前編 ②会いたくて
午後10時45分
ミキが持ってきたノートパソコンにマイクロSDカードを差し込んだ。
「実行ファイルの拡張子は.exe .com .bat .cmd .pif .scr .vbs .html .vbe .js .jse .wsf .wsh……。」
ルカは思い付く拡張子を挙げながら適当にファイルをクリックしていき、開けるファイルかを一つずつ確認していった。
「これかな。」
小さなウィンドウが、開いた。ミキが覗きこんで言った。
「テキストボックスとボタンが二つ……。シンプルだな。」
「探す分には検索エンジンみたいなもんだろ。」
「検索ワードも集計取られてたりするから、メッセージを送る事は出来るのかも知れないよね。IPも拾われるとしたら、追跡されるかもしれないし、ブロックリストに乗せられるだけかもしんないか……。試しに何か打ってみない?」
「試しにって……。何企んでんの?」
「いいから。俺も会いたいなーと思ってさ。だって、本当かどうか、確かめようがないじゃん。」
ミキの言うことは尤もだった。ルカが文章を考える。ダブルクォーテーションで囲って、人差し指でI want see you. Where are you?と入力したところで手を止めたが、少し考えて、文末にCall me.と付け加えた。
テザリングしてサーチボタンをクリックすると、一致する情報はありませんという表示が出た。ルカは即行、通信を切った。
「あああ、通信料がこえぇ。」
「そっちかよ。いや、でも、うまく打ったと思うよ。一致する情報がないから、明確にメッセージとして伝わる筈だよ。ただ……。」
「ただ?」
「挑発と取られない保証はないな。」
「そうならまだいいけど、検索エンジンに話し掛けてる面白い人だよ、これ。」
面白がるミキをルカは横目で見ていた。
「面白い挑戦が来たらしいですよ。検知した旨報せますか?電話でも掛けてみます?」
女性が笑いながら回覧タブレットを持ってきた。少女はつまらなそうに片手で受け取り、解釈に困って保留にされた処理報告に目を通すと、本当にメッセージを送る為だけのような通信時間の短さ、アクセス履歴のないIP、携帯電話番号に目を疑った。
キーワードを読んで思い浮かぶ人物がいた。咄嗟にルイスに届いた過去のメールから通信履歴を引き出し、照合する事を思い付くが、調べようとして手を止めた。
もう一度報告をよくみると、プロキシサーバの梯子もしていない大胆なアクセス方法、ユーザ名
「電話を用意して。」
少女はプリペイドケータイを要求した。
「ソース見ないの?」
ノートパソコンを閉じてしまったルカにミキが尋ねた。
「いいよ、見たって解らない。俺だって他人が書いたスパゲッティまでは読めない。多重継承までやられてたら、お手上げだ。」
ルカはアリスプログラムの入ったマイクロSDカードを引き抜き、ミキに要るか差し出したが、ミキが手を横に振ったのでゴミ箱に投げ入れ、ノートパソコンをミキに返した。
ミキは思い付くままに考えを述べた。
「もしかしたら、最終的に人的システムとして完成するもので、プログラムとしてはただの手品師だったりして。例えば、セキュリティソフトが送受信履歴の詳細を何処かに送る仕様になっていて、どこから何のデータが発信されたかわかるから、普及していくことでその根元のデータまでたどり着けるように完成されたとか。」
「それでも凄いことだと思うよ。そういう構想が出来たことが。俺には出来ない。」
二人はしばらく考え込んで黙っていたが、ルカが口を開いた。
「思うんだけどさあ、最悪、パスポートはあるはずだよね。」
「プライベートジェットなんかだと、殆ど調べもしないみたいだよ。代理人が手続きするだろうし……。」
「そうじゃなくて……本人は知らないかもしれないけど、最悪でも紙の書類は形だけでも残ってるんじゃないかって。何処まで無いのかは解らないけど、最悪の場合、切れて更新できなくなったときが最後かなって思うんだ。」
「5年なら……最短であと1年位?」
「他の国の事調べたことないけど、期限が来るとしたら、あんまり時間がない気がする……。」
「……年積、高専だったよね?どこ行ったんだっけ?」
「福岡。パワエレ関連に就職したらしいよ。」
「じゃあ、諦めるか……。そういや、今日掲示板見た?」
「なんかあった?」
「会社説明会の貼り紙出てたんだよ。気になるところ見つけてさ。行ってみない?」
ミキがパンフレットを差し出した。
「16歳以上なら誰でも可。服装自由、学歴不問。」
「……池袋!?」
少女はラトビア経由で電話を掛けた。
「ご注文有難うございます、こちらはフードデリバリーサービスです。ペパロニピッツァスーパーサイズ30枚で宜しかったでしょうか?ドリンクにコーラはお付けしますかぁ?」
少女がなりきってみせると女性が吹き出しそうになる口元を手で押さえた。
ミキがニタニタしながらルカの反応を窺っていると、ルカのケータイが鳴った。ルカは番号を見ずに応答ボタンを押した。
「はい。」
「!」
聞き覚えのある声に、少女は言葉を失った。咄嗟に立ち上がり、職員の女性の目を盗むように背を向けた。
「…………。」
「?」
しばらく沈黙が続き、切れたかと思ってケータイを見るが、ルカはもう一度話し掛けてみた。
「もしもし?」
「……あの……。」
「!」
ルカはミキの方を振り向いた。ミキが「まじか。」と呟いた。ルカは平静を装いながらダイニングに移動した。
「元気?」
「……あ、はい。……今……。」
「ん?飯でも食いに行こうかと思ってたとこ。そっちは?」
「……はい、あの……。」
「忙しい?」
「いえ、大丈夫です。」
ルカは相手の動揺を感じて、手短に次に繋がる言葉を考えた。
「今、ちょっと手が離せないから、また掛けてくれる?」
「……はい、また……。」
「うん、じゃあね。」
電話を切って番号を確認した時、初めてアリスプログラムと少女を繋ぐ確かな証拠を掴んだ気がした。
「らーめん食い行かね?俺、奢るわ。」
思わずニタついてしまうルカのテンションに、ミキは不満そうな表情を浮かべた。
「何?」
「何でもねぇよ。いいけど、あんまガソリン入ってないよ。」
「おっけ。あんま手持ち無いから、1000円分でいい?」
二人は部屋を後にした。
少女は茫然とその場に座り込んだ。
「大丈夫ですか?クイーン。クイーンアリス?」
何が起きたのかと電話を用意した女性が心配して声を掛けるが、少女は自分の心臓の音で周りの音が殆ど聞こえなくなっていた。
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