口癖

宮間

くちぐせ


「脱いで、そこ掛けえ。」


 私は肩に掛けていた毛布を脱ぎ、側の椅子の背に掛けた。ふわり。

 そして元のように、ソファに寝転がる。

 少し肌寒い。タンクトップに短パンはさすがに寒い。

 彼はぼさぼさの赤みがかった黒の髪の頭を引っ掻いて、「なんじゃ」呟いた。思い通りにならなかったらしい。

「……戻そか」

「ええ。置いとけ」

「せやけど」

「たいぎい。ええゆうとろうが」

「……さよか」

 ぱりぱり、彼みたいに自分は頭を引っ掻く。残念ながら私の髪は真っ黒だ、色だけは真似できないけれど。彼はカンバスを凝視していたのを、離れ、反りながら伸びをする。

 私は邪魔のようだ。

「……ほな、なんか作っとく」

「ええ。すな」

「朝からなんも食べてへんやろ。そんなんやったら何にもならん」

「あー、たいぎい………」

 彼は項垂れる。「腹は減っとるが頭は腹減っとらんゆうとる」と面倒くさそうにした。

「サンドイッチつくんで」

「なんでもえい」

「そやったらトマト大量に詰め込んだる」

「……わしのはチキン多めでトマト入れるな」

「あほくさ」

「なんじゃその言い方。ばかにしよんか」

「やかまし言うぐらいやったら自分で作りぃや」

「たいぎぃ」

 私は私の短髪を撫でるように軽く触って、キッチンに向かった。

 たいぎい、たいぎい。それしか言うことないんか。

 顔を顰めながら、私は戸棚から食パンを取り出した。冷蔵庫にいろいろと残ってたはずだから、それでも挟もう。チキンなんかないわ。スーパーのパックに入ったおかずを見つける。

「唐揚げ」

 鶏唐、八個、手付かず。

 これでえいか。ちきんはちきんやろ。

 予め作っていたタレをレンジで適当に、唐揚げはオーブンで温める。その間にキャベツを二、三枚剥いて、千切りにする。多少太い。

 まあえいか。食えればえい。

「瑛」

「なんやねん」

 名前を呼ばれた。

「描けん」

 だろうと思った。

 彼に背中を向けているから、表情はわからない。でも大方いつも通り怠そうにしてるんだろう。

「今に始まった事やないやないか。何をそないにいとるんや」

「コンクールが近いんじゃ」

「さよかいな。知らんわ」

「近いゆうとろうが」

 千切りにしたキャベツをボウルに移す。

「………そんなん言うたかて、あんた別にお金には困っとらんやろ」

「金やのうて評価じゃ」

 包丁を流しに入れて、軽く手を濯いだ。ぽつり、自分はつぶやく。

「………しょーもな」

 がたん。

 彼が椅子から立ち上がる音がした。だん、だん。足音、足音。

 怒ったか?

 ちょうど真後ろに、彼が立つ気配がした。

 また殴るんか。えいよ。撲れや。

 どうせ私にはそん位の価値しかないわ。そん位私が一等わかっとる。

 小さな覚悟をして、一瞬の衝撃を待つ。




 絵の具の色が飛んだ彼のエプロンは所々ほつれていて、油絵の具の匂いがする。まるで多くの作品に囲まれたこの部屋を表すように。それは彼の髪も同じだ。もしゃもしゃで、伸びきった前髪は果たして前が見えているのかわからない。むわ、と、匂いが漂った。

「……こしょばい」

 自分の首から鎖骨のあたりに、彼の髪が見える。

 すん。犬みたいに、彼は私の首筋の匂いを嗅ぐ。

「腰、つらないんか」

「やねこい」

「阿呆やろほんまに」

 彼は頭の位置を変えないまま、腰に手を回してくる。払い除けようと体をよじるが、大して効果は見られない。

 きつく抱きしめることはしない。まるで何かを強請ねだる子供のように、甘えてくる。

「自分は芸術も美術もなんもわからんて、言うとるやろ」

「のう」

「なんや」

「えい匂い………」

「変態」

「あぁ?」

 私は右肩に乗った彼の頭を撫でて、「そんなえぃんか」訊いた。彼はぽそり、呟く。

「えい。これがえい」

 それが、いい。それでいい、じゃない。

 たいぎい、たいぎい。

 私は、自分がにやけていることに気がついたのは、五分ほど経ってからのことだった。

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口癖 宮間 @yotutuzi

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