第12話 竜殺し

 対空射撃の止んだ夕暮れ空。

 エルフたちは、まるでアニメに出てくる妖精のように流麗な軌跡を描いて飛ぶ。

 ……いや、「妖精のように」というか、本当に妖精なんだろうけど。


「あれは……魔法で飛んでいるんですか?」

「飛行自体はエルフの魔力で行っていますが、その補助——姿勢制御や、他の隊員との連携とか——に、専門のプログラムを使用しています。いわば、魔法と科学の融合というやつです」


 そう言う八木さんは、ちょっと誇らしげだった。


「飛行の魔法自体は、さほど難しくないそうです。あの村のエルフの半数——四十人くらいですかね——は使えるとか」

「飛ぶだけなら、ね。大気の流れをコントロールするだけだから」


 ルシルが思わせぶりに口を開いた。八木さんは肩をすくめて苦笑する。


「……しかし、何も補助もなしにまっすぐ飛べるのは、その半数。さらに、高速で飛べるのはその半数。高度な連携まで取れるとなると、ルシルあなたを含めたわずか数人……でしたよね?」


 ルシルが頷く。


「ソージローは言ってたわ。『少数の優れた兵士では、闘争に勝てない』ってね。あたしたちがやってくる前、日本は大きな戦争をやって負けた。ソージローがその戦争で得た教訓が、それなんだって」

「ミッドウェーの生き残りですからねえ」


 さらっと祖父の過去が判明したが、詳しい話はあとで聞くとしよう。

 空に飛び立ったエルフの編隊に目をやると、両翼の四人が左右へと展開。隊長らしき中央の一人は亜竜の正面に回り、挑発するように細かく動き回る。


『グオオオオオッ!』


 竜が動いた。

 すかさず、囮のエルフは高度を上げて誘い込み、手にした機関銃で銃撃を加える。

 銃弾が竜の体をかすめると、稲妻のような激しい火花が散った。


『ガルォォォアアアオオオッ!』


 亜竜が苦悶に満ちた叫びをあげる。


「き、効いてる……?」

「そりゃあ、魔力を込めた銃撃だもん」

「魔力?」

「そ。魔獣には、この世界の通常兵器はほとんど効かないの。でも、あたしたちの魔力を込めた攻撃なら、話は別」


 ルシルが誇らしげに言う。


「日本という国が、あたしたちの保護区を認めざるを得なかったのは、あたしたちじゃないと、魔族に対抗できないからよ」

「違いますよ。正確には、対抗できないわけじゃなくて、対抗しようとすると膨大なリソースが必要になるから、です」


 ルシルの台詞を受けて、八木さんが苦笑した。


「倒せないわけではないんです。ただ、あの亜竜クラスの怪物を倒すとなると、朝霞、練馬、相馬原の全兵力を動員する必要があるでしょう。おそらく犠牲者も出ます」

「対抗できてないのと同じじゃん」

「言葉の解釈の問題です。私の立場で、『対抗できない』とは言えませんので」


 そうこう言っているうちに、傷つけられた亜竜が囮のエルフに迫る。

 竜は蛇のように鎌首をもたげ、大きく口を開いた。


『グシャラアアアアアッ!』


 開いた口から、黒いガスの塊がはき出される。

 しかし、囮のエルフはそれを予期していたように旋回し、回避。竜の上を飛び越えながら、さらに銃撃を浴びせた。


 竜が怒り狂ったように首をよじり、ガスのブレスを吐き出すが、隊長はすでに竜の遙か後方を飛んでいた。

 そこに、左右に展開したエルフたちが、待ち構えていたように銃撃を加えた。

 見事な十字砲火だった。

 竜の肉が爆ぜ、みるみるうちに体が削り落とされていく。四つの銃口が容赦なく吠え立て、竜の苦悶の叫びをかき消した。周囲に展開していたコウモリたちも、銃弾を浴びると稲妻を発して消滅していく。


 さきほど竜の後方に飛んでいった隊長が、ゆっくりと戻ってきた。

 隊長は竜に両の手のひらを向ける。


「終わったわ」


 ルシルが呟いた。

 その瞬間、隊長の手から閃光がほとばしり、亜竜の体を包み込む。

 すでにボロボロだった魔物の体の大部分が消滅し、残ったわずかな肉片が森の中へと落下していった。


「戦闘終了、です」


 八木さんの緊張感のない声が響いた。見れば、無線機に向かって指示を飛ばしている。

 戦いは終わった……らしい。


「ホワイトウィンド隊、帰投してください。グリーンリーフ隊は駆除を開始してください」


 ん? 駆除……?


「なにを駆除するんですか?」

「いま肉片が落下したでしょう? 大型魔族の肉体は、本体が殺されてもしばらくは消滅しません。ものによっては、小型の魔族に変化して人や獣を襲うことがあるんです。そうなる前に見つけて駆除しないといけないんですね」

「なるほど……」

「さてさて。では、我々も帰るとしましょう」

「帰ったら、ミツルは隊員たちをねぎらってあげてね。保護区の王様としての初仕事よ!」


 まだこの保護区を継ぐとは言ってないのだけど……とは言いにくい笑顔を浮かべて、ルシルがこちらを見た。

 これまでの悪そうな笑顔とは打って変わって、邪気のない可愛らしい表情だった。

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