第32話 魔法の常識

「気がついたか」


 どこかでトリアンの声が聴こえた。

 まだ目も開けておらず、ぼんやりとして意識も定まらないような中で、シンノは微睡むような気怠い気持ちで双眸をゆっくりと開いた。

 そこに、シンノの師匠の顔があった。


「師匠?」


 こんなに近くで師匠の顔を見上げたのは久しぶりだった。

 もっと小さい頃に甘えて抱き上げてもらった時以来のことだ。

 端正で綺麗な目鼻立ちなのに甘い感じのしない、シンノの大好きな顔だった。ルナリア学園にいっぱいいる同年齢の男の子達の誰一人として、こんなに佳い顔立ちの人は居なかった。

 目つきが悪いだけの男はいっぱいいる。拗ねたような眼をした奴もいっぱいいる。甘ったるいだけの奴、夢のような呑気なことを言ってる奴、ルナリア学園には溢れかえっていた。


「痛むか?」


 向けられた双眸は穏やかだった。

 シンノは小さく頭を振った。ようやく、どういう状況か飲み込めてきた。

 今の自分は、トリアンによって抱えられているのだ。組み手で意識を失ったのだろう。背中と曲げた膝裏に温かい手の感触がある。

 トリアンに横抱きに抱えてもらっているらしい。

 正直、体はあちこち傷んでいたが、心の方はポカポカである。


「師匠・・17歳?」


 なんとなく、口から出た。


「いや、まだ16歳らしい。たぶん、もうすぐ17になるんだろう」


 トリアンが日差しを見上げるようにしながら答えた。


「そっかぁ」


 ぼんやりとシンノは呟いた。

 これだけ陽に当たっているのに灼けない白い肌である。鴉のように艶のある黒髪も、深い紫色にも見える黒瞳も、とても綺麗だった。傷一つ無い、陶磁器のような肌に見える。

 口を閉じていれば、どんな貴族の御曹司にだって見劣りはしない気品があった。これは、シンノの贔屓目だけでは無いはずだ。

 ただし、口を開くと大変だ。

 甘いことを言っていると、ばっさりと斬って捨てられる。斬り捨てておいて、そのまま振り返りもしないで先へ進む。


「ぴりりと辛口なんです」


 シンノは呟いた。


「・・頭を打ち過ぎたな」


 トリアンが納得顔で頷いた。

 一人で理解して、一人で納得してしまっている。

 会話の成立する気配がゼロなのだ。


「師匠、重い?」


「いや・・自分で歩けそうか?」


「うぅん・・もうちょっと駄目みたい」


「・・そうか」


 ちらとシンノの顔を見て、トリアンの目元が小さく笑ったように見えた。

 昔なら、狸だと言われたところだ。


「お姉ちゃん、元気?」


「どうかな、半年前に挨拶に行った時は、何か変わった本を作ってたな」


「魔法の本?」


「さあ・・なんか毒だから見せられないとか・・腐ってるとか・・色々言ってた」


「ふうん、きっと難しい呪術の本なんだね」


「まあ、見ない方が良いだろうな」


「禁呪本って言う本かな?」


「そうかもしれないな」


「・・師匠、禁呪を使える?」


「当然だ」


 トリアンが頷いた。


「・・それって、当然なのかなぁ?」


 シンノは首を傾げた。


「これでもおまえの師匠だぞ?禁呪くらい使えないでどうする」


「うぅ・・ん、まあ、そうなの・・かなぁ?」


 どうも素直に納得できないシンノだった。

 色々と尺度がズレている気もするが、この師匠は出来ないことを出来るとは言わない。例えそれが魔導の世界で禁止された禁呪だったとしても、使えると言うのなら本当に使えるのだ。


「そう言えば、師匠って、属性魔法を使えるようになったの?」


 シンノの雷玉とそっくり同じものを生み出していた。


「いや、未だに魔法適性は無いらしい。どうしても、弱々しい威力しか出せない」


「うぅ・・師匠の不得意な属性魔法でやられるなんて」


 シンノは手で顔を覆った。


「あれは良かった。いつもの追尾弾や散弾なら楽に避けられるが、ああいう読めない動きをする魔法弾を戦法に織り込むのはとても良い」


 手放しに褒められて、シンノは顔を覆った指の間から師匠を見た。


「本当?」


「ああ、あれだけに頼り切るのは危険だが、上手に扱えば良い武器になる」


「えへへ・・」


 シンノは前髪を両手で撫でつけながら照れ笑いに笑った。


「そう言えば、サイリが鍛冶師を紹介すると言っていた。おれも鋼材や石の持ち合わせがあるし、両手持ちの斧だったか?・・頼んでみるか」


「地下の迷宮に行くなら、防具もあった方が良いですよね?」


「よほど質の良い防具なら価値があるが・・魔法の一撃で溶けるようだと邪魔にしかならないぞ?」


「そこで、付与の魔法です」


「付与術?」


「むふふ・・もしかしたら、わたしの一番得意な魔法かもしれません」


「そうなのか?」


「属性魔法よりも、付与魔法の方が段違いに上位まで使えると宣言しちゃいます」


「ほう・・」


 トリアンがまじまじとシンノを見た。


「師匠のように物を収納したりできる魔法鞄も作りましたよ」


 シンノは、むふむふと笑みを浮かべて目尻を下げた。


「おれの真似事だけじゃないだろうな?」


「勿論です。ちょっと、場面は限られますけど・・」


「いや、属性魔法だけでは駄目だ。他の手段も覚えてもらうつもりでいた。人や物だけでなく、魔力そのものにも付与が出来ると読んだことがある。使い方によっては強力な決め手になる」


「わわぁ・・もうっ、さすが師匠。魔法に付与魔法がかかるの知ってたんですか」


 シンノはむぅと唸って腕組みをした。

 秘密兵器のつもりだったのだ。


「時間がかかるのか?」


「うん・・ちょっと複雑なんです。練習してるんだけど・・」


「いや、それで良い。付与魔法は大きな力になる」


 トリアンに褒められて、抱きかかえられたまま、シンノの銀毛の尻尾が忙しく振られる。


「今のシンノの力は把握できたし、おまえの付与魔法があるなら防具を揃える価値があるな」


 言いながら、トリアンがシンノを地面に降ろした。

 満面の笑顔のまま地面に足を降ろして、シンノは大きく伸びをした。

 そこで周囲の状況に気がついた。

 国王に王妃、サイリ以下の影衆達、そしてグレイヌ王女に騎士達、戦士団に職人達まで、ずらりと200名ほど勢揃いしていた。


「へ・・?」


 硬直するシンノを見ながら、みんながニヤニヤと相好を崩している。


「ややや・・やれ・・あれ?なんで、みんな・・なんですかっ!?」


 銀毛の尻尾を逆立てて、トリアンを見て、みんなを見て、と忙しく体の向きを変える。


「魔法の習得度合いを見せて貰う時間だ」


 トリアンが説明した。


「ああ・・うう、そうでしたっけ?」


「ほら、みんな待ってるぞ」


「へ?」


「土人形を出してやれ。それを仮想敵にしてもらう」


「・・分かりました!」


 シンノが真っ赤な顔のまま頷くと、足でパタパタと地面を踏む。

 直後に、地面が盛り上がって寸胴で手足の短い土人形の形になった。

 ただ、少し大き過ぎたかもしれない。

 文字通りに雲を突くような巨大な土人形である。


「ひゃぁぁ、無し、無しっ!」


 シンノは大慌てで手を振りつつ、土人形を元の土に戻して消し去る。


「真面目にやれ」


 トリアンの拳骨が頭頂に炸裂してシンノが頭を抱えて座り込む。そのまま、足先を震わせるように地面を踏んだ。

 今度は、背丈が3メルテ程度の土人形が500体ずらりと出現した。


「い・・いって・・行っちゃって」


 痛む頭をさすりつつ、シンノが涙目で土人形に向かって、シッシッと手を振る。

 それを合図に、土人形達が一斉に動いてルナトゥーラの精鋭達に襲いかかった。


「えっ・・」


 いきなり襟首を掴まれて、シンノは地面から持ち上げられた。

 こんなことをするのは、トリアンしかいない。


「出し過ぎだ。とりあえず、王と王妃だけは守れ」


 トリアンに睨まれて、


「は、はいっ!・・あわぁぁぁ~」


 空を放り投げられて、騒然と入り乱れた乱戦になった現場を跳び越え、シンノは王妃の近くに降り立った。すぐさま、地面に手を着いて、柵状に土を持ち上げて固めた。

 2体、3体と土人形が体当たりをしてきたがビクともしない。

 シンノはちらりと王と王妃を振り返った。近衛騎士達の視線が注がれている。


「ええ・・もう、大丈夫です」


 シンノは咳払いをした。


「安心して、訓練をご覧下さい」


 にこりと笑って見せる。

 その背後から、火球の流れ弾が飛来した。

 しかし、見えない壁に当たって霧散して消える。


「ここだけの話、わたしの結界を破れるのは、あそこの鬼教官だけですからね」


 こそこそと小声で告げる。

 王妃がクスッと笑って近寄った。


「貴女の教官さんは、やっぱりお強いの?」


「強いとか何とか、もう・・そんな尺度を超えちゃってます。デタラメです。真面目な話、逆らっちゃ駄目です。即命日です。地図から国が消えちゃいますよ」


 重たい破砕音が鳴り響き、シンノがちらりと振り返った。

 サイリが土人形を粉砕したところだった。

 影衆の女達も、他の騎士や戦士達も混乱から立ち直って優位に戦いをすすめていた。


「貴女から見て、どうかしら?」


 王妃が訊いた。


「始めたばかりなのに、よく使えてます。特に、あの人と・・あっちの白髪の人、それから小柄ですけど、肩に入れ墨をしている人は体と魔力の馴染みが良いです」


「カイナードのレイ・メンという剣士と戦える?」


「今くらいじゃ厳しいです」


「・・そうですか」


「でも、師匠が鬼なので大丈夫です」


「間に合うかしら?」


「必ず間に合います。どんな手を使っても間に合わせるんです。本物の鬼なんです。ルナトゥーラの人はみんな角があって鬼人なんて呼ばれてるそうですけど、うちの師匠は角が無いのに鬼なんです。それはもう・・」


 と言葉を続けかけて、王妃の視線と表情に気がついてシンノがビクリと身を固くした。


「我が師匠を信じることです。この地上で、あの人ほど優れた指導者はいません!最高の教官なんですからね!」


 必死に力説する銀毛の頭に、トリアンの手が置かれた。

 いつの間にか、すぐ後ろに立っていたのだ。


「し、師匠・・いらっしゃったんですか!?」


「ああ・・少し前からな」


「ひぃっ!」


 シンノの喉が鳴った。


「まあ良い」


 トリアンは平手で軽くシンノの頭を叩いて、国王と王妃に会釈をしながら職人達を見た。


「やはり、デギン鋼よりも、イージン鋼の方が損耗度が低かった。許可頂ければ、こいつで造りたい」


 職人の頭が試作の強度試験の結果を記した紙を見せながら言った。


「・・よし、即座に取りかかってくれ。金は必要なだけ出す。湯水のように使え」


「承った!」


 職人の頭が力強く頷いて、興奮顔のまま職人達の方へと戻って行く。


「500隻の飛空戦艦を撃ち落とせるだけの魔導砲を用意する」


「ご・・ごひゃ・・」


 国王が目を剥いた。


「それぞれに1000名の魔導兵が乗艦していると想定し、それら全てが国土に侵入したことを仮定、この戦士達だけで全てを撃退出来るように鍛え上げる」


 定まった事実のようにトリアンが語る。レイ・メン級を50万人相手にすることを想定しているらしい。

 王妃がそっとシンノを見た。

 銀狐の少女が鳴らない口笛を吹きながら視線を逸らした。


「カイナードの侵攻が有る無しに関わらず、おれとシンノは地下迷宮へ潜って調査をした後、この国に通じる洞窟全てを封鎖する」


「迷宮を・・」


「実は、カイナードより地下迷宮の方が危険だ。この世には、おれでは到底太刀打ちできない魔物がいる。万が一にも、そいつがルナトゥーラに出てきたら、おれでもシンノでも防ぎきれない」


「そんな化け物がおるのですか・・」


 国王が呻いた。


「ああ、おれは遊ばれるようにして敗れ・・いつでも命をとられる状況だったのに、そいつに見逃された。今でも・・まったく勝てる気がしない」


 トリアンが手の平を見つめながら呟いた。


「人・・では無いのでしょうな」


「あれを人とは呼べない。適当な表現かどうか分からないが、おれは悪魔だと思っている」


「あ・・悪魔・・」


 王妃が声を潜めた。


(いやぁ・・悪魔は師匠でしょ)


 眼を泳がせながら、シンノは頭の後ろで手を組みつつ、奮闘中の戦士達を眺めやった。


(やっぱり、あのサイリって人は強いなぁ)


 完全に頭一つ抜けている。今のままレイ・メンとやっても五分以上に戦えるだろう。


(でも、師匠が鬼のしごきをやるから、決勝の何とか?・・あの人くらいは軽く超えちゃいそうですねぇ)


 ぼんやり見ている間に、土人形が半分近く破壊された。


「シンノ」


(やっぱり来ましたぁ)


 声がかかるのを予想していたシンノが、地面にしゃがみ込んで今度は少し丁寧に土人形を創造した。

 今度は身の丈が2メルテ程度と小さくなったが、魔導銃剣のような物と楯を持った姿をしている。

 シンノがちらとトリアンを仰ぎ見た。

 トリアンが顎先を振って見せる。


「みなさん・・御免なさい!」


 シンノは謝りながら、両手を地面に着けた。

 瞬時に、1000体が出現した。

 戦闘能力は、闘技大会のレイ・メンの写し身である。

 シンノは大急ぎで国王と王妃の近くへ移動して魔法防壁で覆った。

 1000体の土人形が一斉に魔導弾を撃ち放った。たちまち、血飛沫が飛び散り、苦鳴があがる、大勢の戦士が腕や足を失って転がった。それらを、トリアンの神光が包んで治してしまう。苦悶の表情でのたうち回っていた戦士が無くしたはずの手足を取り戻して呆然となっているところへ、再び、土人形の魔導弾が降り注ぐ。また、トリアンが完治させる。

 悪夢の始まりであった。

 傷は治っても、受けた痛みは忘れない。手足を失った恐怖は刻まれている。

 だが、


「立って戦え」


 トリアンの命令が下るのだ。

 圧倒的に土人形の方が強い。せっかく覚えて使えるようになった属性魔法による攻撃も、土人形の楯が防いでしまう。そして、魔導弾で狙い撃たれ、魔導銃剣で切り裂かれる。属性魔法も撃ってくる。おまけに、浮遊楯まで再現されていて、あちこちから無軌道に攻撃を加える。

 阿鼻叫喚とはこのことだ。

 何度も何度も瀕死の重傷を負って死にかけ、しかし、トリアンによって完治されて戦えと厳命され、また重傷を負う。

 次第に魔力切れで失神する戦士が増えてきた。

 小さく舌打ちをして、トリアンがシンノを見て頷いた。

 シンノは大急ぎで土人形を消し去った。

 真っ青な血の気の失せた顔で戦士達が座り込み、虚ろな眼差しでなぜか無事な自分の体を触っている。


(でも、終わらないんですよぉ・・)


 痛ましそうな眼差しでシンノが見ている。

 トリアンが魔力の回復薬を取り出して箱積みにした。


「サイリ」


 呼ばれて、サイリが駆け寄ってきた。苦しげに呼吸を乱しているが倒れ込むほどの傷は負っていない。


「全員に飲ませて、魔力を回復させろ。すぐに訓練を再開する」


「・・はっ!」


 さすがに弱音を吐かず、サイリが配下の影衆や騎士達に指示を飛ばす。

 この場を支配するのは諦観だ。諦めた者しか正気を保てない。

 これは逃れられない運命なのだ。

 回避不能な災厄なのだ。

 そう思い決めた戦士達が薬瓶を口にして飲み干した。


「シンノ、1000だ」


「はいぃっ!」


 シンノは大急ぎで、レイ・メン級の土人形を1000体生み出した。

 当然だが、土人形達に空気を読むような真似は出来ない。

 生み出されるとすぐに魔導銃剣を構えて射撃を開始し、属性魔法による範囲攻撃を浴びせて行く。

 阿鼻叫喚の再来だった。

 ほぼ死体となって転がっても、即座に損壊した肉体を再生される。魔力が尽きれば、薬瓶が目の前に置かれる。

 そして、


「立って戦え」


 死を告げる声が降ってくる。

 死告の鷲が、戦士達全てを観察しているのだ。

 少しでも休もうものなら真後ろに出現して心臓を抉り出される。そして告げられるのだ。鼓動する心臓を手に・・。


「立って戦え」と。


 勇猛を売りに生きてきたルナトゥーラの男達、女達ばかりだ。

 全員が自ら志願した強者だった。

 教練が始まる前までは、内心で他国から来た年端もいかない子供が何を言うかと嗤っていた者だって居た。後で物陰に引きずり込んで世間を教えてやろうと手ぐすねひいていた奴も居る。

 今は居なくなった。


 ルナトゥーラは鬼人の国と呼ばれている。

 額に小さな角があることと筋骨豊かな大柄な体躯をした者が多いために、そう呼称されるようになった。角はルナトゥーラ人の誇りである。頑強な肉体と不死かと疑われるほどの生命力こそが強者の証であり戦士の誉れとなる。故に、魔法を嫌った。貧相な体躯の顔色が悪いのが、ぶつぶつと呪文を唱えて火や風を起こして攻撃しても、むしろ火球や風刃を浴びながらも正面から突撃をすることに勇猛さを見出し陶酔するような気風の国だった。

 それで立ちゆかなくなったのは、戦争に大量の魔導師が現れるようになってからだ。

 稀少だった魔法使いという存在が、体系立てて魔導の教育できるようになってからは、どんどん数を増やして、そこら中に溢れかえるほどになった。

 以前は敵陣に一人か二人しか居なかった魔法使いが、100人、200人という数で待ち構えるようになった。

 火球の魔法が雨のように降り注いで火傷を負う。うっかり吸い込めば、喉や肺が内から焼かれる。風刃は鉄板くらい簡単に切り裂く。酷いときには、敵陣に辿り着く前に手にした武器が切断されて使い物にならなくなっている。

 ルナトゥーラ人の誇った肉体の強靱さなど意味を成さなくなってしまった。

 所詮は虫けらだったのだ。

 ちょっと体の丈夫な虫に過ぎなかった。

 簡単に踏みつぶされ、手足を引き毟られる、矮小な虫けらなのだ。

 自分達は鬼人じゃない。

 鬼というのは、畏怖されるべき存在に与えられる呼称だ。

 自分達は地を這う小さな虫けらだ。


「立って戦え」


 本物の鬼が命じる。

 立つしかない。

 立って戦うしかない。

 手が取れても、足が失われても、すぐに元通りに生えるのだ。体が壊れたからという言い訳は許されない。

 ただひたすら立ち上がり、容赦なく攻撃してくる土人形を相手に戦うしかない。

 それだけが戦士達に許された行動だ。

 土人形達は強い。

 奇妙な形の大剣の先から強烈な魔法弾を放ってくる。当たれば、体の半分がちぎれ飛ぶ。手や足などあっさり無くなる。撃ってくる属性魔法も強力だった。近くを過ぎ去るだけで肌身が炭化して崩れる。近寄っても、恐ろしく剣の腕が立つ。速さでも体の強さでも土人形の方が上だ。しかも、対峙している相手だけでなく、周囲にいる土人形の放った魔法や魔法弾が乱れ飛んでくるのだ。

 悪夢である。

 逃れる場の無い悪夢だった。

 ついに、全員が立つことが出来なくなって倒れ伏した。

 その夜は、全員が土に埋められた。

 サイリや影衆、王女も埋められている。首から上を出して、体は地面の中に埋められてしまった。

 そして、そのまま一晩放置された。

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