、甘えたわけではない。甘えたわけではないんだ。

 勘違いしたのか、ゴルキチは俺の頭に手をやり撫でてくる。悔しいことに心地よくて、手を払いのけることが出来なかった。



 俺たちは街道沿いに馬車を停車させ野営することにしたが、「火炎飛龍」をどうするか思案している俺を気遣ってか、ゴルキチは無言で食事の準備をしている。


「さっきは......」


 撫でてくれたことにお礼を言おうとした俺は口ごもる。


「ん?」


 食事の準備の手を止めずゴルキチがこちらを向くが、目を合わせるとさらに恥ずかしい。


「あ、あー。なんだ」


「ん? ああ」


 ゴルキチは何か気がついたみたいで、顔がニヤついている。ほれほれ言ってみろと目で訴えている。ぐう。


「あ、ありがと......」


 なんとか言い切った俺にゴルキチは立ち上がり、また頭を撫でてくる。俺が頭を撫でられて嬉しいと思ってもらっては心外だ! さらに抱きしめられた。

 振り切ろうと思えばすぐに振り切れるのに、体はそれを拒絶する。これまで感じたことのない安心感が俺を満たしてくるのに気持ちは逆らうも、このままがいいという気持ちが俺を覆い尽くすのだ。


「君ならきっと討伐できるさ」


 ゴルキチは片手で俺の頭を撫で、片腕を俺の背中に回したまま俺に囁く。しかしこの言葉はまるで自分に言い聞かせてるようにも聞こえる。


「ああ、俺たちならきっとできる」


 俺も自分に言い聞かせるようにゴルキチに囁く。いつしか彼の大きな背中に手を回しながら。


――五日目

 朝起きると、ゴルキチにしがみついていた! 急いで彼から離れるとゴルキチも起きたようだ。

 どうも体のせいなのか、あまりに精神的に追い詰められているのか分からないが、ゴルキチに甘えてしまっている。あと五日で死ぬか生きるかが決まる状況で、勝てるかどうかも分からない。

 うん、考えてみると確かにヘタってもおかしくない精神状態だ。

 多少甘えるくらいよしとしよう。気持ちも落ち着くし。


「ゴルキチ、戻ったら頼みたいことがある」


 御者台に移動したゴルキチの隣に座り、今後について俺は相談をはじめる。


「私にできることなら、何でも言ってくれ」


 ゴルキチは俺の言葉に快く頷いてくれる。最初からずっと協力的なことは有難い。自分に負い目があるとは言え、俺を見捨てて逃げても問題ない立場だったろうに。


「ベルセルクについて、街で調べてくれないか? 知ってる人を探せれば何か分かるかも知れない」


「了解した。館に戻ったらすぐに街に出よう。君はどうするんだ?」


「俺は残り三日間、修行を行うよ。ゴルキチとは別行動になるが、夜に情報交換しよう」


「分かった。時間も限られてる。私もベストを尽くそう」


 こうしてゴルキチは街で情報収集、俺は修行に出ることとなる。



◇◇◇◇◇



 ベルセルクに転職し、「バーサーク」が使えるかどうか分からない以上もう一つの方法も試していかないとダメだ。そこで修行というわけだ。正直、かなりかなりかなり気が進まない。

 これがゲーム内ならまず「火炎飛龍」には勝てるが、ここは現実だ。問題は俺自身の恐怖心だ。命のやり取りなんてしたことがない、まともに戦ったことも無い、心得も無いと俺自身の心理状態が勝率を限りなく低くしている。


 戦闘用AIには、蜂蜜熊で使用した自動操作モードと異なるもう一つのモードがある。それは、マニュアル操作モード。

 マニュアル操作モードは、戦闘用AIが指示するモーションを自身で動かすモードだ。

 例えば、戦闘用AIが「A」ボタンを押せと指示を出せば、自動操作モードなら自動で押してくれるが、マニュアル操作モードなら自身で「A」ボタンを押す必要がある。

 ただ、プログラムが操作する自動操作モードと違い、マニュアル操作モードは戦闘用AIの動きがかなり異なるのだ。

 簡単に言えば、マニュアル操作モードでは敵モンスターの動きを読んで、必ず安全な位置に動けるように指示を出すだけだ。一方で自動操作モードの場合は攻防一体になるよう、非常に緻密な動きを行う。

 マニュアル操作モードの利点は、敵モンスターの動きと自身の動きが把握していれば使えること。つまり、「火炎飛龍」に対して両手槍で挑むことができる。


 もちろん自動操作モードに比べ格段に性能が落ちるマニュアル操作モードでは、敵モンスターが強いと勝率がかなり落ちてくる。しかし、「火炎飛龍」程度の難易度ならば百回やって百回勝てるだけの性能は持っている。


 問題は、俺自身。


 自分を倒そうとしてくる化物相手に俺がまともにボタンを押すことができるかだ。すでに全ての動作パターンは脳内ディスプレイに表示されているのでボタンを選んで実行するだけだ。

 ボタンを選んで押すだけなんて簡単だろうと思うかもしれない。しかし死の恐怖と戦いながらミス無くボタンを押し切れる自信が俺にはない。


 そこで、修行というわけだ。


 修行方法は単純明快、まず自動操作モードで相手を出来る限り見て恐怖心を少しづつ取っていく。 次にマニュアル操作モードで戦ってみる。危なくなった時には逃げれる相手がいい。

 そう、蜂蜜熊の乱獲だ。


 「蜂蜜熊」は「天空王」はおろか「火炎飛龍」よりも格段に落ちるモンスターだから、戦闘用AIが指示してくる操作もかなりゆっくりになる。これで期日まで慣らせるだけ慣らそうというわけだ。

 万が一の時は、蜂蜜壺を投げれば逃げれるから修行にはもってこいだ。蜂蜜壺を投げる動作は、脳内ディスプレイの一番押しやすい位置に移動させておくのも忘れない。


 「蜂蜜熊」がこの森にどれくらい生息しているか不明だが、三日間狩りまくれるくらいの数が居てくれることを願うばかりだ。

 考え事をしながら、探していると「蜂蜜熊」一匹目を発見する。さて、修行開始と行きますか。


 初日は自動操作モードのみで戦う、すでに昼を過ぎているが暗くなるまでに最低三匹は狩りたいところだ。

 一匹目を自動操作モードで仕留めた俺は、次の獲物を探しに仕留めた「蜂蜜熊」の剥ぎ取りもせず急ぎこの場を去る。

 暗くなるころに四匹の蜂蜜熊を倒した俺は、ログハウスに帰宅することにした。

 収穫は勿論あった。迫り来る蜂蜜熊は自動操作モードと言え迫力があり過ぎる。最低限ボタンを押せるだけの気概を鍛えねば。蜂蜜熊が上げる咆哮や、流す血も恐怖や動揺の対象だったため、これにも慣れないとなあ。


 帰宅した俺はご飯を作って待っててくれたゴルキチと情報交換を行う。

 今日は昼からということもあり、ゴルキチからは全く情報が無かったと悔しそうに告げられた。 元々ベルセルクについては当たればラッキー程度にしか考えていない。俺はゴルキチに「気に病むな」と伝え汗を流しに浴室に向かうのだった。

 浴室は別の意味で慣れないんだよなあ。いっそのこと目をつぶってゴルキチに洗ってもらうか。いや、子供だと思われて馬鹿にされそうだ......。


 明日数匹「蜂蜜熊」を狩ればいよいよマニュアル操作モードを試そうじゃないか。

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