春風や

 猫がいた。三毛猫だ。塀の上に丸まっていた。時折前を通る人間を、眺めていた。首輪は無い。おそらく野良だろう。だがその割には、毛並みが良かった。


はるか、あれ。」


幡宮はたみや八雲やくもはその猫を指す。


「まさか、こんな所にいるなんてね。」


妹のはるかが感心したように言った。



 ——二人が東京に着いたのは正午過ぎ。今は飯田橋(東京都千代田区)に来ている。東京にいる幡宮はたみやの本拠地となっている神社が所在しているのだ。



 ——その猫はわかりにくいがあやかしであった。かなり現世うつしよの生物————よりだから、ぱっと見、ただの猫であった。しかし、正真正銘の妖であることは、すぐに分かった。


「とりあえず、こっちの幡宮はたみやに聞く? 結界は張ってあるみたいだし。」


その猫の周りには球形の結界が張ってあった。形状・構造からして幡宮はたみやの物であることは予想がついた。


「うん、まずは挨拶に行こう。妖に気付いてないはずないしね。」


はるかはスマホで地図を確認しながら言った。



 目的地の神社に着く。鳥居を潜る。八雲やくもが一礼する横をさっさとはるかは歩いていった。相変わらずはるかは礼をしないんだから……。いつか撥でも当たるんじゃないか? 神に好かれているかんなぎとはいえ、調子に乗るのは良くないんじゃないかな、と八雲は思った。



 社務所に行く。幡宮はたみやの人間だと言ったら、すぐに入れられた。


「本家の方から伺っております。幡宮はたみや八雲やくもさんとはるかさんですね?」


「はい。」


「お上がりください。」


巫女装束を着た若い女は、二人を奥へと案内した。



 奥の座敷には男が座っていた。


「今日は。お話は聞いています。……、赤い霧、ですか。この前に続き、また東京とは……。」


男は言う。話に聞いていた幡宮はたみやとはこの男だろう。


「そうですね……、今回はその調査も兼ねて、家の方から行くように言われたんですよね。」


八雲やくもは座りながら言った。


「そうですか。……これからすぐに学校に?」


「いえ、今日は士示ししの方々に挨拶をして、明日・明後日で手続きを終わらせたいと考えています。」



 それから暫く他愛も無い世間話をしていた。すると、はるか八雲やくもの脇を突いてきた。


〈何? はるか。〉


八雲やくもが小声で尋ねた。


〈妖。〉


はるかはそれに一単語で応えた。


「どうかしました?」


男が不審そうに聞いてくる。


「ああ、いえ……、その、そこに妖らしきものがいたので、どうするのかと……?」


「ああ、はい。猫ですよね? 我々も今朝見つけたばかりで……、今は人も多いので、一先ず結界だけかけています。まがりならってしまうんですけどね。」


男は頭をかいた。



 八雲やくもは時計を見た。


「そうですか。ではそちらの方はお任せします。ああ、じゃあ、そろそろ。」


「はは、もっとゆっくりしても良いんですよ。」


「お気遣いなく。……そうそう、これ、父からです。」


八雲やくもは親父から預かっていた木箱を渡す。


「おや、信之のぶゆき様から……。これはこれは。」


男はそれを丁寧に受け取った。中身は知らないが、どうせ呪物の類いだろう。


────────


 八雲やくもはるかは駅に行き、寺口駅へと向かった。



 改札を出て、階段を降りて、駅の北口に出る。バスターミナルの先に商店街があった。


「蔵里神社で良いんだよね?」


「親父はそう言ってた。」



 商店街を通り過ぎたら、車の往来が激しい道路がある。そこの横断歩道を渡って左へ曲がるれば、すぐに目的地であった。


「ここ……、だよな?」


「地図ではね。」


はるかが地図を確認する。


「——裏から行けって言われてたよね?」


「そうだったな。一周、歩いてみるか。」



 八雲やくもはるかは神社の周りを歩いた。1/4周ほどしたところで、インターホンらしき物があった。



 はるかがそれを押す。幡宮はたみや、と名前を出したら、すぐに行くと言われた。



 ガラガラと木戸が開かれる。出てきたのは女性だった。


幡宮はたみや八雲やくもさんとはるかさんよね? 御免なさいね。今、あの馬鹿神主は寝込んでるのよ。」


女性はさらりと言った。


「ん?」


はるかが頭の上にを浮かべる。


「大丈夫よ。酔い潰れてるだけだから。ここの神主、いっつも酒、酒、酒で困っちゃうわ。そうそう、荷物はさっき届いたわ。ついでに言っておくと、私は三隹みとりよ。ま、士示しし一派の禍禊まがらいの一人ってところね。……、それより上がって。疲れたでしょ?」


その女性はそう続けた。



 馬鹿神主呼ばわりするあの人も中々だが、昼間っから酔いつぶれてて良いのか? 神職。八雲やくもは、これまた随分とツッコミどころが満載な所に来てしまったな、と思った。

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空ノ空 ——the vacant sky アンノウン芋 @UnknownImo

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