第13話 出立

「明日朝迎えが来る」


 夕食時に俺たちは明日の確認を行っている。ゴルキチが言うには明日朝に見届け人と呼ばれる監視役と、来年度の犠牲者がやって来るらしい。

 全員で馬車に乗り、「天空王の山」に向かう。そして、先日俺がゴルキチに手で止められた辺りまで全員で移動するらしい。


 修行はここ三日で何とか恐怖心を抑え、脳内でボタンを押せるようになった。後は俺次第だ。

 残念なことにベルセルクの情報は全く手に入らなかった。

 もしかしたら、もっと大きな街へ行けば情報があるのかもしれないけど、ゴルキチは短い時間ながらよく動いてくれたと思う。結果は残念だったけれど、彼に何か思うところは全くない。


 パンまで食べる気にならなかった俺はボルシチ風の煮込み料理に少しだけ口をつける。元から余り食べる方ではなかったので、多少食べれば充分だ。明日からはじまる過酷な旅程に食欲がなくなってるわけではないが、ゴルキチから待ったがかかる。


「ちゃんと食べないとダメだ」


 二杯目のミルクを飲みながら、顎でパンを指すゴルキチに、俺は肩をすくめる。


「いや、もういいかなって」


 上目遣いでゴルキチを見つめるも、彼はニヤリといやらしい笑みを浮かべる。


「ふーん、女の子だから食べないとかか?」


 断じて、心まで女子になったつもりはないぞ!ちくしょう、食べてやる。

 パンを鷲掴みにし、口に運びながら、ボルシチの人参をフォークで突き刺しさらに詰め込む。ハッとなってゴルキチを見ると、満足そうな笑みを浮かべ頷いていやがる。

 俺はハメられたことが分かり、真っ赤になる。


「ムキになって可愛いやつだ」


 翌朝さらなる羞恥が俺を襲うことになる。食事のことなど些細なことだったのだ。


「防具の準備は完了している。明日装備して目的地に向かおう」


 続けてゴルキチは装備のことについて確認するも、食事のことでムキになっていた俺は余り聞いてなかった。

 これがリベールになって以来最大の後悔となることをこの時まだ俺は認識していなかった......



――翌朝六日目

 ゴルキチは俺のために防具を準備してくれていた。「どうだ?」と満足気に見せてきた装備は、白銀のプレートメイルに藍色のスカートとスカートガード。厚手の茶色のブーツ。

 ゴルキチは俺がスカート嫌がるとか思ってないんだろうな。

 まあここまではいい。スカートヒラヒラさせて戦おうじゃないか。

 問題はスカートの下だ。


「これ、つけるの?」


 紐がついたストッキングらしき物を指差しゴルキチに問いかける。それはもう嫌そうに。


「ああ、その装備にはガーターがベストだ」


 いや、頑張って俺のために装備を作ってくれたのはありがたいのだ。しかし、中身男だと分かってやってるのか? ゴルキチの趣味を全面に出されても困る。防具をお任せしていた俺も悪いんだけど。


「分かった。着るよ。着ればいいんだろ」


 俺はゴルキチの前でパンツとキャミソールだけの格好になり、装備を付け始めるがゴルキチから待ったがまたかかる。


「ガーダーはな、下着の下に通すんだ」


 そんなもん知るわけないだろ! どんな羞恥プレイだ! 知っててやってるのか素でやってるのかどっちだよ。いやたぶん素なんだろうな。顔が真剣だもの。


「分かった。もうどうとでもしてくれ」


 俺は下着を全部脱ぎ裸体になる。ゴルキチは「上は脱がなくていい」と俺のおっぱいを見て悔しそうな顔をする。

 小さいのを気にしてるのは分かったけど、今は俺の体な。恥ずかしいんだけど......


 顔をお尻に近づけるガーダーを持つハゲのゴツい男......絵的に完全アウトだ。

 お尻が微妙なゴルキチの吐息を感じるのもダメだ。ダメなんだけど、嫌な気分だけじゃない自分がいてさらにへこむ。


 されるままに着せられた俺の精神力はもう限界だった。迎えが来るまでソファーでうなだれて過ごすことになってしまう。つ、疲れた。


「リベール、そのままで構わないから聞いてくれ。ゴルキチのことだ」


「ん?」


 ゴルキチが言ったことはなかなか衝撃だった。彼はリベールと面識が無く、近くにある街でもゴルキチの容貌を知る人はいないかもしれない。少なくとも街で聞き込みに行った限りでは、ゴルキチを知る者はいなかった。

 ゴルキチはどこの人間なんだろうか?

 いずれゴルキチの心が何処に行ったなど素性を調べる必要があるけど、今は後回しだ。


 ゴルキチはリベールの遠い遠い縁戚にでもしておこうとなった。見届け人は、これから生贄になるリベールの最期を見に来たと勝手に思ってくれるだろうし。問題はないだろう。

 話中はずっとソファーに顔を埋めていた俺であったが、話が終わってもそのままの体勢であった......ショックは大きいのだ。



◇◇◇◇◇



 ソファーに突っ伏していると、ゴルキチから声がかかる。どうやらお客さんが来たようだ。


 やって来たのは、兵士風のよく日に焼けた肌を持つ、明るい茶色の短い髪をとんがらせた30前後の男と、リベールより少し年下に見える丸い大きな目が特徴のお下げ髪の女の子だった。

 男が見届け人、女の子は来年の生贄だろう。


「リベールさん」


 お下げ髪の女の子が大きな瞳を潤ませながら俺の名を呼ぶ。


「大丈夫、必ず」


 何が大丈夫かは敢えて言わない。そういえばゴルキチから、この二人のことを聞いてないぞ。誰が来るのかゴルキチも分かってないかもしれないと思い彼に目配せすると、青ざめた顔でお下げの子を見つめているじゃないか。

 知り合いかもしれないな。

 チャンスがあればゴルキチに聞いてみないと。


「本当に戦うようだな。リベール」


 兵士らしきトンガリは、厚手の皮鎧を着ているため、動くと硬い音が響く。全員沈黙を保っていたので、やけにその音が耳につく。


「もちろんですとも。必ずや果たしてみせます」


 おそらく兵士さんはリベールより目上の人なので、敬語でリベールぽく話すことを心掛ける。


「こちらは、ゴルキチです。遠い、そう遠い縁に当たる者です」


 俺はあらかじめ決めておいたゴルキチの設定を伝える。兵士さんはゴルキチに目をやると軽く会釈すると、何やら察した様子で首を振る。


「ゴルキチ殿も付き添われるということでよろしいか?」


 兵士さんの問いにゴルキチが応じる。


「はい。戦士長殿」


 ゴルキチが自身が戦士長であることを知っていたことに少し驚いた様子であったものの、兵士さんは「問題ない」と同行を許可する。


 こうして俺たちは「天空王の庭」へと、デイノニクス二匹が引っ張る馬車で向かうことになった。



◇◇◇◇◇



「ゴルキチ、あの二人のこと一応教えておいてくれないか?」


 二人は気を使って馬車に入っていてくれている。遠い親戚と最期の別れの時ってやつか。気になっていたのがお下げ髪の女の子のことだ。振る舞いを見てるとどうもリベールの知り合いに思えてならないから。


「戦士長は私の所属していた戦士団のリーダーになる。お下げ髪は妹みたいな関係だ」


 ゴルキチの声は暗い。どちらも親しい仲か。逃げたらこいつらに害が行くぞとの無言の脅しみたいなものか。

 リベールの街での立場はある程度予想は立っている。だいたい戦士として鍛えていたリベールを生贄に出すのは、街にとっての損失だと思うんだ。

 街の警備にも害獣駆除にも力仕事をする人間は必要な上、わざわざ血を見る仕事をするものは少ないと思う。

 普通に考えてリベールが生贄になるのはおかしい。そして、来年はリベールが妹のように可愛がっていたお下げ髪の女の子が犠牲になるんだ。

 リベールの街での立場が非常に危ういことは当初から考えていたが、差し迫った生贄があるため、考えないようにしていた。

 いずれにしろ、「火炎飛竜」を倒せなければ全て意味のないことだから。


「そうか。とにかく火炎飛竜を倒すまでは次を考えるのはよそう。お下げ髪の名前だけでも教えてくれないか?」


「イチゴだ」


 イチゴ! またゲームにいたプレイヤーの名前か。確かに言われてみれば、ゲームにいたイチゴに背格好は似ているかもしれない。いつも帽子を被っていたから髪型は分からなかった。しかし、あの大きな丸い目は確かにゲームのイチゴに似ている気がする。

 何だ。ゲームとこの世界、何があるんだ。


 この後イチゴと話すことも考えたが、ボロが出そうなのでゴルキチには悪いが二人で話すことは断念した。よけい不安にしそうだからな。

 余計なことはなるべく抱えたくない。今はただ「火炎飛竜」のみに集中しなければ。


 そして、ついに翌朝になる。

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