第11話 空を駆ける

 闇の渦から、魔物が姿を現した。

 翼を持つ蛇。漆黒しっこく亜竜ありゅう


 双眼鏡をのぞき込んだとき、


「ヒッ……!」


 偶然だと思うが、亜竜と目が合ってしまった。

 ガラス玉のような眼球の奥には、黒い炎が燃えていた。


 異界の魔物が何を考えているのかは分からない。

 しかし、このとき感じたのは、紛れもない憎悪であった。

 奴は憎んでいる。このエルフの里を。そして、ぼくたちが住むこの世界を……。

 そんな確信めいた直感があった。


『ウグオオオオ……! ギョアアアアアアアア!』


 悪意をぶちまけたような絶叫が、山々にこだました。

 臓腑ぞうふがブルブルと震え、胃液が逆流しそうになる。目眩めまいがした。

 なりふり構わず、この場から走り去りたい……そう思った。


「こけおどしだよ」


 ぼくの逃走願望を制したのは、ルシルの涼しげな声だった。


「言ったでしょ? あたしたちは負けないって。さぁ、戦闘開始よ! グリーンリーフ隊、射撃開始!」


 気がつけば、ルシルの手には八木さんが持っていたような小型無線機が握られている。


『了解。射撃開始』


 無線機から若い男の声が流れるのと同時に、山間に「タタタタン」と乾いた音が鳴り響く。

 もうじき夕暮れにさしかかろうとする空に、幾条もの火線が走った。


「あれは……!」

「地上部隊のからの対空射撃です。魔法ではない、通常兵器による攻撃ですね。さて、これで仕留められれば良いんですが……」


『グオオオォォォォオオオオァァ!』


 光の矢は亜竜へと吸い込まれ、おぞましい魔物は怒りを叫ぶ。


「うーん、やはり効果は薄いですね」


 双眼鏡をのぞき込み、集落のほうに目をやる。

 火線の出どころは、コンクリート製の住居……そして地上に配備された無数のゴーレムたちだった。

 ゴーレムの手には大型の機関砲のような兵器が握られており、銃口からは絶え間なく弾丸が発射されている……!


 ぼくはここで、これまで感じてきた違和感の正体に気がついた。

 と思ったあの住居——あれは、本当にトーチカだったのだ。

 そして、道すがらで見かけたエルフたちがと呼んでいたゴーレム——あれは獣から畑を守るようなものではなく、集落を魔物から守るために作られていたのだ、と……。


『ギャオオオオオオッ!』


 そのとき、竜が咆哮した。

 銃撃を受けた体の表面がボコボコと波打ち、肉がはがれ落ちていく。

 銃撃が効いているのかと思ったが、その様子を見たルシルが「チッ」と舌打ちする。


「分裂タイプね……」


 亜竜の体からこぼれ落ちた肉が、コウモリのような翼を持つ生き物へと姿を変えた。

 数十のコウモリたちは、亜竜の周囲を取り巻くように空を舞う。


「ユウ、地上部隊の攻撃を停止。航空部隊を出して」

「はいはい。グリーンリーフ隊、撃ち方やめ! ホワイトウィンド隊、出番ですよ!」

『了解。出撃する』

「ご武運を、ドラゴンスレイヤー」


 村の広場から、砂煙とともに五つの人影が飛び立った。

 光輝く翼を背負い、戦闘服に身を包んだエルフたちが、高速で急上昇する。ネットで見た、フライボードの動画みたいだった。

 彼らは地上二、三十メートルほどの場所でいったん停止すると、アクロバットショーのように編隊を組み、空を駆ける。

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